39 婚約破棄の復讐
闘技場の医務室へ連れて行き、ベッドへ寝かす。
王女が運ばれてきて医者は驚いたようだったが、心音等に異常がないことを確認すると、疲労だろうと診断が下った。
あれだけ、大勢の人の前で演説し、後見人たるセドリックを失脚させたのだ。
神経を極度にすり減らしたに違いない。
寝かされたまま王女が王宮へ移送されるのを見送った後、祝賀会が開催される離宮へ急いだ。
パーティーは気を遣うばかりであまり得意ではないが、オレは大会の優勝者だ。
主役がいかないわけにもいかないからな。
★☆
王女というのは見事なものだ。
あれだけ疲労困憊し発熱して寝込んでいたとしても、行事に参加してウィットに富んだジョークを交え、乾杯の音頭を取るのだから。
とはいえ、挨拶を終えるとすぐに引っ込んだ。
「大変だな、王族というやつも」
酒席は苦手だが、酒自体は嫌いではない。
いつもそうするように、会場の端に陣取ってグラスを傾けた。
白い燕尾服って言うのも落ち着かない、オレは甲冑や黒いローブを着てる方がよっぽど落ち着くんだけど。
「こら、主役が一人酒するな」
ファーガス様が酒樽を担いで近寄ってきた。
「……うちの領地で取れた上等な酒だ」
それにしては、酒樽傾けてぐびぐび飲んでるし、上等な酒だとは思えないんですけど。
「いただきます」
「乾杯」
ファーガス様とグラスを交わした。
「とりあえず、優勝。
めでたいことだ」
「ありがとうございます、ようやく父と並べた気がします」
頭を掻いたオレを見て、ファーガス様はニヤリと笑った。
「武勇に優れた先代とて、姫騎士になって、悪い大臣を捕縛したことはない。
胸を張れ、レオン殿」
「……ありがとうございます」
ファーガス様は誰も味方がいなかったときに、戦記を貸してくれた人だ。
オレは一生頭が上がらない気がする。
「どうしてこの場にいらっしゃったのです?
表舞台には出ないものと思っておりました」
「……リルメア様に頼まれた」
ファーガス様は、酒をあおりながら話をつづけた。
「見せたいものがあると。
まさか、セドリックが王女を暗殺しようとしたとはな」
「ファーガス様!」
「おお、そなたらか」
ファーガス様は顔が広い。
あっという間にお偉方に取り囲まれてしまった。
それに、集まってきたすべてが今日の試合を見ていたようで、オレも話の輪から抜けるわけに行かなかった。
ファーガス様は次々とお偉方をオレに紹介してくるので、人の名前と顔を覚えるだけで必死だった。
「なあ、レオン殿。
付き合いも姫騎士の仕事だぞ、初めて見る顔は斬るのが護衛の仕事だからな」
「……頑張ります」
それから数十人と引き合わされて、解放されたのは数時間経ってのことだった。
何だろう、剣術大会そのものよりも疲れた気がする。
田舎貴族だから、こういった社交に慣れてないんだ。
オレと同じ子爵で精一杯人に話しかけているやつもいるが……尊敬するな。
オレはあそこまで愛想よくできない。
「失礼します、レオン様」
侍女だろうか、恭しくオレに礼をする。
「リルメア様から手紙を預かってきました」
「ありがとう」
「失礼します」
侍女は封をした手紙を渡すと、足早に去っていった。
守秘義務のかかる内容の可能性もあるため、壁を背にして封を開ける。
≪あの場所で待っています≫
体調が悪いんじゃなかったのか?
あの場所って言ったら……
え?
何時間かかると思ってるんだ?
頭ではそう思いながらも、いてもたってもいられなくなって会場から飛び出した。
王宮で着飾って社交するより、オレは黒いローブを着てる方が好きなんだ。
会場から出たところで、ドレスの女性から手を振られた。
見覚えのあるドレスだなと思ったが、そんなささいなことはどうでもいい。
さっさと会場を後にしよう、オレには行くべき場所があるんだから。
簡単に会釈して通り過ぎようと思ったが、その女性に行く手を阻まれた。
「ちょっと、レオン!」
誰だ?
