06 道ならぬ恋へと
――ビビアンを諦めきれないオレはマクマナス子爵の元を訪れた。
広間に通されたオレを見てマクマナス子爵がわざとらしく立ち上がり、酌をした。
珍しく執事やメイドたちを入室させていない。
後ろ暗いことだと子爵も思っているのだろうか。
「レオン。
スチュワート子爵のこと、聞いたよ……辛かったね。
私のことを、父だと思って頼ってくれたまえ」
茶番はやめろ。
本当の父のように慕ったアンタがオレを捨てようとしてるんだろうが。
マクマナス子爵に注がれた葡萄酒を一気に飲み干し、オレはグラスをテーブルに叩きつけた。
「神の前で誓った婚約を、やすやすと破棄できるとでも思ってるんですか。
婚約破棄が認められる場合は限られています。
双方の合意による破棄か、花婿、花嫁のいずれかが姦通をした場合の一方的破棄。
オレは絶対に合意しない。
そして、神に誓ってオレは姦通などしていない」
声を張り上げたい気持ちを抑え、子爵の不義理を謗る。
ビビアンにならいざ知らず、子爵へいくらビビアンへの想いを伝えたところで利に聡い子爵の心に届きはしないだろう。
マクマナス家は押しもおされぬ貴族では決してないから、不義理を成せば社交界は受け入れない。
損得勘定に訴えて婚約破棄を考え直してもらうつもりだ。
父を失ったオレが心もとないなら頭を下げてでも認めてもらう用意もある。
正直、惨めな気持ちでいっぱいだけど、それでもマクマナス子爵に頭を下げてでもオレはビビアンと居たかった。
「ああ、レオン。
父という寄る辺を失って心細いんだね。
だから、なおさらビビアンを求めてしまう……レオン、私は君の味方だよ。
先ほど、教会に出向きキミの父替わりを務めると誓ったところだ」
マクマナス子爵は空になったオレのコップになみなみと葡萄酒を注ぎ、猫なで声で話を続けた。
「いいかい、レオン。
これからは私のことを父と呼び、スチュワート子爵のように頼ってくれていい。
妹であるビビアンも、君を陰ながら応援しているよ」
「ビビアンが妹だと……何を言っているんです!」
マクマナス子爵は口を大きく開いて笑顔を見せた。
「レオン、君がビビアンに並々ならぬ愛情を抱いていることを私は知っている。
応援してあげたいところだが、それはできない。
私は父として、君とビビアンに道ならぬ恋をさせるわけにはいかないんだ」
オレが子爵に述べた通り、婚約を破棄する方法は双方の合意か、姦通を理由とした一方的な破棄に限られる。
ただし、それには抜け道がいくつか存在していて……オレは婚姻についての条文を読んだことはあるが、マクマナス子爵がこうも鮮やかに抜け道を使ってこようとは思っていなかった。
近親婚による婚姻の無効。
父を亡くした子どもに、生前親交のあったものが援助を与えるため養子として迎えることは貴族の美徳とされている。
そして、それは子どもが未成年である場合、その子どもの同意なく行うことが出来る。
養子として迎えられた子どもは以前の地位を失うことなく、ただ援助を受けるだけであるから。
子どもが成人として認められる条件はいくつかある。
家督を継ぐこと、結婚をすること、15になった子が成人の儀を行うこと。
オレは成人として認められるべき年齢であるが、ビビアンと結婚することが決まっていたため、成人の儀を行ってはいない。
だから、オレは成年ではなく子どもとして扱われ、一方的主張によりマクマナス家の養子となり、そして義妹となったビビアンとの婚約はさかのぼって無効となる。
ははは、武官であるオレには思いつきもしなかった。
マクマナス家が非難をあびることなく、オレとビビアンの婚約をはじめからなかったものする方法を、法をに携わる文官であるマクマナス子爵は父の死を知ったわずかの間に、実行して見せたのだ。
マクマナス子爵がオレを養子にしたことで、オレとビビアンの婚約は教会という権力によって初めからなかったものになっていたんだ。
「……オレは、そんなに頼りなかったですか」
王侯貴族との強いパイプを持ち、田舎男爵の父に子爵としての立ち居振る舞いを教えてくれたのはほかならぬマクマナス子爵だった。
オレは、アンタのことを尊敬していたのに……。
オレが養父となったマクマナス子爵に歯向かうことは他の貴族たちの反感を買うだろう。
スチュアート家は、今後マクマナス家の分家のように扱われるに違いない。
オレはビビアンにかしずいて、隣に立つビビアンの夫に顎で使われることになるんだ。
「ビビアンは君より有用な男に嫁がせる。
これが文官の戦いなんだ。
レオン、君も私の息子になった。
私の立ち振る舞いをしっかり覚えておきなさい」
……オレは何も言い返せず、ふらふらと廊下を歩いていた。
完敗だ。
オレがたとえ武力でもってマクマナス家に反抗したとしても、養父に反抗する恩知らずの謗りを免れないだろう。
父が残してくれた子爵位を守るには、ビビアンとの婚約破棄を受け入れてマクマナスに頭を垂れる他にない。
それでも、オレはビビアンに会いたかった。
なあ、ビビアン。
お前は、他の男になんて嫁ぎたくないだろう?
もうオレのモノにならなくてもいい、だからお前の気持ちを教えてくれよ。
お前の慣れない敬語なんて聞きたくないんだ。
ビビアン、お前はオレのことをまだ好きでいてくれるんだろう?
ふらつく足取りで、ビビアンの部屋まで歩いた。
声をかけ、ノックをしてもビビアンの部屋からは何の音もしなかった。
どこかに出かけているのか?
ふと、視線を感じた方向に目をやると、ビビアンお付きのメイドがオレを見て、立ち止まっていた。