41 王女と護衛
「日に日に、首筋の脈動が強くなってきて、自分の血が自分じゃないように感じて、居てもたってもいられなくて王宮を飛び出しました」
オレの胸の中で、リルは安心したように体重を預け、話をつづけた。
「そして、王都の酒場で吸血鬼の情報を得ました。
吸血鬼の呪いから解放されるためには、呪いをかけた吸血鬼を倒さねばならない。
一縷の望みにかけて、私は森へ向かいました。
吸血鬼を倒すためでもありますし、もし、吸血鬼と化した場合でも、王宮で吸血鬼と化して、王家に迷惑をかけたくなかったからです」
「だからか、吸血鬼相手に一人で戦いを挑むなんて無謀なことするな、と思ってたんだ」
「ふふ。
きっと、死ぬ気だったんだと思います」
「……そうか」
「結局、その吸血鬼は私を襲った吸血鬼ではありませんでしたけど」
リルに死ぬなんて言ってほしくはないが、吸血鬼になったら治す方法なんて普通はないんだ。
そう思っても仕方がないかもしれない。
「吸血鬼になりかけた私をレオン様に助けてもらってからも、私は王女であるとずっと言い出せませんでした」
照れたようにリルは髪をくるくるといじっていた。
「私は、レオン様の魔法で救われました。
だから、何としてもあなたに師事して、死霊術を覚えて見せる。
そう思って、奴隷の指輪をはめました。
私は、それ以外、生きる方法が思いつかなかったのです」
リルの左手、薬指を手に取った。
「だから、奴隷の指輪をはめるというのに、やたら思い切りがよかったんだな」
「…レオン様に助けてもらってからも、この首の傷跡は、時折動いていましたから」
リルが首筋を触った。
「見ていいか?」
「……ええ、どうぞ」
チョーカーを解くと、首筋の傷跡はまるで生きているかのように脈動を強くした。
「助けていただいた後、悲嘆に暮れているレオン様を見て、せめてもの恩返しに一緒にいたいと思いました。
でも、きっとそれは言い訳です。
私がレオン様と一緒にいたかったのです。
レオン様と一緒にお祭りに行き、花冠をかぶって砂糖菓子を食べました。
私、とても楽しかったのです」
「心配かけてすまなかったな」
「でも、私が王宮を離れたせいで、セドリック侯爵に論功行賞を急ぐ口実を与えてしまいました。
そのせいで、レオン様の活躍をこの国の人々へ伝えられず、レオン様が不本意な目にあっていたことについて、責任を感じていました」
「リルのせいじゃない」
「でも、レオン様と一緒にいたおかげで、セドリック侯爵を追い詰めることが出来ました」
人狼と空間魔術士を追っていた屋敷はセドリック侯爵家だった。
そのおかげで、セドリックの悪事をつかむことが出来たわけだが……それにしても、知らなかったとはいえ、セドリック侯爵家に無断で侵入し、子飼いの魔術師を倒すなんて、オレも無謀なことをしたもんだな。
「しかし、これから大変だな。
セドリックは武官も文官も掌握していたわけだろ?」
「ええ。
幾人かは闘技場で捕縛しましたが、抵抗勢力はかなりの数がいると思います」
「父が一代で手にしたものを守れてリルには感謝している。
誰が襲って来たとしても、明日からは、精一杯臣下として守ってみせるからな」
「……お願いします」
違う。
リルにオレが言いたいのは、本当はこのことについてじゃないんだ。
「どうしました?」
「い……いや……」
大きく息を吸い込んだ。
「リル」
「はい」
リルの震えを治めるために、抱きしめていた。
けれど、もう離したくはない。
ぎゅっと抱きしめた。
「一緒にいてくれてありがとう。
オレが一番辛かった時に支えてくれて、リルにはお礼のしようもない。
リルがオレの弟子になるって言ったとき、一人になりたくて断った。
隷属の指輪まで取り出したのに、リルは押しが強くて、結局オレが根負けしたんだ。
でも、リルがいてくれて良かったと思っている」
「ふふふ、この指輪は私の誇りです」
リルはその指輪をオレに見せつけてきた。
「……でもさ、王女が指輪つけてていいのかよ?」
「表に出るときは、私手袋つけてますからいいのです」
そういえば、剣術大会の時は、白い手袋をはめていたな。
「そういうわけにはいかないだろ。
ちょうどさ、外せるように準備してきたんだ」
オレは隷属の指輪を外せるように準備していた。
魔導具もあるし、解呪の魔法陣もかけるように準備している。
王女を奴隷扱いするわけにいかないからな。
「ほら、指貸して」
「ダメです」
リルは指を引っ込めた。
「これは、レオン様からもらったのです」
リルの瞳は濡れていた。
「私、本物をもらうまで外しません」
「本物って……」
リルは立ち上がり、オレに背を向けた。
「私は王女です、自分の身体は自分のものではありません」
「リル」
リルは指輪を大事そうに触った。
「国の意向で、意に添わぬ方と一緒になり、他国で暮らさねばならないかもしれません。
それでも、それがこの国のためならば従うしかないのでしょう。
だから、いましばらくはこの指輪をつけていたいのです」
リルとオレとは身分が違い過ぎる。
結ばれようなどとは高望みだ。
オレだってそんなに馬鹿じゃない。
けど……
リルを後ろから抱きしめた。
「オレはリルとずっと一緒にいる。
他国に嫁ぐならオレもついていく。
たとえ結ばれなくても、ずっとそばにいるから」
