その④
そんなある日、誠は庭で昼食をとっている"人間"を見た。
見るからに裕福そうな連中である。
「しかし、我々は運がいい。」
主人が賓客を前に話し始めた。
「ほんの少しの投資でこれほどまでの享楽を味わえるとはね。」
一同、主人の意見に同意する。
「いいタイミングで隕石が来てくれたものだ。」
「まったくまったく。」
「人類史上、我々ほど幸せな権力者はおらんでしょうな。」
「人間の最大の楽しみは、同じ人間を虐げること。これに尽きる。殴って、罵って、犯して、食って、支配すること。」
何が面白いのかわからないが会席者みなでゲラゲラ笑っている。
「コールドスリープから目覚めたばかりの、事情が全くわかっておらん連中を生きたまま食うのはたまらんですよ。特に子供の肉の柔らかくてうまいこと。恐怖にひきつった顔を丸焼きにするのも最高。」
「箔のついた女どもを犯すのもな。」
「芸能人などそのために生かしてあるようなものですからな。」
「イケメン同士を無理やり交尾させるのもたまらないわ。」
「麻酔なしで去勢するのもね。睾丸を潰したときのあの表情。一時間はうっとりしちゃう。」
「これも全て隕石のお陰。地球じゃこんなこと不可能だったからね。隕石に乾杯。」
誠は顔面蒼白でこの話を聞いていた。
つまり、全ては仕組まれたものだったのだ。
未来に希望をつなぐ人類脱出計画?
いや違う。全くの出鱈目だ。
それは権力者が恒久的な楽園を作るためのでまかせだったのだ。
この船内の茶番はすべて奴等のアトラクション。
我々、"人間"以外の人間は体よく連行された奴等の玩具であり奴隷。
半永久的、子々孫々まで奴等の餌食にされる身分。
なんということか。
今のいままで全く気づかなかった。
このような連中があの地球に長きにわたって連綿と存在し、同胞のようなふりをしてずっと奴隷身分から養分を吸いとっていたのだろう。
人間はあの星で霊長類などと名乗って、食物連鎖の頂点に立っているつもりでいたのに。
それは人間の中でも極一部。
この船の中の"人間"だけ。
その他何十億人もの人間はそれより下の生き物で連中に補食される餌に過ぎなかったのだ。
道理で。
食物連鎖頂点の人間があれほどいたのに生態系がなんとか保たれていたはずだ。
そのほとんどが実は被補食者だったのだから。
そうやってバランスを取っていたのだ。
誠は生物の授業で学んだだけの生半可な知識で変に納得していた。
やがて庭の"人間"たちが誠の存在に気付き、鳥撃ちをしようと猟銃を持ってきたので、誠は腕をぱたぱた動かして飛び去った。
この話を仲間のカラスにしてみたところ、皆納得はしたもののどうすることもできなかった。
いや、どうこうする気にもならなかった。
教育のせいなのか。
それとも天敵にあがなう習性など持ち合わせないためなのか。
とにもかくにも、"動物"はいつまでたっても虐待され続けたし、"食糧"はいつまでたってもゴミステーションの末路から抜け出せなかった。
そんな生活が何年も続いた。
いや正確にはどれだけ続いたのかもわからない。
日照時間が地球と同様であったか不明であり、日数などとうに数えなくなっていたから。
とにかく長い月日であると感じていた。
ある時から、"人間"たちの間で奇病が流行りだした。
皆、脚がガクガクと震え立てなくなり最終的には死に至った。
どうやら人肉食に由来する病であった。
それでも"人間"はその遺伝子まで染み着いたように思われる共食いをやめなかった。
長い時間をかけて船内の"人間"は絶命してしまった。
そして"人間"の管理を離れてしまった船内では食糧生産を担うものがいなくなり、"動物"たちも共食いをした挙げ句、同じ病にかかって死んだ。