08 炎魔術師エイデン・ラッセル
――大広間にでたオレはテラスでビビアンを見つけた。
声をかけようとしたが、ビビアンの顔を見てすぐにその気を失った。
ビビアンはオレがプロポーズしたときと同じ笑顔をしていたから。
ビビアンの目線の先に立つ赤い短髪の男は白の燕尾服に身を包み、左手で葡萄酒を入れたグラスを弄んでいた。
「フフ、聞いたよ。エイデン、戦場で大活躍だったんだってね」
「ああ、王女を狙う敵指揮官を仕留めた。
ハハハ、論功行賞が楽しみだ。
オレ伯爵になっちゃうかもなあ」
「じゃあ、私は伯爵夫人だね」
二人でチリンとグラスを鳴らし、二人一緒に葡萄酒をグッとあおっていた。
ビビアンは何て楽しそうに笑っているんだろうか。
貴族だけあって、腹芸くらいはできるのだろうが、長年一緒に過ごしてきたオレにはビビアンが本当にこの男を思っていることが分かってしまった。
その声色は、オレが散々聞いてきたものと同じだったから。
子爵令息エイデン・ラッセル。
オレと同じく武官の家に生まれたエイデンとは良く戦場で顔を合わせた。
火炎を操る炎魔術師のエイデンは戦場で突撃を繰り返し、散々上官を困らせて来ていた。
オレより3か月遅れて戦地に入ったエイデンだが、そのわずかな間に部下たちを半分も死なせている。
オレは数名の部下しか失ってはいないのに。
ただ彼はいわゆる「持っている」男で、今回の戦いでも大金星を挙げている。
王女のいた本陣に突撃をした部隊の隊長首をエイデンが取った。
オレからすれば面白くないことだった。
敵の挑発に乗ったエイデンのあけた穴を突かれ、本陣へ突撃を許したのだ。
オレが死霊魔術を使って骸骨剣士を大量に使役して伸びきった戦線をつなぎ、広範囲をカバーしていたおかげで王女の命を救うことが出来たのだ。
いざ、本陣が襲われてからも王女を守ることを第一優先に考えていたオレとは違い、エイデンは王女に目もくれず敵指揮官に突撃していった。
王女の周りを片付けたオレは、敵部隊に囲まれていたエイデンに助太刀をし、周りの敵を斬り払った時には、エイデンが炎をまとわせた刃で敵将の首を斬り落としていた。
何でそんな男がいいんだ、ビビアン。
オレが助太刀しなければ、そいつは死んでいたんだ。
「ねえ、エイデン。
私との結婚式でも空に花火を打ち上げてくれる?」
「ビビアン、そんなものお安い御用だぜ。
レオンの出陣式よりも数倍大きくて立派なものをお前のために打ち上げてやるよ」
エイデンはワイングラスを置き、左手の指に5色の炎をともして見せた。
そうか、こいつがビビアンが頼んだ花火師か。
「嬉しいよ、私ね。
キレイなものが大好き。
エイデンも好きよ。
エイデンの炎はとても綺麗だから」
「ははは、そりゃあ死霊魔術師のスケルトンよりはキレイだろうさ。
それに第一、男らしくないだろう?
レオンは戦場でも、スケルトンを指揮し後ろのほうで何やら呪文を唱え、後ろで魔法陣を描いているだけだ。
男らしくないんだよ。
オレみたいに、剣を振って、先頭に立って活躍しないとな」
エイデンの剣を振り回すような仕草。
それをほほえましく見守るビビアンの顔はオレには見覚えがあった。
その顔は、少し前オレに向けられていたものと全く同じだったから。
「死霊魔術師なんて王都でも受けが悪そうだからね。
地味だし、暗いしさ。
炎の魔術師エイデン様、これからもずっと一緒にいてね。
私、寂しいから。
早く偉くなってね」
「当たり前だろ?
今回の遠征を指揮された侯爵様と父とは関係が深いんだ。
戦争に勝利したから、侯爵様の権力基盤もより強固になるだろうな」
「……頼もしいよ、エイデン」
ビビアンはそう呟くと、エイデンに近づいた。
そして、エイデンはビビアンの腰に手を回し二人の顔は近づいていく……
――オレはそれ以上見ていられなくなって、マクマナス家の居城を後にした。
オレは一人になりたくて、晩餐の残りの葡萄酒の瓶を片手にふらふらと歩いた。
味なんて微塵も感じないが、何も考えたくなくてただただ葡萄酒を瓶のまま飲み続けた。
自分の居城からほど近い森の中の小屋を目指す。
死霊魔術師として作業を行う場所で、父のほかに小屋の場所を知っている人はいないしスケルトン相手に剣術修行などに没頭していれば、気もまぎれるだろう。
今宵は月夜。
きっとビビアンとエイデンのいるテラスからは満天に輝く星が見えていることだろう。
ひとりとぼとぼと歩くオレの影を月が大きく引き伸ばしていた。
タキシードだけでは少し肌寒く感じてきたので、父から譲り受けた死霊魔術師のローブをすっぽりとかぶりフードを頭に被せた。
……水が飲みたい。
小屋を目指し一時間ほど歩いていたが、気づけば瓶が空になっていた。
一日くらい何も食べなくても平気だろうが、酒ばかり飲まず水くらい飲まないとな。
小屋のほど近くには泉があり、なぜか森の木々たちは泉を避けるように枝を伸ばしていていつも月明りがその泉を照らしていた。
今日もこの泉にだけ祝福をあたえているかのように、月は柔らかな光を落としていた。
喉の渇いていたオレはその光に吸い込まれるように泉に近寄った。
ふと、顔を見上げれば剣戟の音。
月明かりに人影が二つ。
黒いマントによれよれのシャツの男が爪を立てて空を飛び、少女を襲っていた。