オレはリルに助けられた。
だこら、暗殺未遂されるような立場のリルを、一生守り続けたい。
それにオレが側にいなければ、リルが吸血鬼になったときに助けられる奴なんていないのだ。
「吸血鬼になんてさせないからな」
「……一緒にいるだけでいいのですか?」
リルは向き直ると、オレの方へ体を預けた。
しっかりとリルを受け止める。
しっかりと目が合った。
上気する頬と潤んだ瞳に引き寄せられてしまう。
「明日から臣下にもどるなんて嫌です、私をリルって呼んでいいのはレオン様だけなんです」
「ダメだ、明日からはちゃんとリルメア様って呼ぶからな」
「人がいないときは、ちゃんとリルって呼ばないと嫌です」
「お前な、どこに人の眼があるかわからないんだぞ」
「……レオン様、リルって呼んでください」
……未婚の王女にあらぬ噂を立てるわけにはいかないんだ。
「頼む、なんでもするからさ」
「レオン様、今何でもするって言いました?」
「ああ。
リルって呼び捨てにし続けるわけにはいかないからな、
それに隷属の指輪だって、ばれたらどうなることか……」
「リルメア様って呼ばれるのも、指輪を外すのも今は嫌です。
今日だけは、リルって呼ぶってレオン様言ってました」
「分かったよ、今日だけはリルって呼ぶって言ってたからな」
リルを見つめる。
今日だけは、王女リルメアじゃない。
だから、抱きしめるくらいいよな。
「リル」
「レオン様」
「えい」
「……おい」
抱き寄せたリルが思いっきり体重をかけてきて、オレとリルは抱き合ったままベッドに倒れ込んだ。
「わざとだろ」
「はい」
「お前なあ」
ベッドに倒れ込む際、あぶなくないようにリルの顔を手でかばったから、互いの唇が触れそうな距離に、リルがいた。
「……好きです」
リルは眼をそらさずにオレに告げた。
うまく言葉にできなかったオレはリルの唇を、唇でふさいだ。
「……ん……」
唇を合わせたまま、リルを強く抱きしめた。
★☆
数か月がたち、セドリック侯爵に組した勢力の掃討にも目途がついた。
当のセドリックはその間、ずっと裁判中で動けず、王女へ従ったものも多く、国中を巻き込んだ戦乱にはならなかった。
リル――いや、リルメア様とオレは、きちんと王女と臣下の関係に戻り、オレは日々リルメア様に忠誠を尽くしている。
ただし、クレトの村の祭りの際に、オレとリルメア様の仲睦まじい様子が目撃されており、民たちはしきりに噂しているらしい。
それに、リル――いや、リルメア様はことあるごとにオレを呼び出し、話をしたがるのでその噂に拍車がかかっているようだ。
「今日も民たちに、からかわれましたよ。
リルメア様といつ結婚するんだって」
王都の市場へ果物を買いに行き、その場で飲みたいというワガママをリルメア様が言い出し、オレはいつものように振り回されて護衛に出かけた。
「いい調子ですね」
民の噂になぜかリルメア様はご機嫌だ。
「何がいい調子なんですか」
「はい、これ。
レオン様、美味しいですよ?」
「だから二人の時だからって、レオン様って呼ばないでくださいよ。
それに飲みかけの飲み物くれないでくださいよ」
リルメア様は、二人のときには本当にリラックスした様子でいるので、オレとしては嬉しいのだが。
飲みかけのものを渡してるって知られたら男女の仲だと疑われるしな。
「……ねえ、レオン様」
「なんですか、リルメア様」
「私に、他国からの縁談がものすごく来ているのです」
「そう……ですか」
「成人の儀と共に、結婚してはという提案があってですね」
「そう……ですか」
覚悟はしていたが、胃に来るな。
「もう縁談を引き延ばせないかもしれません」
「王女ですから、その身一つが政略上の武器になる。
護衛の私も、覚悟はしていました」
「では、なぜそんな辛そうな顔をしているのです?」
表情に出ないようにしていたつもりだが……
どうやら表情を取り繕えないらしい。
せめて姿勢を正していよう。
「リルメア様のおそばに使えることが出来て、幸せでした」
「私もです」
リルメア様は立ち上がってオレが腰かけるソファに座った。
「近いですよ」
そういうが、リルメア様は距離を取りはしなかった。
「近いですね」
そう言うと、リルメア様はオレの膝に頭をのっけた。
「何をしてるんですか」
「この扉を開けたら、メイドたちが私とレオン様を見て噂を広めるのでしょうか。
あの二人はデキていると。
もしかしたら、それで縁談がおしまいになるかもしれませんね」
ここ数か月、リルメア様にはひっきりなしに縁談が来ており、他国の王や、王子、国内貴族の連中がリルメア様に色目を使うのを目の当たりにして、正直気分が悪かった。
「オレ、覚悟が甘かったみたいだな」
「ええ、私もです。
未婚の王女という身分でパーティーに出るのは億劫です。
レオン様以外に、触れられたくないのですが」
「オレはリルに寄ってくるやつを、片っ端からぶった切りたくてしょうがなかった」
「それもいいですね」
オレは今の状況に疲れていた。
一生、臣下として一緒にいるなんて格好つけて言ったけど、リルを抱きしめたくてしかたがなかった。
「リル」
「はい、レオン様」
リルはとても嬉しそうだ。
オレが数か月ぶりにリルと呼んだからだ。
「いつまで待てる?」
「それは……」
リルの眼が輝いていた。
「どうやれば爵位が上がる?
