0話 「あくしろよ」
体が……軽い。
不思議な事に俺は辺り一面真っ白い世界にいた。
「……無臭」
イカ臭くないという事は、どうやらここは天国では無いらしい。
しかし、あれだけの衝撃だ。俺は恐らく死んだのだろう。
『目覚めよ……人間』
声が……聞こえる……。
『目覚めよ……人間』
……これは……どっちだ。声の低い女のような気もするし、声が高い男のような気もする。
精神集中。イチモツは熱く、アナルは冷静に。
『目覚めよ……人間!!』
男だ……。俺は万感の思いで天を見上げる。
そびえ立ったオスメスレーダーがはっきりと俺に教えてくれた。
それにしてもいきなり俺に向かって「目覚めろ」とは何様のつもりだ。
こいつ、俺をなめているのか、いや
「舐めろ。俺のはとっくに目覚めている」
『そっちじゃねーよ』
間の抜けたような男の声が聞こえたと思った瞬間、眩い光が俺の目の前に現れた。
『はぁ……いけないなぁ、これはいけないよ多田野くん』
「……いや、おれはいけるが?」
『……』
目の前に現れた光は段々とその眩さを潜めていき、光の塊だったものは、やがて幼い子供のような姿へと変貌を遂げた。
天使……といえばいいのだろうか。目の前に現れたコレを形容する言葉は今の所それしか思い浮かばない。
まだ未発達で華奢な体。邪魔な女性ホルモンによる絹の様な女々しい髪。その上には光の輪がモンブランの栗のように存在感を放っている。
「お前は……だれだ」
「僕? 神様だけど?」
「何の用だ?」
「あれ? 僕、神だよ? 驚かないの?」
「特には」
俺がそう言うと自称神様とやらは頬を膨らませ不機嫌そうに鼻息を荒くした。
つられて俺の鼻息も荒くなる。
「うげぇ……君さぁ、僕は君たちで言う所の小学生くらいの姿の筈なんだけど」
「無論、手は出さない。青い果実が熟すまでは、な」
俺の言葉に呆れたような表情をした自称神は一つ「ごほん」と咳ばらいをすると、再び俺へと向き直り、人差し指を俺へと突き出し
「君さぁ、なんで男が好きなの?」
と、そんな簡単な問いを俺へと投げかけた。
「逆に問うがなんでお前は神なんだ?」
「え? なんでって……僕は〈神〉だからとしか言いようがないなぁ」
「同じだ。おれも男が好きだからとしか言いようがない」
「えぇ? 理由は特にないってこと?」
「無論、細かい事を言えば、いくらでもあるがそれを語ってなにになる?」
「いやさぁ、僕も愛の形は多種多様にあってしかるべきだと思うよ? 君が男を好きって気持ちを否定する気は無いし、別に無理に変えろとは言わないさ」
……少し、拍子抜けした。この手の話の流れは基本ワンパターンで終着する事が多い。
『それが普通だから』『常識的に考えて』。自らの物差しでしかモノを測れない奴らは決まってそう切り出して相手を責め立てる。そうじゃないぶん、この神とやらの話を聞く価値はりそうだ。
「なんだ。なかなかに話が分かる――」
「けど君、今までちゃんと女の子と向き合った事はあるのかい?」
「……女と向き合う?」
「そうさ。君が生まれてかあらの記録をざっとみせてもらったけど、君、女の子と話した回数が他の男に比べて異常なまでに少ないんだ。それはもうありえないレベルで」
……言われてみれば確かに、女と会話した記憶がまるでない。
「べつにさぁ……それが駄目って言いたい訳じゃないんだ。加えて言えば、そうしないと人生損してるとか言うつもりもない」
「くどいな。結局の所何が言いたい?」
俺がそう言うと、初めて目の前の神はその顔から笑みを消した。
「――僕とさぁ、勝負をしないかい?」
「……勝負?」
「ああそうさ。僕はこう見えても元は恋愛をつかさどる神でね、これまでもう数えきれないほどの愛を振りまいてきたのさ」
「……話が読めないな。だからどうした?」
俺の問いに神はニヤリと笑い、背中の翼をはためかせながら今まで一番美しい笑みでこう言った。
「君は、幾世で一番美しい瞬間を知っているかい?」
「無論知っている。男が恥ずかしそうに――」
『――恋に落ちる瞬間さ』
不覚にもその一言に、俺の鼓動は跳ね上がった。
「人間に限った話じゃない。エルフもドワーフも悪魔だって同じさ。誰かを好きになる、その一瞬に勝る美しさを僕は知らない」
「……それが、どう勝負に繋がるんだ?」
神は悪戯そうな笑みを浮かべると、俺の周りを雲のようにゆっくりと飛び回る。
「僕は神だからね。人を恋に落とすなんて事造作も無い事さ。けど、それじゃあつまらない。やっぱりあがいて、苦労してこそ、その一瞬に意味があるんだ」
なるほど。話が見えてきた。
「もう分かっただろ? 女よりも男が好きだって君が女の子に恋をする。その一瞬を僕は見たい。いいや、神の名において、君を女の子に惚れさせてみせる」
「つまりこうか? 俺が女に惚れたらお前の勝ち。逆に俺が男への愛を貫いたら俺の勝ち……ということか?」
「うん。それであってる」
「話は分かった。だがその勝負を受ける俺のメリットはなんだ?」
「君の願いをいくつでも叶えよう。勝った暁には、筋肉布団だろうが何でも好きにするといいさ」
「……いいだろう。勝負だ」
メリットはある。それどころかこの勝負、既に勝ったようなものだ。
「まぁ、とはいっても次の世界では勝負抜きで楽しんでごらんよ。いっぱい特典つけてあげるからさ。誰もが憧れる異世界転生ってやつだよ」
鼻をほじりながらそう言う神に、俺は胸を張って宣言する。
「好きにしろ。何が起きても俺が女に惚れる事などありはしない」
そう。そんな事は起こりえない。
俺が女に惚れるなど――――
――絶対に。
「じゃあ、いってらっしゃい。素敵な恋を見つけてね」
俺のイケメンたちとの異世界生活が今、幕を開け――――
この物語に需要はあるのだろうか※著者はノーマルです。