19 夜の森を照らす赤光
夕刻を過ぎると一気に陽が傾く。
リルとエドワードの初対面の挨拶を短く済ませ、3人で馬車に乗り込んだころにはもう森は暗くなっていたが、慌てて居城を飛び出したオレたちはランタンを用意し損ねていた。
「す、すいません!」
「気にするな」
しゅんと縮こまるエドワードの肩に手を置く。
夕刻の出発であれば灯りを用意するのは当然のことだが、今日初めて極秘の任務に繰り出す従騎士にそれを求めるのは酷というものか。
通常の外出は大まかな目的さえ筆頭執事のグラファーに伝えておけば、すべて抜かりなく差配してくれる。…極秘任務であれば、主人のオレが用意しておくべきだろう。なにせエドワードは一時間前に初めてどこに行くか知ったのだから。
「火の精霊よ。
仮初めの生を受け、馬車の足元を照らせ」
黒いローブから小瓶を取り出し、術を唱えた後に馬車を運転しているエドワードに渡す。
エドワードは慣れた手つきで馬車の吊り具に小瓶をくくりつけた。
ポウッと小瓶が光り、鮮やかな赤い光であたりを照らした。
「ありがとうございます、レオン様」
オレはひらひらと手を振る。
礼など必要ない。
そもそもオレがランタンを用意しておけば良かったのだから。
しかし、少しもったいないな。
けして常備が多くはない貴重な火の精霊を使ってしまった。
「明るいのももちろんですが、恐ろしいほどに鮮やかな朱色…美しいけれど妖しさを感じてしまいますね」
赤い光に銀髪が照らされ、対面に座るリルの表情をもどこか妖艶に照らし出す。
「あくまで火の精霊だからな」
オレは小瓶から3つの瓶を取り出してリルの目の前に置いた。
術を唱えると、それぞれ青、緑、黄色に輝きだした。
「わっ…鮮やかな色ですね」
リルは驚きの声をあげ、小瓶の光を食い入るように見つめていた。
瞳を輝かせるリルを見ていると、ついつい驚かせたくなってしまう。
精霊を光らせることに何の意味もないのだけど。
「さて、もうしまうぞ」
「あ…はい」
リルは精霊をまだまだ見たかったのだろうが、自制したのだろう。
オレがローブに赤い小瓶以外をしまい込むと、それでもまだ精霊に未練がありそうで小瓶に手を伸ばしたままなのが妙におかしかった。
「どうして笑うんです?」
くすりとしてしまったオレに対して、人差し指を立てて怒っているリルがなおさらおかしかった。
「だから、私、そんなに面白いことはしていません!」
「いや、悪い悪い。
精霊の小瓶をしまったときに残念そうにしていたのがおかしくて」
「もう…だって見たかったものですから」
リルは拗ねたのか正面に座るオレからふいと視線を外した。
仕方ない。
ご機嫌取りに、精霊の話でもしてやるか。
「どうしても、動物は火が怖いんだ」
「…はい。
私は冒険の経験が少ないですが、それでも野外で夜を越すには、火は欠かせないと聞いたことがあります」
リルはオレのほうをじっと見つめ、真剣な表情をしていた。
魔術に関することならば真剣そのものといった態度のリルに物事を教えるのは、オレとしても背筋が伸びる思いがする。
「それはモンスターも同じだから、火の精霊は馬車の警備には持ってこいなんだ」
「わかります。
普通の松明より何倍も明るいのですから」
こくりと頷いたリルは火の精霊の放つ光に感心しているようだ。
「レオン様、質問です」
リルは手をぴんと伸ばしてオレに質問をした。
「何だ、リル」
「闇に住まう骸骨騎士や骸骨魔導士を操る死霊術師が、どうして精霊を扱えるのですか?」
リルの質問にオレは思わず苦笑した。
「どうして笑っているのですか?」
首を傾げるリルに他意はないことを伝えるため、オレはリルに向かって手のひらを左右に振った。
「いや、悪い。
そうだよな、死霊術師はどうしても死の匂いがする者たちを使役するからな。
一般の人が死霊しか使役できないと思っても仕方ないよなと、改めて思っただけだ」
「骸骨騎士などですよね」
「ああ、そうだ」
先ほどしまった小瓶の一つを取り出し、左の手に乗せて術を唱える。
「水の精霊よ。
仮初めの生を謳歌すべく、辺りを水で満たせ」
小瓶の中の小さな青い点を中心にもやが渦巻いたかと思うと、あっという間に小瓶は水で満たされ青く明滅を繰り返している。
「青く鈍く光っていますね。
消え入りそうなほどの微かな光ですが…美しいです」
「そうだ、手を貸して」
「え…はい」
リルが興味深そうにしているようだ。
オレはリルの手を取って掌を開き、青く光る小瓶を乗せた。
「ありがとうございます」
手のひらに乗った小瓶が嬉しいのか、リルはいろんな角度から覗き込んでいる。
「綺麗だろ」
「はい!」
にっこりとほほ笑むリル。
「じゃあ、これは?」
ローブの中から、黄色く光る魔石を取り出した。
「えっと…土の精霊でしょうか。
あ、でも先ほどの黄色い小瓶よりは光が淡いような気がしますね」
「リルはしっかりと光の違いが見えているんだな。
これはさっきリルに見せた土の精霊とは違う。
スケルトンを使役するための魔石だからな」
オレが右手をに持つ魔石に力を込めると、馬車の前に骸骨騎士が立ちはだかる。
「うわああああああ!」
エドワードは突如として現れた骸骨騎士の襲来に情けなく叫び声をあげた。
「悪い悪い、エドワード!
馬車を止めるなよ。
まっすぐ、そのまま進め!」
「わ、わかりました!
…ってレオン様ぁ!
ホントに大丈夫なんでしょうねえ!」
馬車は骸骨騎士に突っ込んでいくが、ぶつかる寸前で骸骨騎士は崩れ、馬車は何事もなく進行してゆく。
「あああ、助かった」
エドワードは一難が去って馬車の床にへたり込んだ。