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09 吸血鬼

 夜の森に響く剣戟の音を聞き、顔を上げた。

 黒いマントによれよれのシャツの男が爪を立てて空を飛び、少女を襲っていた。

 爪に牙、背中の黒翼、煌々と光る朱色の瞳……吸血鬼か。

 

「キヒッ……カカカカカ!」


 空中を蹴り、勢いをつけた吸血鬼が黒翼をはばたかせて少女へ突撃した。


「早く逃げてください!」


 少女は吸血鬼の爪を剣で受け、後ろを振り返り声をかけた。


「あ、ああ……」


 少女の後ろには獣人の少年が怯えた表情で地面にへたり込んでいた。


「へへ、アンタ。

 戦いの最中に視線を外すとはいい度胸だなあ」


 吸血鬼は剣を持った少女の手を掴み、もう一方の手の爪で少女の腕を切り裂いた。


「あああああ!」


 少女は痛みに声を上げる。


「ッ……消えなさい」


 腕を傷つけられても少女は気丈にも剣を持つ手を離さず吸血鬼に向けて銀の剣で斬りつけた。


 吸血鬼は少女の肩を蹴り、その勢いで後方に飛んで剣を避け、ふわりと空中に漂っている。

 

「はは、危ねえなあ。

 ククク、銀の剣での斬擊なんて食らってやるわけないだろうが。

 吸血鬼狩りの女ぁ!

 お前は後回しだ。

 全身銀でかためた吸血鬼狩りなどできれば相手にしたくはないが…お前みたいな銀髪碧眼美人の血を吸い損ねたら吸血鬼仲間に笑われちまうからな」


 吸血鬼は大きく尖った牙を見せつけるように口を開いて乾いた声で笑うと、倒れた少年の方に全力で向かっていく。


「逃げて!」

「……お母さん!」


 少女は吸血鬼に駆け寄りながら少年に向かって叫ぶが、地上を駆けた程度では空中を一直線に切り結ぶ吸血鬼にはかないそうもない。


「へへ、少年の血もまたいいもんなんだよなあ」


 吸血鬼が少年のそばに着地し、今にも少年にその牙が届くかというところでオレは死霊魔術を発動させた。


「グハ……」


 吸血鬼の足元から伸びた槍が心臓を貫く。


「な、何しやがった……地面から槍が生えるわけ……」


 地面から骸骨剣士スケルトンが起き上がってくる。


「死霊術士か……姿を現せ!

 卑怯だぞ!」


 吸血鬼は悔しさから負け惜しみを叫んでいた。

 フン。

 夜の暗闇をさ迷い背後から戦う力のない女子どもばかり襲う吸血鬼風情が何を言ってやがる。


「ち、ちくしょう……」


 吸血鬼は体を貫く槍を抜こうとしていたが、その間に音もなく地面から7体の骸骨剣士が現れて吸血鬼を八方から串刺しにした。


「ぐぁああああああ!」


 吸血鬼は体中に空いた穴から血を噴き出していた。


「いい様だな。

 お前の望み通り姿を表してやったぞ」


 8本の槍で串刺しの吸血鬼が大それたことをできるとは思わないが二人が逃げる際に襲われないようにオレは吸血鬼の目の前に出て姿をさらした。


「立って!今のうちに逃げなさい!」

「う、うん!」


 少女はオレの意図に気づいたようだ。

 急ぎ少年に駆け寄って手を引き立ち上がらせ声をかけた。

 少女の言葉に気を取り直した少年は吸血鬼とは反対側に駆け出して行った。


「ありがとうございます。

 黒騎士様」


 少女は銀色の髪をなびかせながらオレの側に駆け寄り、頭を下げた。

 少女は大きな蒼色の眼を見開いて痛みをこらえながらもオレに笑顔を向けてくれていた。

 銀の甲冑に銀の靴、儀礼剣と見紛うほどに装飾を凝らした銀の剣。

 街でそんな恰好をしていれば貴族趣味の冒険者だと揶揄されてしまうが、なるほど吸血鬼を狩るための装備か。

 吸血鬼は銀を嫌う。

 銀色の長い髪をサイドで二つにまとめているが、その髪留めさえ銀色だ。

 首には大きな薔薇飾りのついたチョーカーだが、これまた銀を使ったものだろう。


「腕は大丈夫か」

「ええ、痛みはありますがまだ剣は握れます」


 少女は剣を両手で握って見せた。

 笑顔を浮かべようとしたのだろうが、痛みで少し少女の顔が歪んだことにオレは気づいた。


「下がっていろ。後はオレがやる」


 あの獣人は近くの村に住んでいる領民だろう。

 領民を懸命に守ってくれたこの少女に無理はさせたくないからな。 


「おい、てめえら何のんきに世間話してやがる」


 体のあちこちを槍で刺された吸血鬼は痛みに顔を歪め、血を流しながらもオレたちに悪態をついていた。


「お前らの顔は覚えたからなあ……全員ぶち殺してやる。

 知ってるかよ、おい!

 吸血鬼を殺せはしないんだよ。

 体が癒えたら、オレの体に開けた数と同じ穴をお前らに開けてやるからなぁッ!」


 負け惜しみを言い終わると、吸血鬼は何やら呪文を呟いていた。


「な、何故だ? いつものように水蒸気に変身できないじゃねえか……」


 オレとて吸血鬼と対峙したことくらいある。

 子爵家は傭兵を雇えるような経済状況ではないから領地の村が襲われた時は領主自ら出陣する。

 高齢の父に代わって、最近はもっぱらオレが領内の盗賊やモンスター退治に赴いていた。


「吸血鬼の魔力は体液に宿る……常識だろ?

 今のお前には水蒸気になる魔力すら残ってはいないんだ」


 だからわざわざ8体も骸骨剣士スケルトンを召喚して吸血鬼の血抜きを行っていたんだ。


「……血抜きですか。

 杭を心臓に打ち込むのではなく、魔力を失わせることで吸血鬼を弱体する方法もあるのですね」


 少女はえらく感心したようではりつけ状態の吸血鬼を熱心に観察していた。

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