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20 夜の眷属

「おい、エドワード。

 操縦者たるエドワードが座りこんで操縦しないから、目の前の木にぶつかりそうなんだが」

「わあああああ!」


 エドワードは慌てて立ち上がると馬に鞭を入れ馬車を曲げて何とか木への衝突を回避した。


「た、助かったぁ」


 バタバタと慌ただしいエドワードに比べると、リルは一連のトラブルにも平然としていた。


「随分と落ち着いてるな」

「だって、レオン様が呼び出した骸骨騎士でしょう?

 それにエドワード様は領主レオン様のお忍びのお供なのですから、馬車や武芸を一通りこなせるはずでしょう?

馬車の扱いをし損なうことなんてありませんから」


 リルはしれっとそう言うと、乱れた銀髪をかき上げた。


「いや、エドワードはさっきまで馬の扱いを放棄して呆然としていたんだが…」

「それよりレオン様、急に骸骨騎士を私に見せてくれたのはどうしてなのでしょうか」


 リルが少しは驚くかな、と思ったいたずら心もオレにはあるが、そうも熱心に聞いてくるのではぐらかすわけにもいかない。


骸骨騎士スケルトンを動かすのに使う魔石に宿る魔力も、精霊を動かす魔力も実は対して違いはないんだ」


 オレは左手に青く光る小瓶を持ち、右手に黄色く光る魔石を持った。


「人面樹などの魔力を持った植物の魔石が青く光るのは、水の精霊と無関係じゃない」


 青く光る小瓶を撫でて光を消してしまうとともにローブにしまい込んだ。


「死んだモンスターの体には魔素が残る。

 そして魔素の残った死体から抽出した魔力を、酷使して魔力の抜けきった魔石に吸わせると黄色い魔石が出来上がる」


 リルの目の前に黄色く光る魔石を掲げた。


「その気になれば、精霊の類なんかは死霊術師は操れる。

 ただ、それじゃ魔力や魔石が足りなくなるから、骸骨騎士スケルトンなどを使役して済ませてるんだ」


 説明の終わった黄色い魔石をローブの中にしまい込みながら説明を続けた。


「体と強くなじんだ駆動系、つまり体を動かすための魔力になる魔素が、死体には残りやすいんだ。

 死体からは情熱や理性となじむ魔素はすぐに抜け落ちる。

 けれど、駆動系の魔素は骸骨騎士を動かすための魔力と馴染みやすい」


 オレが説明を続ける間にも馬車は走り続け、赤い小瓶は妖しくあたりを照らし続けている。


「では、この赤い光はどういった魔力をもつのでしょうか」


 リルはあたりを照らす赤い光を見つめていた。


「人が持つ情念や理性、生きていく意思そのもの、死体から抜け落ちていく魔力こそがこの赤い光だ。

 情熱の炎なんてたとえて言うが、この赤い光こそまさしく生を象徴するものだ」


 オレの言葉に同調したのか、火の精霊はひときわまぶしい光を放った。


「だから、どうしようもなく人は赤い光に惹かれてしまうんだろう」

「…はい」

「そうだ、リルも冒険者の駆け出しならば覚えておくといい」

「はい」


 リルは頷くと、オレの話を聞き洩らさないようにしているのか、食い入るように見つめてきた。説明のし甲斐があるが…少し距離が近いんじゃないか。


「夜道で人に会った場合、唇が赤く光ってないか気を付けることだ」

「唇ですか、吸血鬼のように目が赤く光っている場合は、『夜の眷属』だから気を付けるとは聞きますが…」


 「夜の眷属」とは、吸血鬼や人狼、夢魔や淫魔の類で人型に近いものの総称だ。

 その名が意味する通り夜の闇に紛れて活動し、人に害をなす存在だ。


「逆に目を赤く光らせている夜の眷属はわかりやすいからな。

 見つけ次第近づかなければいい。

 ただ、夜の眷属には人に擬態し、はた目には区別がつかないものも存在する。

 だから、夜の闇で気さくに話しかけてくるやつには気をつけろ。

 人外が人に化けているかもしれない。

 人に化けている夜の眷属は、人の血か、人の命を狙っている。

 特に狩りを覚えて最近血の味を知ったような夜の眷属は見境なく食い散らかす。

 そして、食った人間から新鮮な魔力を得るんだ。

 だから…人食いの唇は赤く光るんだ」

「覚えておきます。

 私も、吸血鬼を追うのであれば夜の冒険は避けられませんから」


