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16獣人の子

 不意にノックの音。

 誰だろうか。

 リルを見やると先ほどまでの笑顔がウソのように緊張した面持ちだった。

 誰かに追われているのか?


「あれ?

 レオン様、いないんですか?

 おかしいなあ、匂いは確かにするんだけど…」


 少年の声だろうか。

 匂いでここまで確かめて来たってことは…

 扉を開くと、獣人の男の子が立っていた。


「お前は…」

「レオン様!

 …あ、そうだった。

 ちゃんとあいさつしなきゃ。

 こんにちは、レオン様」


 姿勢を正し首を垂れるその所作には多分にぎこちないものが混じっているが、気持ちの入ったいい挨拶だ。


「ああ、こんにちは。

 怪我はないか?」

「うん!

 レオン様のおかげだよ。

 今日は助けてくれたお礼を言いに来たんだ」


 獣人の子は尻尾を振ってとびきりの笑顔をオレに向けてくれている。

 薄茶色の体毛を震わせて、全身で喜びと感謝を表してくれている。

 獣人の、特に子どもは感情表現が豊かで直接的で裏表がない。

 この笑顔を見るだけでも助けてあげたかいがあったというものだ。


「あ!昨日の獣人の子ですね。

 こんにちは!元気でしたか?」

「お姉さん!」


 獣人の子は、オレの後ろから顔を出したリルを見つけると、飛び跳ねて喜びをあらわした。


「うん、ボクね、どこも怪我してなかった。

 お姉さんのおかげだよ」

「ふふふ、良かったですね」

「ははは。怪我がないなら何よりだ。

 なあ坊や、名前は?」

「クレト村の狩人ロンズの子、ミグイ…だよ」

「お、ちゃんと名乗れるじゃないか。

 偉いぞ、ミグイ」


 ミグイの頭の上にポンと手を置き優しく撫でてやると、先ほどより大きく尻尾をぶんぶんと震わせていた。


「うん!

 ちゃんと名乗れるよ。

 だってね、クレト村以外の商人の人に会うときはね、自分の名前をちゃんと名乗らないとね、毛皮を買ってくれないんだから」

「あら、もう商売ができるのですね、ミグイさん。

 ふふふ、偉いですね」


 リルは少ししゃがんでミグイの目線に合わせてあげていた。


「私はリル。

 リルと呼んでくださいね。

 よろしくおねがいします、ミグイさん」


 先ほどのオレの所作をまねたのかどうか知らないが、リルもミグイの頭を撫でてやっていた。

 もちろん、同じようにとびきり嬉しそうに尻尾を振っていた。


「お姉さん…おっと、リル…さん」


 ミグイは名前を読んでというリルの願いを聞き入れたようだ。

 名前を呼ばれたリルは嬉しそうにミグイに笑いかけている。


「はい、どうしました?

 ミグイさん」

「リルさん、傷は大丈夫?

 かなり大けがしてたみたいだったけど…」

「すっぱりと斬られましたからね。

 でも、あの吸血鬼に斬られた右手の傷は綺麗にふさがっています」


 リルは斬られた右腕をミグイに見せた。


「え?」


 ミグイは驚きの声をあげ、斬られたであろう箇所をまじまじと見つめている。

 

「どうかな、治癒魔法がきいているといいんだけど」


 オレはリルに近づくと、昨夜傷つけられた右手を触り関節や手指を曲げ伸ばしした。

 気丈に剣を振るっていた細い腕には傷一つない。

 リルは白い肌ではあるが、病的なものは一切感じられない。

 昨日あれほど血管が膨れ上がっていた首周りでさえ、今日はいたって健康そうだ。


「どこか痛むか?」

「いえ、何の痛みも違和感もないことに驚いています」


 一晩中、骸骨魔導士リッチはオレの言いつけ通り治癒呪文をかけ続けてくれていたようだ。


「重ね重ね、ありがとうございます。レオン様」


 スカートをたくし上げ、恭しく淑女の礼をするリルの所作は一つ一つが美しくて洗練されている。


「無事で何よりだ。

 そんなことより、リルは姿勢もいいし、礼儀作法が行き届いているようだ。

 領主として鼻が高いぞ」

「ふふ、ありがとございます。

 他の人から言われると、ただのお世辞にしか聞こえない言葉でも、レオン様に言われるとまんざらでもありませんね」


 口元を隠して笑うリルには、やはり気品が感じられる。


「レオン様が治癒魔術で直したの?」


 ミグイは目を見開いて驚いていた。


「まあ、オレが呼び出した骸骨魔導士リッチがやったことだけどな。

 自分でも初歩的な回復魔法は使えるが、とても戦闘で使えるようなもんじゃない」

「村のみんなが言うように何でもできるんだね、レオン様。

 モンスターが出るとすぐに倒してくれるってホントだったんだね」


 オレを見つめる瞳には裏表の無い尊敬の気持ちが込められているようだ。


「レオン様は領民想いな方なのですね。

 素晴らしいです」


 リルも同じように尊敬の眼差しでオレを見つめているが…


「あのな、リルだって同じ領民だろ?

 何だよ、領民想いって」


 二人から褒められるのがむずがゆくって、ついリルの言葉のあげ足を取ってしまった。


「あ!…えっと、はい。

 私はもちろん、レオン様の領民ですよ!」


 リルはどうしてか目を泳がせてオレから視線を外した。


「あ、そうだ。

 ねえ、レオン様。

 ボクね、用事があってきたのを思い出した」

「何の用事だ?」


 ミグイは、もぞもぞと肩から掛けた革袋から小さな木彫りのバッチを取り出した。


「はい、これ。

 リルさんも」


 ミグイはオレとリルに木彫りのバッチを得意げに渡してきた。


「動物が彫られているのか」

氷狼フェンリルだよ。

 獣人たちの守り神だからね。

 ボクが彫ったんだよ」

「ふふふ、綺麗に彫れてますね。

 頂いていいのですか?」

「うん」


 ミグイはさらに得意げに言葉を続けた。


「今日村のお祭りがあるんだけど、昨日吸血鬼から助けてくれたことをお父さんたちに話したら、是非ともレオン様に来て欲しいって。

 だからね、それはお祭りに参加できる印なの」

「村のお祭りですか!

 物凄く興味がありますね!

 レオン様、行きましょう!」

「そうだよ!

 あ、もちろんリルさんも一緒に来てね!」

「ええ、もちろん!

 レオン様、お祭り行きましょうね!」


 リルは村のお祭りと聞くと目の色を変えてしまい、ぐいぐいとオレの袖を引いてくる。


「何だよ、リル。

 お祭りに一度も言ったことがないようなはしゃぎ具合だな」

「ええ、そうなのです。

 村のお祭りなんてもちろん行くことなんてありませんでしたから、すごく興味があるのです!」


 リルの瞳は炎で燃えているように輝いている。


「レオン様、行きましょうよ!」

「そうだよ、楽しいよ!

 村のね、揚げ砂糖とね、冷やし飴は美味しいんだよ。

 クレト村名物ってみんな言ってるんだから。

 果実氷もおいしいよ!」


 リルは目をトロンとさせ、恋焦がれでもしているかのように甘味の名前をぶつぶつつぶやいている。


「ああ…ふふふ。揚げ砂糖、冷やし飴。

 おまけに果実氷…背徳の味です。

 背徳が揃って攻めてきます。

 夢にまで見た背徳です」

「リル、身体は大丈夫なのか?」

「無敵です」

「あのなあ」


 リルの頭の中は祭りと甘味に支配されてしまったようだ。

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