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5話 「早すぎたんだ」

 


「ベルぅぅぅ!」


 目を覚ましてすぐに、姉上――ティナは涙でぐちゃぐちゃになった顔を安堵に綻ばせ、俺に抱き着いてきた。


 女特有の甘ったるい匂いが鼻腔を埋め尽くす。


 前世の俺ならば不快に感じたであろうその匂いも、嗅ぎなれたからなのか不思議と俺を安心させた。


「ベル様、具合はいかかですか?」


 重く、歴史を感じさせる、ダンディな声。

 我がベート家の執事であるセバスチャンだ。


 頭髪とは裏腹に黒い執事服が今日も眩く輝いている。


「セバスか、面倒をかけたな」


 俺は万感の思いを込めてそう告げる。


 このベート家での俺の立場は無いに等しい。

 剣の腕を磨く事も無く、さりとて勉学に励む事無くのうのうと生きてきた俺は家中では無能の烙印を押されている。


 おまけにスケベだった俺はよく他の貴族の御令嬢に悪戯をし、その度に激しい叱責を両親から受けていたのだ。


 ……暗い過去話のような切り口で語ったが、間違っているのは俺だ。


 そんな毎日を繰り返し、いつしか俺は使用人からも珍獣扱いを受け、もはや貴族の威光は無いに等しかった。


 だが、それでもセバスだけは、いついかなる時も俺を庇い、優しく諭し、支え続けてくれた。


「本当にすまなかったな。セバス」



「………………何かありました?」


 突然セバスが俺を不思議な生き物を見るかのような目で俺へとそう問いかける。


 何かあったか……あったにはあったが。


「いや、特には――」


「ベル! 安心して! 私がついているからには、兄さまの好きにはさせないないから!」


「ほう、クラウス様が関係しておられるので?」


 一気に血流が全身に巡るのを自覚した。


「え? え? あ、姉上、な、なんのことですかな?」


 動揺を抑え、冷静にそう口にできたのは奇跡に等しい。


「隠さなくていいよベル。私、兄さまから全部聞いたから。安心し――」

「セバス! すまないが席を外してもらえるか!」


「かしこまりました」


 美しい姿勢で腰を折るセバス。

 その見事なまでの姿勢に思わず前屈姿勢になりかける。だが、正直それどころではない。


 俺はそのままセバスが部屋を出るまでの僅かな時間、呼吸が上手くできなかった。


「……姉上」


「なにベル?」


「兄上は、どこまで話したのですか?」


 俺は固唾を飲みながら答えを待つ。


 ティナは全部と言ったが、それを鵜呑みにする俺ではない。

 兄上の事だ。きっとうまくごまかし――


「1週間後、兄さまと決闘をするのでしょう? 1分間、兄さまの剣を受け続けるという条件で」


 目の前が霞む。


 なぜだ……なぜ兄上はティナに話した……?


「私はそれを聞いた時、我を忘れる程の怒りを感じたわ。だってそうでしょう? ベル、あなたはまだ10歳……幼すぎる」


 暗い影をその顔に落としながら、ティナは拳を握りしめながら必死にそう語る。


 だが、この反応こそが本来正しいものであるという事を俺は理解していた。


「それだけじゃない……ベル、あなたの知っての通り、兄さまは(ミカド)より《剣聖》の名を賜りし者。さすがに聖剣は抜かないでしょうけど、それでも分が悪すぎる。事実、ハンデがあるとは言え、兄さまの猛攻を1分間受けきるなんて、私にもできるか分からないもの」


 ……俺はどんな顔をすれば良いのだろうか。


 兄上の聖剣……1分間の猛攻……姉上でも厳しい…………剣聖……。


 頭の中が語句の変換を繰り返しながらぐるぐると回り出す。


 そんな中俺は、少し気になった事を姉上に聞いてみた。


「……姉上は、ご経験がおありなのですか?」


「ええ。さすがに兄さま程の人とはしたことは無いけど、通っている学園ではしょっちゅうあるわ」


「……左様ですか。ちなみにどの程度ご経験が?」


「10人から先は数えていないわ。相手が誰であるかは些細な事よ。誰であっても結果は変わらない。その為に鍛え上げた技と力ですもの」


 お前は何を鍛えているんだ。


 少し姉上を侮っていたかもしれない。もう何も聞くまい。


「……ベル。安心して。優しいあなたの事だから震えながらでも1週間を乗り切るつもりだったかもしれないけれど、兄さまの好きにはさせないわ」


「えっ?」


「私がなんとかしてみせる。宣言してもいい。決闘は、行われない……いえ、行わせない」


 覚悟を感じさせる強い口調だった。


「し、しかし、兄上は1度決めた事を覆すような人では――」

「父に話します」


 アッー!


「そ、そんな! 姉上! 待ってください! これは僕と兄上の問題です!」


 せっかく希望が見えた途端、この展開である。

 神め……! まさかこれほど早く先制をしかけてくるとは!


「ベル……これはもはやあなたたち2人だけの問題では無いの。もしも血縁の者同士が剣を交える事になれば、ベート家の威信にも関わる問題になりかねない!」


 正論……どこまでも正論だ。


 覚悟はしていた。いばらの道だという事も分かっていた。

 ……無論、簡単には受け入れられないであろう事も。

 それでも、俺は……!


