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02 プロポーズ

 ビビアンに婚約破棄される6か月ほど前、オレは言い知れぬ高揚感に満ち溢れていたんだ。


――この舞踏会中に、オレはビビアンにプロポーズする。


 着なれない燕尾服をまとって、好きでもない舞踏会に顔を出しているのもすべてビビアンにプロポーズするためだ。貴族同士の婚約だからお互いの親にはすでに知っているし、オレはビビアンの親に挨拶を済ませていた。だからプロポーズしようとする今よりもその時の方がよっぽど緊張したくらいだ。


 ビビアンの親であるマクマナス子爵はとても陽気な方でガチガチに緊張していたオレの来訪を喜んでくれ、おかげでさんざん葡萄酒を飲まされた。オレは正直酒など強くはなく、味なんて到底わからないのだけど…

 マクマナス子爵は「スチュワート子爵とは従前から仲良くさせてもらっている」と偉く機嫌がよさそうだった。

 

 万事手回しを済ませ、後は正式な婚約式をあげるだけ。すでに両家の日程は抑えてある。

 だから、今からするプロポーズは恋人としてのセレモニーみたいなものだ。


 少しだけ飲んで頬を赤くしたビビアンをテラスまでエスコートし、使用人ではなくオレが水を持っていくことも気の利いた演出の前準備なのだが、ビビアンに気に入ってもらえるだろうか。


「どこ行ってたの?」


 オレは水を取りに行っただけだ。

 酒のせいなのか鼻にかかった声を色っぽく感じてしまい、数分も待てない彼女のわがままさえ愛しく思えた。


「お水をもらってきただけだよ。

 ビビアンがお酒弱いくせに飲むから」


 ビビアンは赤茶色のくせっ毛を丁寧にまとめて白いレースの髪飾りを付け、髪と同じ赤を基調としたドレスを大きく膨らませているが、ほっぺたもそれと同じように大きく膨らませていた。

 本日社交界デビューの美貌の令嬢に、舞踏会の主役を取られてご機嫌斜めのようだ。


「今日は、あまり誘われなかった」


 ダンスに誘われた回数を競うのが、令嬢としての務めであるとビビアンは言うけど、オレは別にビビアンがと一緒に踊れればそれでいいんだけどな。


「……オレが誘っただろ」

「まあ、レオンのほかにも誘われたからいいけどさ」


 他の男とは踊ってほしくはないけど、社交界には付き合いってのもあるからね。

 

「これ、水だよ」

「ありがと」


 水と偽って差し出された木箱に向きもせず、ビビアンは手を伸ばすと乗せられた木箱を口に運んだ。

 ビビアンの唇に木箱が当たってようやくグラスじゃないことに気づいたみたいだった。


「なにこれ……水じゃないじゃない」


 その笑顔を見ると、何かはわかっているんだろうな。


「開けてみてよ」

「うん!」


 ビビアンは子どものように喜んでリボンで結ばれた木箱を開けていた。


「これ……」


 ビビアンはその指輪が意味することを分かっているんだろうけど、口に出すことはなくじっとオレを見つめていた。


「オレと結婚してくれないか。

 その指輪は、オレとしては奮発してるんだ」

「うわあ、キラキラしてキレイだね……」


 他の少女もそうかもしれないが、ビビアンはとりわけ宝石や装飾品が好きだ。

 「ねだられて困っている」とマクマナス子爵はぼやいていたが「オレもですよ」と、子爵に言って二人して笑っていた。


「嵌めてみていいかな」


 目を輝かせてとても嬉しそうなビビアンにはめるのを許してしまいそうになるが、これはセレモニーだから段取りってものがあるんだ。


「返事は?」

「フフ、きっとレオンは私のこと好きだと思ってた」


 ビビアンの勝ち誇ったような顔でさえ、オレは愛しく感じていた。

 子どもの頃から互いの領地を行き交ってきたから幼馴染とも言えるのかな。

 初恋の相手と結ばれることなんてないって物語では言うけど、オレはビビアンと結婚するんだって子どもの頃からおぼろげに思っていたんだ。


「私ね、キレイなものが好きなんだ」


 ビビアンはつぶやくように言った。


「私もね。

もっとね、キレイだったらなって思うことがある」


 舞踏会界ではダンスパートナーとしていつもひっぱりだこのビビアンだが、自分の髪の色と肌の色にコンプレックスを持っている。

 色白の肌に、金色の髪、碧眼が一番の美の象徴であり、それとは外れたビビアンは整った顔立ちをしてるんだけど、肌の色や髪をいつも気にしていて白粉を濃く塗り、髪飾りを何個も持っている。


「キレイだよ、ビビアン」 

「ふふ、ありがと」


 だからといって、自分の容姿が決して捨てたものではないってこともビビアンはわかっている。

 オレの言葉がお世辞じゃないってことをわかっているから、今日一番の笑顔を見せてくれた。


「レオンの眼って青くてキレイだよね」

「……自分じゃ見ないから分からないよ」

「何考えてるかすぐわかるのも好きだよ」


 ビビアンはそう言うと、指輪をはめようとした。


「ちょっと、結婚してくれるならオレが嵌めるってば」


 オレは慌ててビビアンの手を取り、左手の薬指にしっかりと指輪をはめた。


「だって、レオンいつプロポーズするか教えてくれないんだもん」

「テラスから見える景色がいいところにしたかった。

 星空はどこでも見えるんだけど、街が真っ暗なのも味気ないから、王都に近いこの会場の舞踏会がいいと思ったんだ」


 オレは、ビビアンを抱き寄せ景色を見せた。

 満点の星空の下、色鮮やかな光が王都を照らしていた。


「いつか王都に住みたいなあなんて思ってたんだけどね」


 ビビアンは口を隠そうともせずにやりと笑った。

 令嬢としてはたしなみにかける所作だけど、オレといるから気が緩んでるんだろうな。


「フフ、この景色を見せてくれたから、その夢は諦めてあげる。

レオン、幸せにしてね」

「はは、プロポーズの場所をここにしといてよかったよ」


 オレに寄り掛かってくるビビアンを支えると、ビビアンは持っていた木箱からもう一つの指輪を取り出し、オレの指にはめた。


「目をつぶって」


 オレが腕を腰に回すと、ビビアンははにかむように笑ってゆっくりと瞳を閉じた。

 オレがキスをしようと体を傾けると急に声をあげ目を開けた。


「ちょっと調子狂うぞ、どうした」


 思わぬ展開にオレの緊張は解けてつい笑ってしまった。


「一つだけ言い忘れてたから」


 オレの腕の中にいるビビアンは咳ばらいをすると、真剣な表情でオレを見つめた。


「法律家のうちとは違ってレオンは『死霊術士』の家系だから、きっと戦闘があれば呼ばれていくよね」

「そうだな。

 子爵位もそのおかげだから戦いに行くなってのは、いくらビビアンのわがままでも聞いてあげられないぞ」

「わかってる。

 必ず生きて帰ってきてね。

 寂しいからさ」

「……わかった」


 子どもの頃、いつもオレの後をついて回っていたビビアンを思い出した。

 オレは一人で遊びたいときもあったんだけど、いつもオレを追いかけて小さなわがままを吹っかけてきた。

 

 オレがくすくす笑っていると、ビビアンはふくれっ面をした。


「何笑ってるのよ」

「……昔のことを思い出しただけ」


 オレはこの寂しがり屋の少女を幸せにすると満点の星空に誓い、少し力を込めて抱き寄せそれから唇を合わせた。

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