14 奴隷の指輪
少女はベッドに横たわるオレを覗き込み、長い銀髪を床に垂らしていた。
腰までのロングの髪であれば村娘は普段は結んでいるもんだけどな。
「髪を床につけるなよ。
長く伸ばすなら普段は結んでおけよ。
お前、掃除とかする時も結ばないのか?」
「だって、掃除なんてしたことありませんもの」
少女は平然とした顔だが、冗談を言っているようだ。
「そんなやついるわけないだろ」
少なくともオレの領地で掃除したことない奴なんていない。
母だけでなく、父ですら自分の身の回りくらい掃除していたから。
「まあ、髪のことはいい。
……身体は何ともないか」
「ええ、牙となった歯も元通りで……レオン様が治してくださったのでしょう?」
少女は手を合わせて瞳を輝かせていたが、オレは寝返りをうったまま少女に背中を向けて追い払うような仕草をした。
「……それなら良かった。
元気になったなら帰れ」
オレの言葉を聞いていたはずだが、少女はその場から立ち上がらない。
「……レオン様、昨夜はどうして泣いてらしたんですか?」
「……帰れよ」
この少女を助けたのも、いら立ちをぶつけるモノが欲しかっただけだ。
オレは一人になりたくてここに来たんだ。
「辛いことがあったのですか?」
少女は、落ち着いた声で話しかけており善意から出た言葉なのだろうということはオレにもわかった。
ただ、その善意すら受け付けたくない瞬間だって、人間にはあるだろう?
「帰れって言ってるだろ!」
オレは体を起こして大きな声を出し少女を睨みつけた。
「失礼だったかもしれません、ですが……今のレオン様は、お一人ではない方が良い様に見えましたから」
少女はオレの眼をまっすぐに見つめ返した。
何なんだよ、お前に何が分かるっていうんだ。
「お願いします、レオン様。
私を弟子としてここに置いてはくれませんか?」
少女は両手を前に出し深々と頭を下げた。
……何なんだ、こいつは。
オレの話を聞いてないし完全に自分の話を押し付けてくる。
「ここに置いてくれって、まさかこの小屋に住むつもりなのか?」
「お邪魔はしません、きっとお役に立って見せますから」
少女は顔を上げてオレを見つめた。
オレを見つめる青い瞳には、強い意思が宿っているように見えた。
……何なんだよ。
一人になりたくてこの小屋に来たのに、どうしてこいつはオレの隠れ家に薔薇の香りをまき散らしてるんだ。
「お前、名前は?」
「はい、リルメ……いえ。
私は『リル』と言います、レオン様」
名前はリルというのか。
このあまりにも一方的な少女――『リル』を少し驚かせてやりたくなった。
「レオン様、どうか私を側に置いてください。
雑用でも力仕事でも何でもしますから
お願いします!」
ローブの中から術法の刻まれた指輪を取り出し、聖水で清めた後小刀で新たに刻印した。
「リル」
「はい、レオン様」
リルは手を床についたまま、まっすぐにオレを見つめていた。
「何でもするって言ったな。
その言葉に嘘はないか」
「はい。
私は後一年の間に、私に決して消えない傷をつけた吸血鬼を灰にしなければならないのです。
どうか、あなたのお側に置いてください!」
リルは床に手をついて頭を下げた。
「リル。
顔を上げて、手を出してくれ」
「レオン様……それでは……」
弟子入りが認められたと勘違いしたのか、リルは嬉しそうに顔を上げていたが、オレは何も答えない。
リルが差し出してきた手を取り、先ほど『リル』と名前を刻み込んだ指輪を開かせた手のひらにポトリと落とした。
「……レオン様、これは?」
リルは反対側の手で丁寧に指輪をつまみ上げ、銀色に光る指輪に刻み込まれた術法を丹念に読み込んでいた。
「見事なものですね。
これほど精緻な術式を、小さな媒体に刻み付けることができるなんて……」
「リル。
ただの冒険者だと思っていたが、術式を読みこなせるのか」
「え?
私、冒険者ではありませんよ。
おう……」
リルは話途中で慌てて口を塞いだ。
「いえ、私は冒険者です。
子どもの頃に魔法について家庭教師をつけてもらっていました」
近頃、貴族だけでなく商人たちも魔法を子女に習わせることが増えているらしい。
商人どもも力を付けてきて魔法を教えられる財力を持ったいわば豪商が増えているのだ。
「じゃあ、その指輪に刻みつけられた術法が何なのか理解できるか?」
「……隷属の術法……それもかなり強力なものですね」
へえ、なかなかやるじゃないか。
優秀な家庭教師をつけてもらっていたらしいな。
「普通の奴隷に施すものよりも強力なものだ。
全ての自由を奪い、意に沿った行動をとらせることが出来る。
それこそ、犯罪奴隷に施すものよりも強力かもしれないな」
オレを見つめているリルへ冷たく言い放つ。
「オレに弟子なんて必要ない。
リル、それでもお前が望むなら……奴隷としてならここに置いてやってもいい。
もし、それでもいいならその手に持つ隷属の指輪を嵌めろ。
奴隷以下の生活を送りたいのならばな」
ただでさえ弟子なんて欲しくないのに、今オレはただ一人になりたいんだ。
オレの眼をまっすぐに見て話すリルに自分の心に土足で上がり込まれているような感覚を覚えた。
さっさと驚かせて追い出してやろう。
奴隷にされても弟子になりたい奴なんていないだろうしな。
じっと指輪を見つめているリルの頬に手を当て、オレの顔を近づけて脅しをかけた。
鼻先が触れるほど近づいてもリルは動じずにオレを見つめ続けていた。
……リルには警戒心ってものがないのか?
「……レオン様」
「指輪を嵌めた瞬間、お前は隷属の指輪の支配下に置かれる。
お前が何を思ったところで、オレの意志通りに動く人形の出来上がりだ。
……悪いことは言わない。さっさと帰れ。
オレは一人になりたいんだ」
指輪を見つめて硬直したリルを置いて、オレは窓際に立った。
軽やかな風と、陽光が窓から差し込んできていた。
ふと気が緩んだのか、涙がこみ上げてきてオレはリルへ背を向けた。
早く出て行けよ。
男だってたまには泣いたっていいだろう。
一人になるために、オレはここに来たんだ。
「わかりました。
それでは、私をここに置いてください」
「リル。
今、お前なんて言った?」
振り向いたオレに、座ったままのリルは嬉しそうに左手の甲を見せつけた。
リルの左手薬指には、しっかりと隷属の指輪が嵌められていた。