どうしたら一緒になることを認めてもらえるんだ?
可能性がゼロでなければ、何年も待たせるかもしれないけど」
言いたかったけど、諦めていた言葉。
「オレと結婚してくれ」
「……はい!」
リルはオレに飛び掛かってキスをしてきた。
「ちょっとこら、ここ執務室だぞ」
「だって……だって……」
リルは大粒の涙をこぼした。
「嬉しいんですもの」
「でも、子爵のオレが王女と結婚できるのか?」
「そうですね。
ものすごく反対されるでしょうし、困難が待ち受けていると思います。
でも、5年待てば弟は成人します。
そうすれば、弟が王になれますから、私の結婚は少しだけ自由が増えると思います」
言葉とは裏腹に、リルの顔は明るかった。
「ですが、5年は長いです。
縁談をいつく断ればいいのか。
最悪、反対されて結婚できない可能性もあると思います」
「……もし、そうなったら」
「そうなったら?」
オレはリルの左手薬指を撫でた。
「無理やりさらって、他国に駆け落ちするか。
嫌だって言っても、隷属の指輪で無理やり連れてくぞ」
「はい、お願いします!
そしたら、本物の指輪と取り換えてくださいね」
隷属の指輪がきらりと光った。
困難な道かもしれないが、リルと二人ならどうとでもなるはずだ。
「ふふふ、プロポーズされちゃいました」
「リルが嬉しそうで、オレも嬉しいよ」
「あ。
興奮したら、首筋が動き出しました」
「え?」
すぐに首筋の傷跡を見た。
脈動を見るに、かなり吸血鬼化が進行しているようだ。
「もう血抜きの時期か」
リルの吸血鬼化を止めるにはひと月に一度程度、血抜きをしてやる必要があるらしい。
「……今朝まではそんなになかったのに」
「心配するな。
必ず治すからな」
「はい」
オレはリルを寝室に連れていき、てきぱきと用意を始める。
もう少し国内が落ち着いたら、リルを襲った吸血鬼を狩りに行こう。
血抜きがリルの身体に負担をかけてるのは間違いないからな。
「血抜きって怖いですけど、レオン様と一緒にいるのを感じれるから好きでした」
「これからはリルと二人の時間を増やして、もう少し一緒にいような」
「はい!」
眠りに落ちる魔法をかけて、丁寧にリルの血抜きを行う。
色々な方法を試してみたが、結局人工血液は上手く行かず、血抜きを行うたびに、オレの体から大量の血液を分けてあげることになる。
数時間に渡る血抜きの処置を終え、血で汚れたリルの体を丁寧に拭き上げる。
白い素肌に赤みが戻っているのを確認、血抜きの処置はうまく行ったようだ。
口を開け、リルの牙に触れるとポロリと崩れ落ちた。
すやすやと寝ているリルに起こさないように服を着せた。
それにしても幸せそうに眠っているな。
リルの笑顔を見ると、オレも嬉しくなる。
起きそうにないリルへ向かって言えなかった言葉を言っておくか。
「好きだよ、リル」
そうっと唇を奪った。
すると、寝ていたはずのリルから手が伸び、オレを捕まえた。
「その言葉はできれば、起きてるうちに聞きたかったのですが」
「おい、しっかり聞いてたような口ぶりなんだが!」
くそ。
聞かせるつもりはなかったんだ。
「あと、できれば唇を奪うのは起きているときにお願いします」
ニヤニヤしながら言うんじゃないよ。
「今度な」
疲れてるリルに無理はさせられないからな。
リルの頭を撫でながら、リルが寝るまで他愛もないも話をした。
いつもなら、血抜きが終わればすぐに寝室を出ていくのだが、今日はリルのそばから離れる気になれない。
リルと手を繫いだまま、椅子に腰掛け、いつまでもリルの寝顔を眺めていた。
皆様、お付き合いいただきありがとうございました。
もし、良ければ出来たら感想聞かせてください。




