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29 復讐を誓う

 とぼとぼと、月夜を歩く。

 鬱蒼と茂った森の中が心地良く感じた。

 また、一人になりたくて森の中の小屋へ。


 領地を取り上げられれば、この小屋で過ごすこともなくなるだろう。

 筆頭執事のグラファーは何か対応を考えましょうと言っていたが。

 宰相たるセドリック侯爵に立ち向かう知恵など、どうやったら出てくるというのか。


 考え事をしていると、小屋の前についた。

 誰もいないとは思うが一応、ノックをする。

 まあ、この小屋に入ってことがあるのは、親父を除けばオレと、リルだけだ。

 だから、だれもいないのはわかりきっていたはずだが、ドアを開け、誰もいないことを確認すると、少し寂しい気持ちになった。

 

 すべてが嫌になって、小屋の中の硬いベッドに身を預けた。

 

 長い間横になっていても、眠気が来ない。

 

 持っているものが、すべて手のひらから滑り落ちていくように感じて背筋が冷たくなった。

 父を失ってから、オレの手からいろんなものが離れていく。

 婚約者、領地、爵位……それらはすべて、オレの力ではく、父の威光のおかげに過ぎなかったのか。

 

 寝付けなかったオレは、黒いローブを被って部屋の隅にうずくまった。

 ……そういえば、小さいころ親父に怒られた時は、小屋に籠って火の精霊を眺めていたっけ。


 ローブからガサゴソと火の精霊の入った小瓶を取り出す。

 そーっと蓋を取り、少しだけ鼻歌を歌う。


 こちらが楽しそうにしてないと小瓶から出てきてくれないし、あまりに楽しそうだとはしゃぐように飛び出して暴れまわり、火の精霊自身の魔力をすぐに失ってしまうから。

 ついでに言うと、こいつがはしゃいだ時にはたぶんこの小屋も黒焦げだろうな。


 ゆっくりと明滅しながら、火の精霊は小瓶の中からあふれ出て何をするでなく、ふわりふわりと浮かんでいた。

 

 ぼーっと宙に浮かぶ火の玉を眺めていると、少しだけ心が安らいだ。


 ゴンゴン。


 こんな夜中に扉を叩く音がした。

 どうせ風が枝葉でも飛ばしたのだろう、立ち上がって確認するのすら億劫だ。


 ガチャリとドアが開き、人が入ってきた。


 肩で息をしながら入ってきた女は、こんな森の中に似つかわしくない格好をしていた。

 淡い水色のドレスは刺繡も艶やかで、襟や裾、袖口には金糸や銀糸をこれでもかと使ってあった。


 綺麗な人だな。

 端正に作られた顔つきに、最近の流行を押さえた紅や、髪飾り。

 どこからどう見ても、こんな森の中に居ていい装いではなかった。

 まるで、王宮の中から飛び出してきたような……


「あの、どうしてランタンをつけないのですか。

 レオン様」


 聞き覚えのある声だ。

 どうやらオレを知っているらしい。

 首のチョーカーが目に入った。


「あ、お前リルか」

「え、そうですけど……え?

 まさか、忘れてしまったんですか?」

「いや……ドレスのリルを見るのが初めてで、面食らっただけだ」


 リルはにやにやしながらドレスの裾を握ってご挨拶した。


「ふふふ、もしかしてドレスの私に見惚れてしまいました?」

「そうだな、ちょっと綺麗でびっくりした」

「あ……あの、そんなに褒められると思いませんでしたから、恥ずかしいですね」

「お前から聞いてきたんだろ」


 リルは先ほどまでニヤニヤしていたくせに今度は恥ずかしがっている。


「あ、それはそうと、どうしてランタンがあるのに、火の精霊で部屋を明るくしてたのですか?」


 ごもっともな質問をされたけど、答えに詰まる。


「ぼーっと光を眺めていたかったから」

「……そうですか。

 一つ聞いていいですか?」

「何だ」

「どうして、赤い光を眺めていたんです?

 レオン様は、水や土、風、光の精霊だって持っていますのに」

「……それは……」


 オレは自分でも、どうしてこの赤い光を選んだのかわからなかった。


「なあ、リル」

「はい」

「子爵でなくなっても、領地がなくなってもオレの弟子でいたいと思うか?」

「はい」

「ははは、即答か」


 爵位と領地を失っても、他国へ留学し弟子のリルと共に魔法を極めて生きるのも悪くはないのかもしれないな。

 それはエイデンとマクマナスに媚びへつらい、ビビアンに顎で使われることを意味するが。

 

