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04 死体人形

 ――オレはビビアンを見送ると父の棺が置かれた地下室を目指す。

 父の『生き人形』の作成に取り掛かるため、数名の部下と共にランタンだけを頼りに螺旋階段を下っていく。

 父の死を秘匿するため、日の光の届かないような地下室で作業をすべて行う手筈だ。


 螺旋階段の一番下、棺を納めた小部屋へ入り、部下たちともう一度打ち合わせをした。

 父の『生き人形』作成に失敗は許されない。

 だって材料は一つしかないのだから。


 作業の前にまず手足を清潔にする。

 だが、間違っても塩や聖水で清めてはならない。

 これからオレがやることは神の御業に反したことなのだから。

 

 生の終わりであり、かつ命の始まりとされる『灰』と、水を混ぜたものの上澄み液で体を洗い、手指はより念入りに洗う。

 

 作業準備が終われば、いよいよ人形制作へかかる。

 皮膚を裏返して裏側に魔法陣を刻み、骨や腱を傷つけないように細心の注意を払い肉を取り除く。

 肘や膝などの可動部に小型の魔獣の体内から取り出した魔石をはめ込み、その状態で滑らかに可動部が動くか確認する。

 

 そして、肝心要の作業。

 全体の制御のため、心臓の位置に亜人などの魔石を固定する。

 心臓部の魔石は人間と背格好の近い亜人や魔族の魔石を利用するのが通常だ。

 戦闘用機械人形オートマタの作成であれば魔族の魔石を使用するのが一番であるが、父には亜人ゴブリンの魔石を使用した。


 ここまで終わればやっと一息がつける。

 詰め物などの作業はやり直しが効くが、骨や腱、皮膚の扱いはそうはいかない。


 おがくずや石膏などを肉の代わりに詰めていき、体から発せられる死臭を一時的にためておく水袋を腹の位置に作成する。

 臭気を溶かしこんでくれる水の性質を利用したもので、水袋は一日に数回取り換えることとなるだろう。

 作業のために切り開いた脇や頭部、膝裏を縫合して、人形の作成は終わり。


 表情の制御はあまりにも難しくてできないため、父の顔は瞳をつぶって微笑みを称えているまま固定してある。

 さて、後は起動の呪文を唱えるだけだ。


 起動時の儀式に関しては一子相伝で、父から子へのみ受け継がれていく。

 オレは部下が外へ出るのを待ち、扉を固く締めた。

 灰の上澄み液を口に浮くんでよくすすぎ、父の生き人形の心臓部へ手を当てた。


――さすがに緊張するな。

 大きく息を吐き、深呼吸してから気持ちを落ち着かせて呪文を唱える。


 抑揚も呪文の成否に関係があるらしく、自然と歌を歌うことになる。

 一定の音量で文言をオレの口が紡いでいく。

 口をどう動かすかなんて覚えていない。

 子守歌代わりにオレは親父から教わっていたんだから。


 最後の言葉を紡ぎ終わると、今度は塩と聖水で口と手指、体を清める。

 身体の入り口である手足の指と口先を灰でゆすいだそのままにしていると体を魔に侵食されてしまうから。


 ふうっ、と大きく息を吐き終わると部下たちを呼び込んだ。

 今度は10人ほどの風魔法使いや、土魔法使いを呼び込む。

 生き人形造りまでが死霊術士の領分であり、生き人形の制御はごく普通の風魔法や土魔法で事足りる。


 ゾンビやスケルトンの制御には自動駆動に関する魔法陣を埋め込むのだが、それだといかにも死人でございますって動きにしかならないから、父の動きの制御に関しては手動で行う。


 生き人形の制御は部下に任せ、オレは父へ死化粧を施していく。

 たるんだ皮膚は糸で引っ張りあげ、どす黒くなった顔色を隠すため、顔には白粉おしろいを塗りたくる。白くなりすぎないように炭や赤土と混ぜ、首筋や手指の色とも合わせてまるで生きているかのように仕上げるのだ。


 そうやって作り上げた「父」を深夜に子爵の間へ運び込んだ。

 「父」の移動の際に、万一盗賊の類が入ってきて「父」の姿を目撃されても宵闇の中、「父」は遠目には存命に見えるはずだ。


 子爵の間で、生き人形の駆動制御のデモンストレーションを行った。

 十数人の部下たちが魔石を握りこみ、遠隔から生き人形を操作していく。

 椅子から立ち上がる所作と、歩行、手を振る動きのみに行わせる動作をしぼりこみ、人間らしく見えるよう部下同士の息が合うまで練習させた。


――婚約式の日。

 いざ婚約式が始まってからは気が気じゃなかった。万が一、部下たちが父の制御をし損なったとしてもオレは花婿としての役割があるため、何もできないのだが……

 部下たちが制御してくれるのを祈るばかりの状況というものも、これまた息の詰まるものらしい。


 父が発言する機会は、マクマナス子爵に体が悪いと伝えて削除しているため、着席し手を振るくらいのことが出来れば怪しまれることはないだろう。


 正直、そのことばかりに気が向いてしまって、贅をつくした料理も来てくれた学友の名前も頭には入ってこなかった。

 オレがそんな状況でも、式はつつがなく進行し、最後ビビアンとの指輪の交換を残すばかりとなった。


 オレとビビアンは壇上に登り、中央に置かれた指輪の前に立つ。


「レオン、ずっとガチガチに緊張してたよ」


 白のドレスを着たビビアンはとても嬉しそうにオレのことをからかった。


「仕方ないだろ」


 父の人形ばかりに気を取られ緊張したオレのことをビビアンはいい風に解釈してくれたようだ。

「初恋の幼馴染との婚約にひどく緊張している」とでも思ってくれているのだろう。

 否定はできない。

 きっと父のことがなくても、オレは緊張していたに違いないから。


「ホント大丈夫?

 レオン、婚約式なんだから指輪の交換だけよ。

 キスなんてしないんだからね」

「わかってるよ」


 ビビアンがからかってくれたおかげで固さは取れ、オレとビビアンは互いの薬指に指輪を嵌めあった。

 会場から拍手が舞い降りる。

 結婚式ではなく、出席者は少数だから割れんばかりの拍手ってわけではない。

 でも、この拍手の音くらいはオレたちは祝福されてるんだって幸せな気持ちでいっぱいだった。

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