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03 父の死

 プロポーズも済ませ、後は一週間後の正式な婚約式を待つばかりとなった矢先、親父が亡くなった。

 体を悪くしていた父だから、先は長くないとは思っていたが……。

 母を早くに無くしているから、オレの肉親と呼べる人はいないと言い切っていいかもしれない。

 

 もしもオレに何かあった場合は遠縁の貴族を呼んで来て、領主に据えることになるだろう。

 それにしても時期が良くない。喪に服する期間は少なくとも婚約式などの祝い事はできない。

 父は王族ではないためオレは一か月も喪に服せば、ビビアンとの婚約式をあげてもいいと思う。

 

 ただ、子爵である父という後ろ盾を失ったオレをマクマナス家が認めてくれるかどうか……。

 父にオレのほかに男子はおらず、オレは父の家督を譲り受けることになるだろう。

 ただ、オレの家は元々の子爵ではない。

 オレの家は元々武官で、王都はおろか地方への警備に回されることが多く、王侯へのパイプは太いものではなかった。

 父の先の大戦での武功のおかげで、我がスチュワート家は領地を持たなかった男爵から小さいながらも領地を持つ子爵となった。

 元々の子爵ではないスチュワート家だが、それでも先の大戦での勲功者である父の人気もあって表立っては冷遇されては来なかったが……


 父を失った今、マクマナス家とのパワーバランスが崩れるのは明白だった。

 せめて、公式な儀式である婚約までは済ませておきたかった。


 父を失った喪失感より、ビビアンがオレの元から去ってしまうのではないかといった不安がオレを責め立てた。

 たとえ、ビビアンが異を唱えたところで、領主であるマクマナス子爵が婚姻相手を決める権利を持つ。

 貴族同士の婚姻は決して本人同士の合意のみで成り立ってはいないんだ。


 父の死がマクマナス家に伝わることを恐れたオレは、我が家に伝わる戦術書のことを思いだした。

 昔、スチュワートが子爵ではなく、騎士だった時に貴族へと取り建てられたという英雄譚だ。

 隣国との戦争中に、死化粧しにげしょうと死霊魔術でもって英雄と呼ばれた指揮官の突然の死を3か月敵軍はおろか味方でさえひた隠しにしたという。


 ……果たしてその秘儀がオレに出来るか。

 父の使える術はすべて教わっている。

 死人の死化粧も、アンデッドの扱いも教わっているが死体を人間の振りをして衆目に触れさせたことはなかった。


 コンコン


 ノックの音。

 スチュワート家の筆頭執事がオレの部屋の扉を開けた。

 いつも泰然としている筆頭執事の慌てた顔をオレは覚えていない。

 ただ、今は明らかに動揺していた。


「ビビアン様が参りました」


 ……今、まさにビビアンに父の死を伝えるべきか迷っているところだったが、本音としてはそれでもオレは会いたかった。気が弱っているのだろう。


「父の死を知っている様子は?」

「微塵もありません。

 ビビアン様、あのお方は割と率直な方であると思っておりますが、レオン様は如何お考えでしょうか」


 ビビアンは思ってること全て出てるんじゃないかって程、素直な人間だ。


「オレもそう思うが……一応貴族だ。腹芸が全くできないわけではないだろう。

 直接会って確かめる。

 ただし、父の死は伏せろ。

 オレ以外、父の部屋には掃除のメイドだろうが近づかせるな。

 使用人すべてに伝えろ。

 いいな!」

「かしこまりました」


 ビビアンを待たせてある応接室へ。

 お忍びであるのか、メイドを一人つけてあるだけだった。お付きの従騎士ですらいない。


「どうした?」


 オレが部屋に来るなり、ビビアンは花が咲いたような笑顔でオレに抱き着いてくる。

 思わず、メイドもくすりと笑ってしまったようだ。


「レオン、会いたかったよ」

「婚約式もまだだろう?

 オレ以外誰も見てないとはいえ、婚前交渉していたなどと不名誉な噂を立てられたくないんだけどな」


 口ではそういうが、ビビアンの奔放さは父の死で悩んでいたオレを癒してくれた。


「長いよ、長いよ。

 プロポーズされてから婚約式して結婚式してもう待ちきれないよ。

 どうして一緒に住んじゃダメなんだろうね」


 ビビアンもオレと同じ気持ちだと思って、オレは嬉しくなっていた。


「お行儀よく待ってろよ。

 オレはいなくなったりしないからさ」

「うん。

 はあ、もうちょっとレオンと居たいところなんだけど、顔が見れたから今日は帰るね」


 ビビアンはオレに抱き着いていた手を離し、スタスタと歩いて行った。


「え? せっかく来たんだし、もうちょっといろよ」

「今日はね、お父様の付き合いで舞踏会にいくところをレオンに会いたくて回り道してきたんだ。

 プロポーズは正式なものじゃないから婚約式してないのに断るわけにいかないんだってさ」


 さもめんどくさそうにビビアンはオレに話した。


「まあ、しょうがないか。

 後一週間の辛抱だからね」

「そう言うことなら、仕方ないな。

 ビビアン、顔を出してくれて嬉しかったよ」

「…レオンがちょっと元気ない様に見えたのは気のせいかな。

 今は笑っているから」


 オレもビビアンが相手だと気が緩んでしまったのかもしれない。父の死を気づかれないよう表情には細心の注意を払わなければならなかったのに。今、ビビアンの言葉で慌てたのを気取られない様にゆっくりと表情を取り繕う。


「さて、忙しいから子爵様や奥様には挨拶なしで帰っちゃうけどよろしくね」

「……伝えておくよ」


 オレは最新の注意を払って笑顔を浮かべた。


「そうそう、その笑顔だよ」


 オレを子どもの頃から知っているビビアンにばれないのであれば、少なくとも態度では父の死を伝えるようなことは避けられるだろう。


「またね、レオン」


 ビビアンは元気よくオレに手を振ると、これまた元気のいい歩き方で去っていった。


「ハハ、あいつなんだかんだで舞踏会行きたかったんだろうな」


 足取り軽く部屋を出て行くビビアンのことを手放したくないと思った。

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