 リルは毅然とした口調であったが、辺りの風が強くなってきたのか、リルは体を震わせるとくしゃみを一つ。

 口を抑え、なるべく音も出さないようにしていた。

 リルは年頃のお嬢さんだからかな。

 くしゃみなんて生理現象なんだから気にしなくてもと思うが。


「かなり飛ばしてここまで来たからな。

風に当たって体が冷えてるんだろう」

「やはり夜ともなると少し冷えてきますね。

 灯りがないと全くもう道が見えません」


 馬車には長旅に備えて毛布や簡単な食事、湯茶のためのポットなどが常備されている。

 

「風邪でもひくと大変だからな」


 オレはくくりつけられた毛布を解いて、リルのほうにポイっと投げた。

 リルの頭に丸まった毛布が乗っかった。


「わわわ…」

 

 リルは外の景色を見ていたから何が頭上に乗ったかわからず慌てていた。


「毛布だよ。

風も強くなってきたし、冷えるから使ってくれ」

「あ、毛布ですか」


 リルはほっとした後、毛布を広げ始めた。


「えっと…これ一つですか?」

「そうだよ。

 仕方ないだろ、そんなにいっぱい常備してないよ」

「違いますよ、毛布がいっぱい欲しいですなんて我儘を言いませんよ」

「そうか?

 女の子ってそれぐらい我儘言うものだと思ってたけど」

「いえ、一つしかないのであれば、レオン様どうぞ」


 リルは毛布をくるくると丸めてオレに渡そうとしてきた。


「いいよ。

 オレは寒くないから」


 そう言い終わった途端、オレはくしゃみをしてしまった。


「もう…無理しないでくださいね。

はい、どうぞ」


 リルが毛布を渡そうとしてくるが、オレは断固として受け取らない。


「無理はしてない、寒くない」

「そんなこと言いながらローブをすっぽりかぶらないでください!」


 なんだかんだ、タキシードと黒いローブでは寒い。


「ほら、やっぱりレオン様も寒いんじゃないですか」

「ああ、もう。

 オレはいいって、領民に風邪ひかせられないだろ。

 領民に対して強く優しくあらねばならないというのは、父の厳しい教えなんだからな」


 女の子と馬車に乗っている状況で、さすがにオレだけが使うと親父に怒られるような気がするんだ。


「では、これでどうでしょうか」


 リルは、オレとリルの両方にかかるように毛布を広げた。


「オレはいいけど、リルは頭ちょこっとしか毛布に入ってないぞ」

「そうですか…困りましたね。

 じゃあ、私がレオン様の近くに行くっていうのはどうでしょうか」


 リルはそう言い終わるより先にオレの近くにぐっと距離を詰めていた。


「返事を聞く前に来るんじゃないって」


 リルはにやにやしてこう言った。


「レオン様、隷属の指輪があるのですから、嫌ならそう言えばいいのです」

「あのなあ…」


 急に馬車が石でも踏んだのか、不意に揺られリルが飛び上がった。


「きゃっ」


 オレは床から飛び上がったリルの肩を抱いて支え、床に座らせた。


「リル、山道はどこかにつかまっていろよ」

「はい…」


 さっきはオレもリルも馬車の端と端にいたから二人とも馬車の端をつかんでいたのだが…今はリルがオレの傍にきたため、リルはつかまるところを失ったのだ。

「捕まるところないなら、オレに捕まるといい」

「はい」


 リルはそうっとオレの袖をつかんだ。


「あのな」


 オレはリルの肩をぐっと抱き寄せた。


「…っ」

「ちょっと袖つかんだって、馬車が石でも踏んだら飛び上がってこけるだろ。

 しばらくこのまま肩抱いてるから、我慢しろよ」

「…はい」


 オレはもう一方の手で乱れた毛布を直し、リルが外気に直接さらされないようにした。


「寒くないか」

「はい…温かいです」


 リルは嬉しそうにオレを見上げてそう言った。


「レオン様は?」

「…」


 これだけ近くにいれば、そりゃ温かいに決まってる。


「レオン様?」

「…」

 

 温かいと答えると負けな気がして、オレはそのまま寝たふりを決め込む。

 先ほどまでの岩がちな悪路を抜けたのか、馬車は心地よいリズムで走り続けるもんだからまどろみ始め、リルの寝息を確認した後には、オレも睡魔に負けてしまった。

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