「それでも僕は――」


「聞き分けなさい! ベル・ベート!」


「……っ!」


 初めて聞く姉上の怒声。初めて見る姉上の怒った顔。

 その全てが俺の熱を一瞬にして冷ましていく。


「あなたと兄さまとの間で何がったかを私は知らない。もちろん憶測だけならいくらでもできるわ。けれど、ハッキリと言えることがある。それはね、ベル。あなたと兄さまが戦うなんて間違ってる。普通じゃないわ」


 そう姉上ははっきりと口にした。


 怒りが芽吹きそうになった自分自身を抑えられたのは、他でもない姉上の悲痛に滲んだ表情を見たからだ。


 普通じゃない……。


 ああ。たしかに。普通ではないのだろう。

 けれど、俺もこれだけは確信を持って言える。


 普通ではなくとも、間違ってはいない――。


「……理屈じゃない」


 そんな俺の口からは、耳を澄まさねば聴こえぬであろう声量で、思いがこぼれ出る。


「……姉上、ありがとうございます。心配してくれて」


 実際そうなのだろう。姉上はまだ成熟しきっていない俺の身を案じてくれている事は明白だ。


 俺の突然の謝罪に驚いたのか、少し驚いた様子のティナを無視して俺は続ける。


「確かに、今、僕は恐れています。姉上の言った通り、きっと夜も眠れる日が続く事でしょう。けれど、それは兄上に負ける事への恐怖ではありません……俺が怖いのは兄上の前でふがいない姿をみせる事がです!」


 俺の言葉に動揺を隠せない姉上はしどろもどろにな口調でそれでも説得を繰り返す。


「けど、けどもしもこのまま兄さまと戦う事になったら……ベル……あなたが」


「分かっています。僕は壊れるでしょう」


 今のままでは俺は壊される。きっとこの先の人生、大きなハンデを負う事になるだろう。

 締め付けの無い穴など、誰も見向きもしない事は明白。それどころか進んで目を逸らす事だろう。


 だが、兄上は言った。


 1週間で自らを磨き上げろと。


「そのための1週間です。僕は来たるその日の為に努力は惜しまない」


「ベル……」


「姉上……僕、思うんです。今まで僕は何もしてきませんでした。素晴らしい兄と姉を持ちながら何一つ、僕には誇れるものがありません。けど、もしもこの1週間で自らを磨き上げ、兄上と対等に渡り合えたとしたならば、たぶん……いいえ、確実に僕の運命は変わる」


 既成事実というやつだ。


 無論、他にも努力しなければいけない事はあるが、まずは神との勝負に王手をかける。


 そして俺は正々堂々、自らを偽らずにこの世界を生きていく。


「だから姉上……お願いします。僕を……(おとこ)として生きさせてください」


 俺はそう言って頭を下げた。

 俺は越えなければいけない。この壁を。


 この先俺は台風なぞ目じゃない程の風当たりを受ける事だろう。

 だからこそ、俺の事を案じ、心配してくれている姉上からまず理解してもらわなければいけないのだ。


「……」


 姉上は無言だった。

 ただ真っすぐ俺を見つめている。


 過ぎていく時間と共に俺の緊張は高まっていく。


 そして――姉上が動いた。


 俺はすかさず身構えて――


「え――」


 瞬間、柔らかい温かみに俺は包まれた。


「良く言ったぞ……ベル」


 なんでぇ?


 状況を把握できていない俺をよそに、姉上はその目に大粒の涙を貯めながら、俺を更に強く抱きしめる。


「お姉ちゃん。待ってたんだよ……ずっと。ベル自ら、高みを目指すその瞬間を……」


 待ってた? 姉上が? 


 何故だ……分からん。まさか俺は何かを見落としているのか……?


「私、見てるから」


「えっ?」


「まだ正直、迷ってる。でもそこまでの覚悟を見せられたらお姉ちゃん何も言えないよ……」


 姉はとうとう泣きじゃくりながらも俺の髪を優しくなでながら言葉を続ける。


「いつか、こうなるんじゃないかって思ってた。あなたが普通じゃない事を私は知っていたから」


 まさか……そんな事があり得るのか? 俺が記憶を思い出したのはつい最近の話だ。


 そして姉上の口から出たビックリ発現『見たかった』

 それが指し示すのは――


「ずっと見たかった。あなたが漢になるその瞬間を。さすがに相手が兄さまだとは思っていなかったけれど」


 コイツ……腐ってやがる……!


 まさかこの状況すらも姉上の(てのひら)の上だという事か!


『禁断の愛を咎める姉、それでも必死に説得を試みるまだ幼さの残る弟。

 その熱い思いにとうとう根負けした姉は、兄の元へと弟を送り出して――』


「あ。姉上……あなたは……一体」


「安心してベル。あなたがその気なら私は全力でサポートするわ。私ももう決闘するなとは言わない。そのかわりベル、負けないで!」


 サポートか……いや、これはむしろ好都合か?


 俺の知っている限り姉上より優れた魔術師を俺は知らない。

 であれば、俺の選択肢は一つしかない……!


「姉上! いいえ、この1週間は師匠と呼ばせていただきます!」


「まかせなさいベル! 私が1から鍛え上げてみせるわ!」



 ――こうして姉上――ティナが俺の師匠となった。

 魔法の知識、そして腐女子としての力を存分にふるってもらわねば。


 俺の激動の1週間が幕をあげる――



とうとうブグマ5件……ありがとうございます。

ポイントを入れてくださった方、ありがとナス(土下座)


純粋なベル時代、悪戯の餌食になっていた気の強い貴族令嬢や、メイドさんも早く出せるよう頑張ります。


追記、次話4月2日夜投稿予定

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