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05 花火

 婚約式をしたすぐ後に戦争が起こった。

 武官であり「死霊魔術」を司る我がスチュワート家にも召集がかかり、棺のなかにしまわれている父に向かわせる訳にも行かず、オレは戦地に向かうことになった。

 ビビアンとしばらく会えなくなるが、スチュワート家が子爵位を持っているのもすべてオレの家の血統魔術「死霊魔術」によるものだ。

 嫡子のオレがふがいない姿を見せればすぐにでも成り上がり子爵家など降格されてしまう。

 スチュワート家に輿入れするビビアンのためにも、オレは戦場に立ち武功をあげる必要があるのだ。


 戦地に旅立つオレと、ビビアンの別れの日。 

 ビビアンは知り合いの火炎魔術師に頼み、夜空に大きな花火を打ち上げてくれた。


「プロポーズの日にレオンに見せてもらった景色を私は一生忘れないと思う。

 だからね、戦場で辛いときもこの花火とともに私のことを思い出して」


 空を埋め尽くすような花火の下、オレは泣きじゃくるビビアンを強く抱きしめた。

 オレのために花火を用意してくれたビビアンの気持ちが嬉しくて、オレは彼女に「必ず武功をあげてくるよ」と誓った。


「武功なんてついででいいから、必ず生きて帰ってきてね。

 ……できれば、なるべく早く帰ってきてね。

 じゃないと、レオン。私寂しいよ」


 結婚式は花婿不在では話にならないから、オレとビビアンの結婚式は戦争から帰還した後、速やかにとりなうことになった。

 武官のスチュワート家に嫁いでくれる婚約者ビビアンに少しでも大きな手柄をあげてやろうとオレは決意を胸に戦地に赴いた。

 オレは戦争に赴くのはこれが初めてで、初陣となる。

大戦で活躍し、黒騎士と褒め称えられた父は既にこの世にはいない。

 父の遺品である甲冑とローブはスチュワート家に受け継がれて来たものであるが、いざ袖を通すとズシリと重くオレにのしかかってきた。

 先の大戦で黒騎士と呼ばれた父と同様の働きを期待しているぞと指揮官の侯爵からはっぱをかけられ、オレは斥候から連絡役、遊撃まで幅広く立ち回らされた。

 雑用ばかり押し付けられ辟易することもあったが、少なくとも指揮官の期待通りの働きはできたはずだ。


 オレの働きが戦線に与える影響はわずかだっただろうが、6か月にも及んだ戦争は我が国の有利な状況で終結を迎えることが出来たから、国の領地も広がるだろう。

 英雄と呼ばれた黒騎士の息子を見定めてやろうという周りの貴族たちの冷たい瞳もオレの働きもあってか6か月たって温かいものに変わっていた。

 父にそっくりだと言われ続けたオレだが、親譲りの黒い髪も黒い瞳もようやく誇らしく思えた。

 譲り受けた漆黒の甲冑も全身にまとわりつく黒いローブも、以前はその重さと暑苦しさに辟易していたが、勝利の喜びに酔いしれる今のオレには全く気にならなかった。


 何しろ王女をお守りしたのだから十分な恩賞をもらえるはずだ。

 旗頭として担ぎ出された王女は敵の奇襲を受けてしまい、あわやというところでオレの部隊が間に合った。

 敵の奇襲部隊よりも数は少なかったが、オレと部下たちは奮戦して時間を稼ぎ他の部隊が到着するまでしのいでみせた。

 戦場での簡素なものではあるが、王女に拝謁してお褒めの言葉まで頂くことが出来たのだ。

 絶世の美女と噂されるリルメア王女は扇で顔を隠されてはいたけど。

 オレみたいな子爵程度では王女からお言葉をかけてもらうことすら普通は難しいものなのに。

 感謝の言葉とともに、意匠を凝らした銀の長剣を頂いてしまった。

 フフ、こんなに大きな土産をビビアンに持ち帰ることが出来る。

 国へ帰れば婚約者ビビアンがオレの帰りを今か今かと待ちわびているに違いない。

 宝石の好きなお前にこれからいろんなものを買ってやれるぞ、とオレは上機嫌で自分の城へ向かったのだが……


 ☆★


 ビビアン、オレはお前に誓った通り、武功をあげた。

 お前が望む通り生きて帰って来た。

 それなのに……


「レオン、あなたとの婚約を破棄させてください」


 何だよ、あの冷たい視線。

 それにお前、オレに敬語なんて使ったこと一度もなかったじゃないか。


 呆然と立ち尽くしていたオレは、ふらつく足取りで自分の城に入った。

 筆頭執事が出迎えてくれ、広間にて飲み物を用意してくれた。

 自分の部屋に戻って、風呂にでも入りたいところだがとりあえず、不在の間のスチュワート家の動きを把握する必要がある。


 それにしても、執事が何だか神妙な顔をしているのが気になった。


「何があった?」

「レオン様のそのお顔を見るに、早馬を飛ばしたのですが入れ違いとなってしまったようですね」

「何だ、それほどに急ぎ伝えることがあったのか」


 執事は下を向き、身体を震わせながら報告を続けた。


「マクマナス子爵が訪ねてきました」

「なんだと、それで父をどうした?」

「病床に伏せていると説明しましたが、面会をお求めになり……

 仕方なく子爵様をベッドに伏せたまま、お見舞いとなりましたが……マクマナス様は子爵様の手に触れられ、異常な冷たさを感じられたようで……

 その場でなくなったことにしました。

 レオンさまが戻られるまで、子爵様の死を隠しとおせなかったこと、いくらお詫びしても償えるものではありません」


 父の葬儀の準備でこうも城内は騒がしくしているのか。

 

「遅かれ早かれ、父がなくなったことを公表しなければならないんだ。

 婚約式も問題なく終了している。

 お前に落ち度はない。

 オレは、お前に感謝している。

 たぶん、父もな」


 オレは執事の肩に手をおき、非がないことを伝えよくやってくれたとねぎらった。


「ふがいない当主だが、これからも支えてくれ」

「もちろんです、レオン・スチュワート様。

 ……マクマナス子爵から手紙を預かっております」


 オレに改めて忠誠を誓ってくれた執事から手紙を受け取る。

 ……封をされたままの手紙には、父の死を悼む言葉と、ビビアンとの婚約を白紙に戻すことが文官マクマナス子爵の丁寧な字で書いてあった。


 黒騎士と呼ばれ戦場で鬼神の如き働きを見せた父を失ったオレには、ビビアンをあてがう価値もないってことか。


「ハハ、ハハハハハハハ!」


 オレは大声で笑いをあげた。


「どうしましたレオン様。

 気をしっかりなさいませ、お父様がいなくなっても、マクマナス伯爵が――ビビアン様がいらっしゃるではありませんか」


 執事は急に笑い声をあげたオレをいぶかしみながらも励ましてくれた。


「ビビアンに婚約破棄を言い渡された」


 執事は言葉を失っていた。


 オレは一人、螺旋階段を降りて父の亡骸が納められた小部屋に向かった。


「父を失ったスチュアート家には、マクマナス子爵にお気に召すモノは何ひとつ残っていないようだな」


 父の棺を眺めながら、オレはビビアンのことばかり考えていた。

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