31 復讐の準備
王宮剣術大会を見すえ、できることにはすべて取り組んでおきたい。
午前中に領地経営のための書類を読み込み、判を押し、午後には諸侯への面会の手紙を書く。
夜が来れば、父上や先祖たちの白骨騎士と剣術に磨きをかける。
そんな日々を過ごしていたが、数日経つと諸侯からの返事が届きだした。
「うんざりするな」
「はい」
目の前には諸侯からの手紙。
あれこれ理由をつけて面会を断る返事が、うずたかく積まれている。
今読み終わった断りの手紙をその塔の上に置くと、雪崩が起きた。
グラファーがその手紙をさもめんどくさそうに拾い集める。
マクマナス子爵から婚約破棄についての連絡は諸侯に届いているのだろうが、スチュワート家からも送るべきだと判断。
ついでに面会させてほしいと依頼する文を書いたのだが。
味方は少しでも多い方がいいからな。
「ふん。
落ち目と見るや、蜘蛛の子を散らすように味方が誰もいなくなるのだな」
「セドリック侯爵に目をつけられたスチュワート家に関わるのは、得策でないと思われたのでしょう」
「それでも、信用できる人物はいる。
会ってくれるそうだ」
一通の手紙を取り出し、グラファーに渡す。
「これは、ファーガス将軍からですか」
「今は元将軍だがな」
息子に家督を譲り、今は閑職を得て悠々自適に暮らしていると聞く。
……表向きはな。
「ええ、もちろん存じております。
しかし、かの大将軍と言えど、今は隠居の身。
影響力は少ないのではないでしょうか」
「今、へレムデルで戦記の管理を任されているらしい。
将軍には不釣り合いの仕事だとは思うが、オレにとってはいい方に転ぶかもしれん」
「論功行賞が戦記を踏まえているかどうか、確認できるということですね」
「ああ、戦記を手に入れられれば、優勝した褒美として王女に願い出て、我らに下された爵位の格下げを取り消すことが出来るかもしれん」
★☆
「びっくりしました。
まさか、へレムデルの戦記館がこのような城塞に変化しているとは」
風光明媚な庭園であったへレムデル。
そんなへレムデルが、いまや大砲や城壁を備えた城塞へ様変わりしていた。
記憶との差に戸惑っていると宴会場へ招かれ、盛大な歓待を受けた。
ファーガス将軍は退いてなお、気前のいい御仁だ。
「はは、貴公にはこちらの方が馴染むのではないか。
戦場で輝く黒騎士レオン殿は、花の香より硝煙の香の方を好んでいるのではないか?」
「おっしゃる通りで」
くだらない冗談でお茶を濁しながら、ファーガス様の考えを少しずつ探っていこう。
「とはいえ、ひとたび城門をくぐれば花木はそのままの美しさを誇っているのですね」
「ワシとて槍を持たぬ時は、花くらい愛でるのでな」
ファーガス将軍はなみなみと注がれたワイングラスを一気にあおった。
「いやー、それにしても、本当に城塞と呼べるくらいの軍事設備を備えていますね」
「戦記を奪われては困る。
あれは、戦う者たちの生き様が書かれておるからな。
戦記は論功行賞の基本だ。
事実をあるがままに記載し、それに比した褒美や罰をもらう。
それゆえ、戦記は奪われてはならんし、改ざんすることもあり得ない。
戦記というものは、盗賊にすら襲われたら壊滅しそうな館に置いてはならんのだ。
武官なら、事実で評価すべきで、それの元となるものは戦記以外にありゃせんのだから。
文官の評価方法はゴマすりでもなんでも勝手にしたらいいんじゃ」
「ええ、そのとおりだと思います」
武官であるファーガス将軍と、文官たるセドリック侯爵はそりが合わないとは聞いていた。
「レオン殿のために開けた酒樽、まだ半分以上も残っとるではないか」
「あ、いえ。
いただきます……」
オレも注がれた酒をぐいっとあおった。
「さて……お前たち下がれ」
「「はい」」
甲斐甲斐しく宴席の世話をしていたメイドや執事たちを下がらせた。
「これから話すことは酒席での世迷いごとじゃ。
ワシはひどく酔うておるゆえ、何を話すかわからん。
レオン殿、今から話すこと決して、他言するでないぞ」
酔っていると言いながら、視線はオレの眼から外そうとすらとしていない。
父から聞いたことがある。
将軍とは政治的な存在で、ちょっとした軽口ですら国を動かす力があると。
それゆえ、ファーガス様は本音で話される際には、人払いをした上で、必ず酒を飲み、酔っていると言ってから話し始めると。
これから、ファーガス様が本音で話してくださる。
ゴクリとつばを飲み込んだ。
「この度の論功行賞のこと、すまなかった」
ファーガス様は頭を下げた。
「え……な、何をおっしゃるのですか。
頭を上げてください」
オレは席を立ち、ファーガス様の側へ行く。
「通常、論功行賞は戦記を拠り所として執り行う。
その戦記が検証中で完成してないまま論功行賞が行われたこと、到底許しがたいことだ」
ファーガス様の眼が静かに怒りに燃えているのが分かった。
「王が病の中、セドリック侯爵が論功行賞を急がせたのだが、当然、武官の最上級である息子に話が通っている」
将軍の息子が現筆頭将軍を務めているから、重大案件はもちろん、現筆頭将軍に回る。
王の部下として置かれた筆頭将軍と宰相であるが、扱いはほぼ対等で、軍務と内政、それぞれを支えている。
「レオン殿が爵位格下げになると聞いて、もちろん息子を叱り飛ばしに行った。
だが、奴はセドリックの顔を立てるべきと言って譲らなかった」
ファーガス元将軍と、息子である現将軍は確執があり、ひと悶着あって追われるように家督を譲ったと噂されていたが……
「文官と、武官の間の確執については、ワシも思うところがあった。
だがの、戦記を捻じ曲げ、武官の誇りを失ってまでセドリックに媚びへつらう必要などない」
「ファーガス様」
「レオン殿。
そなたの欲しいものはこれだろう」
ファーガス様が指をはじくと、執事が布袋を持ってきた。
「つい先日検証が終わった戦記の写しだ」
執事からグラファーが受け取り、オレに渡した。
手早く目を通した。
「……用意してくれていたのですね」
「不当なことを野放しに出来ぬ。
すべての騎士の努力を無にするようなものだからの」
「ありがとうございます」
「リルメア様にも文を書いておこう。
論功行賞のやり直しが行われるべきこと、申し添えておく」
「ありがとうございます!
ファーガス様。
お礼のしようもありません」
ファーガス将軍は「かかか」と笑った後、こう言った。
「未来の後輩に期待しておるぞ」
「後輩……ですか」
「王宮剣術大会はそなたの父に加えて、ワシも優勝しておる。
不甲斐ない姿を見せるでないぞ」
「わかりました。
肝に銘じておきます」
ファーガス将軍に見送られ、領地へ戻った。




