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1話 「よろしくナス」

 


「思い出した!!!!」


 俺はすべてを思い出した。

 あまりの衝撃的な記憶に驚いた俺は脊髄反射でその場に直立する。


「べ、ベル? どうかしたの?」


 俺の起こした水しぶきに驚いたのか、姉であるティナが目を白黒させている。


「…………」


 認めざる負えない美しい黒髪から水を滴らせながら首をかしげるティナ。

 そういえば俺は浴室にいたのだった。


 それにしても、この状況……俺はまんまと神の策略とやらにはまっていたらしい。


 この俺が、親族とはいえ女と風呂に入ってるだと? 笑えない冗談だ。


「べ、ベル?」


「……すまない。少しのぼせたようだ。先に失礼する」


「ちょ、ちょっと待って! どうしたのいきなり? てか何その口調? 今日はベルの10歳の誕生日だからお姉ちゃんが体を洗ってあげるって言ったじゃない! ベルも喜んでいたでしょう!?」


 今、ティナが言った事に間違いは無い。


 今日はこの俺、多田野……いやこの世界ではベル・ベートの10歳の誕生日だ。遺憾な事に俺は今ここに至るまでに女好きのマセたガキとして生きてきた。



 こうして姉と共に風呂に入っているのもそれが災いしての事だろう。


 それにしても気持ちの悪い感覚だ。今、俺の中に二つの人格の記憶が宿っている。


 男が好きな多田野としての記憶。そして女が好きなベル・ベートとしての記憶。

 相反する二つの人格に戸惑わないといえば嘘になる。


 そう思ってしまう時点で俺は神に一歩リードを許してしまっているのだろう。


 しかし……だ。そこに積み重なった記憶の量には大きな差が存在する。

 多田野として生きた17年間。そしてベルとして生きてきた10年間。つまり――


 俺は一つ深呼吸をすると、違和感を持たれないよう慎重に言葉を選ぶ。


 間違えるなよ、俺。お前はもう多田野ではない。


 ベート伯爵家の三男、ベル・ベートなのだから。



「すみません姉上。少しのぼせてしまったようなので先にあがります」


「そ、そう……それさっきも言ってたけど……それなら仕方がないわね……?」



 なんとかこの場は切り抜けられたようだ。それにしても生前の記憶を思い出した瞬間から自分の口調が安定しないな。


 突然変わるのも不自然だろうし、ゆっくりと慣れていくしかないだろう。


 それよりも、だ。記憶を思い出した今、俺にはやらなければいけない事がある。


 俺は昂る気持ちを抑えきれず、風呂からでたその瞬間から全力疾走をキメる。


 あ、服着るの忘れた。まぁ、いいだろう。


「お、お坊ちゃま――ふぁ?」

「あら、ベル様もうおあがりにぃぃぃぃぃぃ!?」


 体が綿のように軽い。過ぎていく屋敷の中の光景が次々と変わっていく。


 俺は廊下を突っ切り無駄に長い階段を昇っていく。そして見えてきたのは目的の扉。


 俺は興奮と緊張を糧に、その扉を開け放った――。


「兄上!」


 少し飛ばしすぎたらしい。俺が作った風が椅子で優雅におひとりでお遊びになっていた兄上、クラウスの美しい髪をなびかせる。


 普段はクールな兄上もあまりに突然の事に状況を把握できていないようだ。

 

それにしても見事な腹筋である。


「兄上……俺が間違っていました。今まで俺の事を気遣い、剣術や勉強を教えてくれていたというのに、俺はいつも不真面目で……あ、俺に構わず続きをどうぞ」


 そう。俺がまずしなければいけない事。それは今まで険悪だった兄との関係の修復だ。


 恥の多い人生をこれまで俺は歩んできた。


 兄上が忙しい中作ってくれた剣術修行をさぼり姉の着替えを覗きにいったり、兄上が王都で買ってきてくれたお菓子を使い、メイドさんたちの好感度をあげたり……。


 今思い出しても自分自身に腹が立つ事ばかりしてきた。


「けど、俺……僕は心を入れ替えます。兄上がいつも言っていた貴族らしく優雅に生きていこうと決めました」


 これは俺の決意表明だ。

 俺は既に新たな生を得た。しかし、体は転生しても心まではそうはさせない。


「……服を着ろ」


 兄上はお手本を示すかのようにごそごそとパンツをはくと、部屋の窓から外を眺め始める。


 ああ……なんて美しい横顔なんだ。


 窓の外から差し込む夕日も相まって幻想的な空間がそこにはあった。


「兄上……綺麗な夕日ですね」


「服を着ろ」


 兄上はメガネを外し、目頭を押さえている。その隙間に俺は宝石の如く輝く一筋のしずくを見た。


 兄上……。


 今まで言う事をまるで聞かなかった俺の精神的な成長、それを祝福するかの様な美しい橙色の空……これだけの条件がそろったのだ。クールな兄上も感動せずにはいられまい。


 俺は少しでもこの一瞬を兄上と共有したい一心で静かに兄上の隣に立ち、共に窓の外を眺める。


「……美しい」


「服を着ろ」


「けれど、二人で歩めば未来はこの景色より更に輝きます」


「服を着ろ」


 兄上はとうとう顔を伏せ、堪え切れないといった様子だ。

 それにつられて俺の涙腺も緩んでくる。


「ほんと……バカでしたよ……僕。こんな身近に幸せがあったのに、それに気づかないなんて」


「服を……着ろ」


 兄上の不器用な照れが俺の心を温める。


 俺は最後の一線をなんとか守り切った。もしも記憶を思い出さなければ、俺はまんまと神の策略にはまり、俺の中の天秤は傾いていたかもしれない。


 事実、姉を含めた女性とかなり親しくなりつつあった。危なかったのだ。


 だが――俺は思い出した。これまでは防戦一方だった俺にもまだチャンスは残っている


 ……ここからだ。俺の第二の人生は――――ここから始まる。






『ギフト起動条件、記憶の回帰を確認。続けてシークレットクエスト《男を泣かせろ》の達成を確認。ユニークスキル【野獣化】を習得しました。それに伴い新たなクエストが追加されます』



 □男を泣かせろ 達成

 ■女の子とお友達になろう NEW




続きよみたいなぁと少しでも思っていただけましたらブグマしていただけると幸いです。

作者のやる気がみなぎります。

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