知り合いか……ああ、今わかった。
赤いドレスと赤い髪。
ビビアンか。
「怒ってるよね、無視しようとした?」
「いや、そんなことはない」
ただ気づかなかっただけだ。
「優勝おめでとう、レオン」
「……ああ」
「良かった。
……ねえ。
私ね、やっとわかったの」
ビビアンは大きく息を吸い込んだ。
「私、やっぱりレオンが好き」
「……は?」
ビビアンはとびっきりの笑顔。
オレは呆然としていた。
「やっとわかったの、お父さんに反対されてもやっぱりレオンのことが好きだった」
ビビアンの眼はキラキラしていて、その瞳には怪訝な顔で睨みつけるオレの顔など映っていないようだった。
「ねえ、私たちやり直せないかな?」
親も親なら子も子だな。
オレにした仕打ちをすっかり忘れてしまったらしい。
「エイデンがいるだろ?」
「……ううん、もういいの。
エイデンがあんなにひどい人だと思わなかったから。
ひどいよね、負けが決まってる人に追い打ちしたり、レオンにも不意打ちしたりしてさ」
使えなくなった男はすぐにポイ捨てするんだな。
オレも、エイデンもビビアンには道具でしかないのか。
「エイデンにも同情するよ」
「ねえ。
エイデンのことはもういいから、やり直そうよ。
レオンのことよく知ってる幼馴染だから、私とレオンはぴったりだと思うんだよね」
「オレもそう思ってたよ」
「レオン!」
ビビアンの顔がぱあっと明るくなって、オレの手を握ってきた。
「昔はな」
顔をしかめ、その手を払いのけた。
「レオン?」
「お前はまだ知らないかもしれないが、マクマナス子爵にはキツイお灸が据えられるだろう。
人の領地に人狼を送り込んだんだからな、爵位格下げで済むかどうか」
「そ、そんな……ねえ、レオン何とかできないの?」
「たとえ出来たとしても、したくない」
「レオン……お父様に力がなくなっても、私と一緒にいてくれるよね。
ほら、レオンと私はぴったりだと思うって」
「昔はって言っただろ」
「怒ってるなら、謝る。
謝るから」
ビビアンはぺこりと頭を下げた。
「安い謝罪だな」
「じゃあどうすればいいのよ!」
不機嫌なビビアンは声を張り上げた。
昔は、ビビアンのちょっとしたことで機嫌の悪くなるわがままな気性すら、愛しいと思っていたが……今は、ただの自己中心的なバカ女だとしか思えないな。
「どうもしなくていい、オレはお前に興味はない」
「……私に野垂れ死ねって言うの?
お父様だって連れていかれて……私、どうすればいいのよ?」
「お前は土壇場になっても自分のことしか考えないんだな」
「何よ」
「……オレはお前に復讐したかった。
エイデンに勝って、マクマナス子爵にだって罰が与えられた。
そして、お前の心をオレに向けて、オレの方から振るのが望みだった」
「……」
ビビアンはふてくされているようだ。
「でも、お前を振ったところで、心は晴れない」
「じゃ、じゃあ……」
一気にビビアンの顔が晴れた。
「私と、やり直してくれる?」
「……やり直すわけないだろ。
婚約破棄されて、お前と離れて分かった。
ビビアン、お前は最低な女だったよ。
オレとの婚約を破棄してくれてありがとう。
お前なんかと結婚して、最低な人生を送るところだった。
婚約破棄してくれて、今では感謝してる」
やり直せるかと思ったビビアンの顔が怒りで真っ赤に染まった。
「何よ、その言い草!」
「……さよなら、ビビアン」
ビビアンにもう用はない。
オレは歩き出した。
「ねえ、待って!」
ビビアンはオレの袖を掴んだ。
「触るなって」
「ねえ、レオン。
好きな人っているの?」
「いたとしても、お前に全く関係はない」
「答えて」
はぐらかすことももちろんできるが……。
「そうだな……いる」
自分の心にウソをつきたくない。
たとえ、叶わぬ恋だとしても。
「まさか、リルメア王女だなんて言わないよね?
リルメア様を運ぶときのレオン、なんか変だったから」
「リルメア様か……違う」
そう。
オレが好きになったのは、王女リルメア様ではない。
「もし、そうだったとしてら、無駄だよ?
レオンが姫騎士になったからって王女様と結ばれたりしないんだから。
ねえ、レオン。
そんな無駄なことはやめてさ。
今、私のこと最低とか言ってたのは許してあげるから、ねえ、私とやり直そうよ!」
ビビアン。
この期に及んでも、謝るのはお前じゃなくて、オレなんだな。
ビビアンから無駄だと言われたな。
その通りだ。
結ばれることなんてない。
それでも、一緒にいたいって思う。
この手で守れるなら、それでいい。
「無駄かどうかは、オレが決めるよ」
ビビアンの手を払い、前へ進んだ。
「レオン!」
叫び続けるビビアンの声はどんどん小さくなっていく。
骸骨馬を出して、全速力で街道をとばした。
顔がにやけているのが自分でわかる。
会って話ができる。
そう思っただけで、嬉しくなるんだ。
リル。
今、会いに行くよ。




