11 銀のチョーカー
なんだか不思議なところのある少女だが、領民でもあるし、とりあえず吸血鬼に斬りつけられた腕の手当てをしないとな。
「この近くにオレの小屋がある。
ケガがひどいようだから手当するよ」
「あ、いえ……私帰ります。
一晩外で過ごしますとみなが心配すると思いますから」
「そのケガで放っておけるかよ。
来いって」
オレが少女の手を引くと、少女は戸惑っていた。
ん? ……ああ、そういうことか。
「あ、いや。
ごめん、そんな意味じゃないんだ。
本当にキミの腕を心配してたから小屋に誘ったんだ。
本当だ」
男と夜を過ごすという意味を何も考えず、少女をオレの小屋に誘ってしまった。
本当にやましい気持ちはなかったけど、警戒する少女が正しいよなあ。
意識すると、この少女の顔が美しいことや体のラインが女性としての魅力を備えていることに気づいてしまった。
「あの、レオン様。
本当に私のこと覚えてないんですね?」
少女はオレの顔をじっと見た。
「あ、ああ。
本当だ。
やましい気持ちで誘ったわけじゃない」
ああ、オレは言葉選びがへたくそだな。
誘うなんて言葉を使えばより警戒されてしまうだろうに。
「……でも、みなを心配させてしまいますから。
それでは、失礼します」
少女は腕を抑えながらふらふらとオレとは反対の方向へ歩いていく。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな」
「はい……だいじょう、ぶ……」
少女はふらついたまま地面へ倒れようとしていた。
「ちょっと!」
オレは走って少女を支えようとしたが間に合わず、少女の倒れようとする側へ骸骨剣士を召喚した。
少女は骸骨剣士にぶつかりそのまま地面へ倒れようとしていたが、なんとかオレの手が間に合った。
「ちっとも大丈夫じゃないだろ……」
力の抜けた少女を抱きかかえたが、衣服越しにでも体がひどく熱を持っていることが分かった。
少女の頭に手を乗せる。
これまで感じたことのない高温だ。
「まずいぞ……」
オレはローブの中の魔石を握り、オレの足元から骸骨馬を起き上がらせた。
土を割り現れた白骨が馬の姿を形どっていく。
「全力で飛ばせ!」
両腕で少女を抱え骸骨馬に飛び乗ると、ありったけの力で小屋まで走らせた。
少女を抱えているだけで、ズクンズクンと心音が聞こえてくる。
傷を負うと発熱することはあるが……これほどの高熱だと命にかかわるぞ。
少女の傷跡を確かめると、目に見えてわかるほどに血管が脈動していた。
「……少年を助けたキミが命を落とすなんて認めないぞ」
少女は助けた獣人とは知り合いではなかったようだから、この少女はお人よしなんだろう。正義感の強い子なのかもしれない。
戦争で大きな戦果をあげても、幼馴染から婚約破棄される世の中だ。
いい行いをすると誰かが見てくれていて、報いが必ずあるなんて思ってはいないけど……
でも、誰か見てくれていたっていいよなあ。
獣人の少年を助けるため、傷ついても戦い続けるこの少女の振る舞いをオレは見ていた。
領民を救ってもらった恩を返す義務くらい、領主たる自分にはあるよな。
「……死ぬなよ」
骸骨馬をとばしオレの小屋に辿り着いた。
魔石を握りこみ骸骨馬をただの白骨に戻すと、急いで少女をオレの小屋に運び込んだ。
客用のベッドなんてないし、新たに布団を引いてやる暇もない。
オレがいつも使っているベッドに寝かせ、少女が身に着けていた銀の甲冑や具足、腰に帯びた装飾剣を手早く取って楽な姿勢を取らせた。
死霊魔術師は職業柄、呪術や薬草の知識を習得している。
高熱に効く薬草を調合し、無理やり少女の口に含ませた。
「……ああっ……」
少女は痛みに身をよじらせていた。
傷跡が呼吸をしているように動き続けている。
「な、なんだ……この少女に何が起こってる?」
少女は苦しそうに首を抑えていた。
「首か……チョーカーで苦しいのか?」
オレはチョーカーの銀の留め金を外し、少女を楽にしてやる。
「何だこれは……」
銀のチョーカーを外すと、あらわになった首筋の血管が今にも肌を食い破らんと膨張していた。
「何が起こっている?」
少女の全身を見渡すと赤黒い血管が首筋から全身にかけて浮き出ていて、全身の血管がまるで生きているかのように収縮を繰り返している。その中でもひと際激しく血管が膨張しているのは首筋だった。
「……苦しい……」
「おい、大丈夫か!」
オレはせめて安心させようと少女の手を握った。
「離れてください……お願いです。
……もう耐えられません」
痛みに意識を取り戻した少女は真っ赤に瞳を充血させ、力を振り絞ってオレの手をはらおうとした。オレはその手をぎゅっと掴み、少女に話しかけた。
「もうしゃべるな。
それにこんな状態で放っておけるわけないだろ!」
「あ……ああああああああ!」
少女の身体全身の膨張した血管が勢いよく収縮し少女の顔に血液を送むと、少女は黒く大きな瞳から血の涙を流し、ふうっと上半身を起こした。
「おい、起き上がるな!」
オレは少女の肩をつかみ寝かせようとするが、少女は首だけそのままぐるんとオレの方へ向けた。
「あ……」
オレへ首を向けた少女は目から流れ出ている血液のせいなのか瞳は赤く染まっており、首筋の血管の収縮と呼応するように、みるみるうちに歯が大きく成長していく。
……それは、牙と呼んでいいほどに。
「ま、まさか……吸血鬼になってしまったのか?」
「ガ、ガアアアアアア!」
少女はひと際大きく成長した爪でオレの肩を掴み、口を開けオレの首筋に牙をたてようとしていた。
少女の首元右側には吸血鬼の鋭い牙に噛まれたであろう傷跡が残っており、その部分はまるで生きているかのように蠢いていた。
首筋の傷跡は少女のチョーカーにつけられた薔薇飾りによって隠されていたようだ。
「クッ……」
迫りくる少女の口に剣を鞘ごと突っ込んだ。
「グアアアア!」
バキッ…
少女は鞘を牙で食い破りなおもオレの首筋に牙をたてようとしてきた。剣を支える力を失えば、たちまち喉笛を食いちぎられるだろう。
少女に掴まれた肩には鋭く伸びた爪が食い込んでいて、ふりほどこうとしてもまるで少女とは思えない力で抗えない。
「クソ……助けてやりたかったが仕方ない。
オレを恨んでくれていいから成仏してくれよ……」
オレはローブの中にしまった魔石を握りこんだ。
その瞬間、ウィル・オ・ウィスプが飛び出してきてまばゆい陽光が少女を照らした。
「ギ、ギアアアアアアア!」
全身を包みこむ光の魔術に晒された少女は力を失い、その場に倒れ込んだ。
「あ……あああ……」
少女は断末魔の叫びをあげていた。
「クソ、助けられなかったか……」
オレはその場に座り込んだ。
……できればこの少女を助けてやりたかったんだけどな。