07 カタリナ
ふと視線を感じた方向に目をやると、ビビアンお付きのメイドがオレを見て立ち止まっていた。
オレと目が合うと視線を外し、オレとは反対の方向に歩き出した。
ビビアンがオレの居城を訪れた際にも連れていたメイドだ。
オレは彼女の名前を知っている。
「カタリナ」
カタリナはオレの声を聞き、足を止めた。
「オレとは口も聞きたくないか。
オレの顔すら見たくないんだろう?
ビビアンに捨てられ、諦めきれずにビビアンの部屋に訪れた女々しい男だと……カタリナ。
お前も腹の底ではオレのことを笑っているんだろう?」
苛立ちをあらわにするオレにカタリナは背を向けたまま肩を震わせていたが、やがて踵を返しオレの方へ振り向いた。
カタリナは瞳に涙を貯め、黒いワンピースの裾を握りしめていた。
「レオン様、そんなに自分を卑下なさらないでください。
ビビアン様を説得できなかった私は、申し訳なくてあなたの顔を見れなかったのです。
私は、レオン様がビビアン様をどれだけ想っているか知っていましたのに……」
廊下をカタリナの涙が濡らしていた。
オレはカタリナの手を取って抱きしめた。
「レ、レオン様……」
カタリナは体を硬直させてされるがままにしていた。
「もう一度、ビビアンの顔が見たいんだ。
どこにいるか、カタリナは知っているだろう?」
オレは腰に手を回し、カタリナの頬に手を触れた。
「すみません、すみません。
許してください、レオン様。
子爵様に決して伝えるなと止められているのです」
カタリナは首を振り、謝り続けた。
カタリナはとても素直なメイドで、良くビビアンにからかわれていた。
二人は姉妹のように仲が良くて、ビビアンと一緒に遊んでいたオレもカタリナの性格は熟知している。
そして、カタリナがオレを見る目に熱がこもっていたことも知らないわけではなかった。
「カタリナに決して迷惑はかけない。
もし、君がマクマナス家を追われたなら、君をうちに迎え入れる。
カタリナ、オレは幼馴染の顔を一目見ることさえ許されないのか?」
「レオン様……」
カタリナは泣きながらオレをきつく抱きしめ、オレの手を取って行き先を指し示した。
「ありがとう、カタリナ。
……弄ぶようなことをしてすまなかった」
オレは腰に手を回していた手を離し、カタリナに示された道を行く。
その先にはテラスがある。
オレとビビアンはそこで遊ぶのが好きだった。
父の所有する膨大な魔石のうち、色の鮮やかなものをコッソリと盗み出し、光物が大好きなビビアンと一緒に眺めていた。
カタリナはそんなオレたちを見ていつも微笑んでいた。
父に告げ口することも一度だってなかった。
「行ってらっしゃいませ、レオン様」
カタリナはオレが見えなくなるまでその場から動かなかった。