「どうして、そんなたとえ話をしたのですか?」

「隣国との戦争の論功行賞があった。

 オレは偵察や戦闘、幅広く活躍した自負があった。

 それに、戦線が破られ王女が危険に陥った時、身を挺して救ったこともある」

「はい、知っています」

「あれ、オレ、リルに話したことあったか?」

「……いえ、風の噂です、黒騎士レオンが王女を救ったと街中で噂になってました」

「噂が出回るのが早すぎる気がするが……」

「最近の時代は噂って速いのです!」

「そうか、時代か」

「そう、そんなことより速く続きを話してください」


 リルに先を急がされたので、話しをつづけた。


「ああ……王女を助けたのだから、当然、褒美が与えられると思っていた。

 だが、オレの武功はなかったことにされ、王女を危険に陥れたと爵位と領地を奪われることになった。

 そして、オレの領地は王女を危険にさらした男エイデンが管理するらしい」

「……私は、ありえないことだと思っています」

「父が守ってきたものを、守れないことが悔しいんだ」

「はい」

「だが、宰相たるセドリック侯爵がオレの処分にかかわっている。

 処分がいったん発令された以上、覆すことは並大抵のことではないんだ」

「……マクマナス子爵は頼れませんか?

 先代とは、旧知の仲だと聞いておりますが」

「頼れない、理由があってな」


 ビビアンに婚約破棄されたことは、どこかで噂にはなってるかもしれないが、オレからはまだ領民に伝えていない。


「……その理由を教えていただけますか」


 ちっぽけなプライドが邪魔して、リルにも、領民にも、それどころかオレの居城の使用人にだって、婚約破棄のことは伝えていない。

 それに、誰かに話すと感情が爆発しそうで怖かった。


「帰れよ」

「……帰りません」

「話したくないって言ってるだろ」

「話してくれないと帰りません。

 私はそのために来たんですから」

「何のために来たんだよ」

「……レオン様が心配だったからです。

 鎧に着替えることすら忘れていました」

「まるでオレが爵位と領地を取り上げられるのを知っていたみたいな話ぶりだな」

「……それは……」


 リルは答えに詰まった。


「違います、でも……レオン様が心配なのは本当です」


 よく見ればドレスは急いできたからだろう、せっかくの生地が枝葉にひっかかったのか、あちこち傷んでいるようだ。


「……ドレスが傷んでるぞ」

「居ても立ってもいられず、風魔法を使ってできるだけ、飛ばしてきましたから。

 あ、でも今はドレスのことなどいいのです。

 今はレオン様のことを話しているのです」

「帰れって」

「話してくれたら帰ります」

「帰れよ」

「では、話してくれなくていいからずっとここにいます」


 オレがリルに背中を向けると、リルはオレを後ろから抱きしめた。


「レオン様は辛そうな顔をしています、一人にはさせません。

 たとえ、婚約者さんに怒られるようなことになってもです」


 婚約者という言葉を聞くだけで、ぎりぎりと胸が痛む。

 オレはリルの手を振り払って、硬いベッドの上に腰かけた。

 

「……レオン様」

「……ビビアンには婚約破棄された」

「え……」

「マクマナス家を頼れない理由はそれだ」


 あいつらのことを思い出すだけで、どす黒い感情でいっぱいになる。


「父という後ろ盾をなくしたオレは、ビビアンに婚約破棄され、ビビアンはエイデン・ラッセルという男に奪われた。

 爵位も、領地も、名誉も失って――それでもなお、オレは親代わりのマクマナスに飼い殺しされる他ないんだ」


 ふつふつと怒りがオレを満たしていく。


「親父も親父だ、どうしてオレが成人する前に死んだんだ!

 オレが成人していないせいで、オレの領地も自由も、全部マクマナスに縛られるんだ!

 それよりもエイデンのくそ野郎だ!

 オレの方が、エイデンよりも魔法も剣術だって上だ。

 オレが王女を助けたのに、武功はエイデンが持っていきやがった!

 なのに……

 どうして肝心な時に王女は行方不明になるんだ!

 王女の口添えがあれば、オレだってこんな苦境にはならなかったはずなんだ!」


 リルに話しながら、感情が高ぶり、わめきちらしてしまった。


「レオン様、許してください」


 リルはオレに近づいて手をぎゅっと握った。


「どうして、リルが謝るんだ」

「辛いことを話させてすいません。

 それに、私のせいでもあるんです」

「どうして、リルが泣くんだ」

「レオン様が泣いてるからです」


 悔しくて瞳から涙が流れていた。

 

「ねえ、レオン様」


 リルは袖で涙をぬぐい、話し続けた。


「何だよ」

「レオン様は本当はどうしたいのですか?」


 赤は欲望、情念の色だ。

 そして、血の色でもある。

 オレが火の精霊をずっと見つめていた理由が分かった。


「手柄を横取りしたエイデンに復讐し、オレを侮り領地をかすめ取ろうとするマクマナスに天誅をくらわし、そして……ビビアンにもう一度オレを振り向かせて、すべて失わせボロゾーキンみたいに捨ててやる!」


 リルが頷いてくれた。

 

「レオン様が、私を何度も助けてくれたこと、忘れておりません。

 私もできることをしますから」

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