17 ドレスコード
「さて、と」
ミグイは伸びをして、屈伸運動を始めた。
「レオン様も来てくれるってことになったし、村に戻るね。
ボク、飾り付けの準備をしなきゃいけないんだ」
「そうか、わかった。
オレも村にいくなら、それなりの格好をしないとな」
昨日、マクマナス子爵の居城からそのままこの小屋に来たから、ローブの下にはタキシードを着こんではいる。
ただそのタキシードは吸血鬼との戦闘を経たあげく、リルの手当てまでしたものだから、あちこちよれよれだし血の匂いすら漂っている。
服に飛び散った血の跡ぐらい拭いているが、それでもさすがに人前に出る格好ではない。
領主が領民の前に出る場合ならなおさらだろう。
「じゃあ、レオン様。待ってるからね!
約束だよ!」
ミグイは扉を開け、慌ただしく外に飛び出していった。
「リル。
オレはいったん城に戻って着替えてくるよ。
一応オレだって領主だから従者の一人くらい連れて行かないと格好がつかないしな」
「はい。
わかりました。では、私は…ここでレオン様をお待ちしますね」
リルは頷くと、小屋の簡素な椅子に腰かけた。
「リル」
「はい」
「あのさ、着替えないのか?
ドレスとか持ってきてないのか?」
女の子の服にとやかく言うのも野暮ではあるが、リルは作業着に近い格好をしている。銀で固めた甲冑姿や衣装を凝らした装飾剣を見れば、リルの家が裕福なことくらい想像はつく。
吸血鬼を追っていたということだが、旅立つ娘にドレスの一着くらい持たせてやるのが、親心だと思うが…
「ええ、あまり遠出をするつもりではありませんでしたので持ってきていません」
「ああ、そんなに遠くに住んでいないんだな。
じゃあ、送るよ。一度家に戻って着替えてくるといい」
「いえ、帰ると…きっと出てこれないと思います」
リルは祭りそのものすら行ったことがないということだったから、そうか。厳しい教育方針のもと、育てられたのだな。
「そうか、厳しいご家庭なんだな」
オレが頷くとリルは困ったような顔をしていた。
「…そうですね。
おそらく一度帰ると、すぐには出てこれないでしょう。
だから、服はこのままでいいのです。とても動きやすいのですから」
リルはその場でくるくると回った。
「ドレスよりは動きやすいに決まってるだろうけどさ。
そうだ!
オレがリルの両親に頼んでやろうか?」
「え?」
「さすがに領主のオレが頼んでるんだから、お祭りに行かせてくれるんじゃないか。
いくら厳しい両親でもさ。
そうだな、オレの骸骨馬だったら早くつけるからさ。ここから王様のお城までだって夕食までには帰ってこれると思うぞ」
「だ、ダメです!」
リルは急に立ち上がると、オレの腕を掴んだ。
「私の両親はたとえレオン様のお願いであっても言うことを聞かないと思いますし、あ、あと」
リルは何かを確かめるようにオレの顔を覗き込んできた。
「私は、お城に住んでなんかいませんよ。
本当です。本当なんです」
「いや、お城っていうのは、遠いところの例えだよ。
リルは近くの町に住んでるんだろ?」
「そ、そうですよ!
近くの町に住んいるのです」
「どこの町…」
「えっと、えーっと」
リルは頭を抱えた後、オレの腕をグイッと掴み、凄い勢いで俺の体を扉の方へ引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと・・・」
「さあ!
レオン様。
はやくご自分のお城へ戻られて祭りへ行くお支度なさってください!
私はこの格好で大丈夫ですから、動きやすいですし」
「だから、押すなってば」
「私はここで待ってますから!」
そのままリルの勢いに押されて家から押し出されてしまい、バンっと勢いよく扉が閉まった。
「おい、カバン・・・」
「どうぞ!」
しゃべり切る前に扉があき、にゅっとカバンを握った手が出て来た。
受け取ると手は引っ込み、またバンっと勢いよく扉が閉まった。
「何だっていうんだよ、急に」
オレ、なにかリルを怒らせることしたかな?
まあいい、どのみちそろそろ自分の城に戻らなければ祭りに間に合わないな。
…レオンは骸骨馬を起動させ、自分の城へ向かった。