15 術式完成
隷属の指輪はよりによってリルの左手薬指にしっかりとはまっているようだった。
「おい、何やってるんだ!」
リルが隷属の指輪を嵌めてしまったことに仰天したオレは、慌ててリルの手首を掴み指輪を引き抜こうとする。
「くっ…抜けない」
「抜けませんね」
必死で指輪を引き抜こうとしているオレとは対照的に、リルは泰然と自分の薬指が引っ張られるのを眺めていた。
指輪とは得てして抜きづらいものだが、それにしても指輪が抜けるどころか少しも動く気配がない。かなりの力を入れているのだが…
「リル。まさかとは思うが…この指輪光っていないよな」
「…いえ、先ほど光りました」
リルの言葉を受けて、指輪をまじまじと見ると、指輪に刻みつけられた刻印から淡い光が漏れているのが見えた。もっともこれほどまでに顔を近づけなければわからないほどに微弱なものではあるが。
「…作動しているな」
「確かに淡く光っています。
ぼんやりとした光ですが、これほどまでに顔を近づければわかりますね」
ふと顔を上げるとリルと目が合った。
先ほどまで二人して顔を指輪に近づけて見入ってたわけだから、当然のことだと思うかもしれないが…互いの額が触れそうな距離にお互いの顔があった。
「…あ」
リルが顔を赤らめているのがわかると、オレはリルの手を離し、距離を取って大きくため息をついた。
「指輪が光っているのを見ると、刻み込まれた術式が発動し、完成しているようだ」
「はい」
リルは確かめるように指輪をじっと眺めていた。
「わかっているのか?
これでオレに隷属したことになる。
何を命じられようと逆らうことはできないんだぞ」
リルはオレの言葉に動揺するでもなく、視線を指輪からオレに移した。
「わかっています。
でも、指輪をはめないと弟子にしてくれないのでしょう?」
「…確かにそう言った。
だがな、ただのこけおどしだよ。
一人になりたかったから、お前が早く帰るようにそう言ったんだ。
まさか本当に嵌めるなんて思わなかったんだよ。
…指に痛みはないか?」
リルは左手の指をさすり、手のひらをくるくると裏返して自分の左手をじっくりと観察していた。
「はい。
痛みはないようですね。
ぴったりとしたフィット感はありますが」
どうやら「隷属」の術式は完成したようだ。
命令に反した場合は隷属者の身体に強烈な痛みを与えるよう仕組まれているため、粗悪な術式であれば術式完成前に身体に負荷を与えてしまうことにもなる。
ただ、リルの顔を見る限りその心配はなさそうだ。
「痛みがないなら良かった」
術式がリルを傷つけないか心配していたが、それよりも心配なのはこれからのことだ。
きちんと手順を踏み、術式を解除してやらねばならない。
「レオン様」
「何だ」
解除方法を考えて頭がいっぱいになっていたところにリルから話しかけられ、顔もあげず返事をした。
「これからよろしくお願いします」
リルはこちらを向いてぺこりとお辞儀をした。
「…何だと?」
リルは不思議そうにオレの質問に質問で返した。
「これで弟子にしていただけるんでしょう?」
確かにオレはそういった。
隷属の指輪をちらつかせて体よく追い払おうと思ったわけだが…
「…はあ。オレの負けだ。わかったよ」
大袈裟に両手をあげてオレが降参の意志を示すと、リルは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。
…ご迷惑じゃありませんか?」
「オレが迷惑だって言ったらどうするんだ?」
「そうですね、できるだけご迷惑にならないようにしますけれど…」
リルは左手の薬指をさすりながらつぶやいた。
「レオン様がご迷惑なら、帰れと言えばいいんです。
だって隷属の指輪があるのですから、従わずにいれません。私も必要以上に気を遣わずにいられますし」
「…帰れよ」
オレがポツリとつぶやくと、リルは咄嗟に身がまえた。
隷属の指輪が作動すると思ったからだろうか。
「…何も起こりません」
リルは自分の身体のあちこちを確認するが、特に何も起こっていないようだ。
「どうしてでしょうか」
リルは隷属の指輪が反応しないことに首を傾げていた。
「…たぶん、帰れってオレが本気で思っていないからだろう」
正直言って、隷属の指輪をリルがつけてしまったことに後悔している。
隷属の指輪は作動者の意志に反応する。そのため、照れ隠しのようなことが出来ないのだ。
「レオン様は冷静に見えてかなりあまのじゃくな方なんですね」
リルはいたずらっこのようなの笑顔で何がおかしいのかずっと笑っていた。