25 人狼を追って
「……母さん……」
「グリン!」
今にも消え入りそうな母を呼ぶ声にたまらず、突如としてその女は走り出した。
「動くな!」
とっさのことにエドワードは反応できず、その女は人狼を縛る骸骨剣士の腕を破壊、人狼には片手分の自由が与えられた。
「し、死ねええ!」
人狼はその自由になった手で手足を縛る骸骨剣士を吹っ飛ばし、オレにまっすぐ向かって来た。
「ははは、気安く人狼に近づいてるんじゃねえよ!」
赤い目を血走らせ、人狼は嬉しそうにオレに突撃して来た。
「死霊術師が剣を使えないとでも思ったか」
魔法陣に突き刺していた剣を引き抜き、人狼の顔面目掛けて横薙ぎを食らわせる。
「ぐあああああ!」
片目を傷つけられた人狼だが、歩みを止めずオレの元へ向かって来た。
「大した生命力だ、だが……」
オレが突き出した剣で小円を描くと、人狼は突撃の力を利用され、左胸に大きな穴をあけることとなった。
「うぎゃあああああ」
胸に穿たれた穴から、鮮血がほとばしる。
「心臓を摘出されても、それでもまだ動けるのか」
のたうち回る人狼にとどめを刺すべく、歩み寄ったその時、人狼の真下で魔法陣が光った。
「なっ!?」
ひゅうと式神が飛んできて、口上を述べた。
≪ははは、ただの遊びで大事な人狼をこわされちゃたまらない。魔石がいくらしたと思ってるんだ?壊される前に回収させてもらうよ。じゃあね、レオン君≫
人狼が不思議な力に包まれ、その場から消えていった。
人狼が消えた後、式神はただの紙に戻った。
「「き、消えた?」」
人狼が消えるという出来事に、村の獣人たちは騒然としていた。
「ふざけんな!」
光を放っていた魔法陣も消えようとしていたが、オレは剣で指を斬り、その血のついた剣で魔法陣を素早く切り刻む。
今にも消えそうに明滅していた光が、今は煌々と輝いている。
「止まったか」
……一方的にオレの領地の獣人を人狼にし、嘲笑うかの如く、空間魔法で逃がそうとした。
魔術師として、領主として腹に据えかねるぞ。
オレの領地クレト村から人狼を出したと公になれば、村の皆が殺され、オレが領主を追われてもおかしくない。
「勝手に干渉して、勝手に消えるなんて許すわけないだろう」
空間魔法はその場所に干渉する際に、魔法陣を展開し、任意の2点をつなげて対象を移動させた後に魔法陣を消す、一連の動作を魔法陣に仕込むことが多い。
オレは、それを邪魔して魔法陣を消させなかった。
死霊術師の仕事を始めるため、仕事道具を詰め込んだローブを羽織る。
明滅する魔法陣へ剣を突き刺し、魔法陣の動きを制御、逆流させるための魔力不足を補うべく、先ほど水の精霊をぶちこんだ酒樽の残りをぶっかけた。
「レオン様、何をしているのですか?」
リルがオレの元に駆け寄ってきた。
「エドワード!」
「はい、ここに」
近くに控えていたエドワードがひざまずく。
「オレは魔法使いを追う。
何かあれば、メッセージを飛ばすから持ってろ」
オレは懐に忍ばせていた石板をエドワードに渡した。
「母親を拘束し、オレが戻るまでこの村を統括しろ。
分かったな」
「私が、ですか」
「ふん、従騎士ならば、統治の座学は学んでいるはずだぞ。
細かいところは村長にやらせればいい」
「……わかりました」
「では、行くぞ」
オレは魔法陣の中央に立ち、突き刺した聖剣に自分の魔力を注ぎ込みむと、魔法陣を発動させる。
ブウウウン……
青白い光とともに、魔法陣があたりに光を放ちだした。
「私も、行きます!」
リルがその光の中に飛び込んできた。
「な、何考えてるんだ!」
「私を襲った吸血鬼も、魔法陣で召喚されたようなんです」
「……そんなことより二人も飛ばす魔力が足りないんだよ!」
くそ、発動させてしまったら、オレはこの剣を手放すわけにはいかない。
「くそ、リル!」
「は、はい!」
「何遠慮がちに離れてるんだ、オレの限界まで近くに来い!」
「は、はい……」
リルはぴとっとくっついてきたが、正直そんなんじゃまだ足りない。
「オレの腕の中に入って、剣に巻き付け」
「はい」
リルは言われたとおりにした。
オレは剣とリルを巻き込むように抱き寄せ、身を屈めた。
「頭を空っぽにして、体の魔力を全部剣に流すイメージだ」
「わ、わかりました」
リルは剣を体で抱き込み、オレはそのリルごと、剣を包み込んだ。
「う……あああ……」
リルは苦痛に顔をゆがめた。
「よし、いいぞ。
体から魔力が抜けた分だけ、命が助かる可能性が高まるからな」
「魔力が足りないと、どうなるんです?」
「剣を中心に、魔力を円形にしてオレ達を包み込むんだ。
魔力が足りなければ、頭か足が飛ぶだろうな」
「す、すいません。
そんな魔法だとは思わずに……」
「頭を下げる暇があったら、すべての魔力を剣に委ねろ」
「は、はい!」
顔を歪めたリルも魔力を吸い取られる苦しさに耐え、何とか一人分の大きさの魔力円を作り出せた。
「今だ、おとなしくしてろよ!」
「は、はい!」
魔法陣が青白い光を四方八方に放射し、オレ達を巻き込んだ。
視界が開けた時には、真っ暗な部屋に転送されていた。
魔法陣は力を使い尽くしたのか、光をすぐに失った。
「しゃべるなよ」
声を押し殺して、リルに伝えるとうなずいてくれた。
眼が闇になれるのを慎重に待つ。
差し込むわずかなあかりに目が慣れ、ようやく部屋の輪郭をつかむ。
どうやら誰もいないようだ。
「苦しかったな、剣を離していいぞ」
「ぷは」
リルは、身を小さくするため息を止めていたらしい。
へなへなとその場に座り込もうとしたので、音をたてないように手助けしてやる。
「ありがとうございます……ここは魔法使いの部屋ですかね。
火薬の匂いがします」
「同業ではなさそうだな、土の匂いがあまりしない。
人狼の血の匂いは嫌って程するけどな」
匂いに我慢して部屋の様子を探る。
天井が高いところを見るに、個人の邸宅ってわけではなさそうだな。
オレの屋敷よりも天井が高い。
身分によって天高も決まっているから、貴族の屋敷だろうと想像はつく。
伯爵以上だろうな。
「どうやら魔法陣の主は貴族のお抱えの魔法使いらしいな。
リル、人狼を手ごまにするなんてヤバい橋、家の持ち主に黙ってすると思うか」
リルは首を振った。
「だよな。
リル、領地に無断侵入した以上、オレと共犯だ。
成り行きによっては、魔法使いだけじゃなく領主を殺すが、覚悟はあるか」
「望むところです」
いや、望むところっておかしくないか?




