18 風魔法
居城につくなりメイドに着替えを持ってこさせ、手早く着替えると年若い従騎士を呼びつけた。
「よく来てくれたな。
エドワードと言ったか?」
「はい!
エドワード・スミスと申します」
普段なら主人であるオレと直接話すことのない従騎士だ。
頬を紅潮させ、体を震わせているが、そのせいで、甲冑がカチャカチャうるさい。
「スミス…ほう、大通りの角の鍛冶屋の息子か。
エドワードと呼ばせてもらう。
異存はないな」
「はい!
異存があるはずがありません」
恭しく敬礼をする従騎士に微笑みを返しながら近づき、従騎士エドワードの肩に手を置く。
「これから、村の視察に向かう。
護衛を頼みたい」
「はい!
お、お任せください!」
震えて緊張した面持ちの若者にお任せするのは不安だが…
ただ、エドワードの剣の腕は確かだと聞く。
単に任務が初めてだから、緊張しているのだろう。
「はは、そんなに固くなるな」
「は、はい」
微笑みを続けながら、肩をポンっと優しく叩くと、従騎士の表情が少し柔らかくなったのが見てとれた。
「平凡な村の視察ではあるが、極秘任務には変わりない。
エドワード。
お前が見聞きした情報はたとえ親兄弟であっても秘匿すること。
できるか?
たとえ、筆頭執事のグラファーであってもだ」
「は、はい…」
甲冑のぶつかり合う音が大きくなったことで分かるとおり、再度エドワードに緊張が押し寄せている。
そもそもエドワードを連れていくこと自体、筆頭執事であるグラファーに知られたくないからだからな。
親父が亡くなって家中が大変な中、婚約破棄された主人は祭りで遊び惚けている…と見られるのは困る。
ただ、オレとしてもビビアンに婚約破棄された傷はそうそう簡単に癒えるはずもない。
祭りはどんなものであれ、騒々しく、きらびやかなものだ。
何も考えたくないから、祭りの喧騒に身を浸したいというオレの思いは、はたして許されざるものだろうか?
★☆
人前で骸骨馬を走らせるわけにいかないので馬車で森の小屋まで。
スチュワート家の従騎士は剣の前に手綱を握らせることとなっているため、先ほど緊張で体を震わせていたエドワードも、今は堂々と手綱をさばいていた。
2頭引きの馬車だから重労働だろうが、エドワードは生き生きと体を動かして馬を御す。
すると、進行方向がなだらかに修正されてゆき、心地よいリズムで山道を馬車が進んでいく。
幌付きの馬車だが風も心地よいので開け放して行くのもいい。
「レオン様」
「何だ」
先ほどとは打って変わって、はつらつとした表情のエドワードがオレに話しかけてきた。甲冑で馬車を引くのはさすがに暑くて苦しいため、エドワードはさすがに上半身の防具は外していた。
「親父のこと知ってくれていたんですね」
「ああ。
領民すべてとまではさすがに覚えていないが、領主たるオレが城下町一の鍛冶屋を知らないはずがないだろう?」
「レオン様…
そこまで親父のことを買ってくれるなんて…お世辞でも嬉しいです!」
エドワードは満面の笑みを浮かべていたが、袖で顔をぬぐった。
そうか、親父は昨年亡くなったんだったな。
オレは死霊術師という職業柄、大量の骸骨騎士を使役するため、大量の武器を使う羽目になる。
さらに通常の人間と違って骸骨騎士は武器が傷むのもかまわず力任せに振り回すものだから、戦闘のたびに結構な量の武器をエドワードの親父から買っていた。
「エドワード、オレが戦うとまた、お前の家に武器を発注しないといけなくなるから、頼んだぞ。
オレの代わりに精一杯戦ってくれよ」
「ははは。
レオン様が来るとうちの親父はいつもうれしい悲鳴を上げていましたね。
腕がパンパンになるって笑いながら。
今は姉が鍛冶屋を支えてくれてますが、姉のためにも私はちょっと手を抜いて、レオン様に戦ってもらおうかな?」
「おいおい、何のための護衛だ」
軽口が出てくるぐらいには、エドワードと話せるようになったようだ。
世間話をしている間に小屋が見えてきた。
「そこの小屋で止めてくれ」
「はい!」
エドワードは言語よくオレに返事をしたあと、ゆっくりと馬車を止める。
その辺は砕けた態度で話していても主人への心遣いなのだろう。
先ほどまで風は凪いでいたようだが、急に枝葉が騒ぎ出した。
何だろうと小屋の裏手に回ってみると頭上から詠唱音が聞こえてきた。
「風の精霊よ、導け」
風が揺れ動き枝葉を巻き取ると、頭上につむじ風が舞い上がる。
「枝葉渡り」
収束していたつむじ風が突如散逸、辺りに枝葉を撒き散らす。
人影は枝葉を踏みつけて跳躍し、上下左右に舞うように飛びはねながら速度を上げ樹上へ接近すると、刀身を銀色に輝かせ突きを放った。
人影は地上へ落下してゆき、地面へ突風を放って落下の衝撃を緩めると両足でゆっくりと着地した。
「ふう…」
人影はようやく人心地がついたように深呼吸をした。
馬車を止め終わったエドワードはその人影に拍手を送っていた。
「見事なもんだな」
「レオン様。
ありがとうございます。
見てくれていたのですか」
人影が小屋に近づくとようやく月光が銀で固めた全身を照らし出す。
「リルは風魔法が得意なんだな」
「どの魔法もまんべんなくといった感じで得意なものはありませんでしたが…風魔法を得意になろうと思いまして」
そう話すリルは銀の剣を握っており、剣には大ぶりな果実が突き刺さっていた。
リルがヒュンと剣を下へ振ると、果実は重みで剣から抜け落ちぐちゃりと地面に潰れた。その果実はギズモモという桃の一種で重みが人の頭ほどあるため、剣や槍の訓練に使われる。
リルの剣はギズモモの中心をとらえており、剣の鍛錬に相当の時間を費やしたであろうことは想像に難くない。
「吸血鬼対策か、やつらは空を飛べるからな」
「ええ」
リルはゆっくりと頷くと剣を鞘に納めた。
一息つくと小走りでオレに近寄ってくる。
「ふふふ」
オレを見つめるリルは何が楽しいのか笑っていた。
「何だよ」
「黒騎士レオン様が白い」
喜ばしい催しならば、タキシードは明るい色が定番だぞ。
「うるさいな、祭りに真っ黒なローブや真っ黒な甲冑で行くやつがあるか」
機嫌の良さそうなリルはオレの周りをじっくりと観察していた。
「だから何だよ、ジロジロ見るなよ」
「レオン様、かっこいいですね」
「さらっとお世辞を言うなってば」
オレが照れているのが楽しいのか、リルはケタケタと本当に楽しそうに笑っていた。
かっこいいなんて言うときには少しは恥ずかしそうにしたらどうだ。
「白いタキシードが似合わないからからかってるんだろ」
「そんなことありません。素敵ですよ」
リルがあまりにも楽しそうで、オレはなんとなくはにかんでしまった。
「いつもは黒い甲冑とかで地味な格好だからな。白いタキシード来てると格好よく見えるんだろ」
オレは拗ねてリルから目線を外した。
「いえ、私はいつもの格好のほうが…」
言い淀むリルの声は少し震えていたように思った。
「…何でもありません」




