六本勝負の開始
どうやら、魘紫たちにあっさりと吹っ飛ばされた事が、相当悔しかったらしい。
隆盛のそんな様子に、介抱していた彩香や付き添っていた佳が呆れた様子で、溜息を吐いている。
「まぁ、隆盛君が大事に至らなくて良かったよ。それにしても……ここで一悶着あったようだけど、何があったのかな?」
櫻真たちへ一通り視線を向け、紫陽が訊ねてきた。
「ホストの次はオッドアイ? そちらはレパートリーが豊富で凄いわね?」
「貴方の噂はかねがね……。もしや事を起こした張本人ですか?」
葵の軽口をスラリと躱して、紫陽が質問を続ける。そんな紫陽の言葉に葵が笑みを浮かべながら、遠夜の方を指差す。
「私じゃないわ。あちらの青年が葵に手を上げてきたの。その所為で、葵の綺麗なお顔が汚れちゃったのよ? 慰謝料請求もんよ?」
葵のその言葉で、彩香の隣にいた少女が驚いた様に目を丸くしている。
けれど、そんな少女を制して紫陽が話を続けた。
「そうですか。ですが、残念です。僕の目にはその汚れが見えないようだ」
「あら? その顔についているオッドアイのお目目は装飾品? もしかして盲人の方? 嫌だわあっ。それ早く言ってよ。言ってくれれば特別大サービスで葵の顔を触らせてあげたのに」
「……噂以上に、中々の個性をお持ちですね。では、話を変えましょう。そちらが持っている鬼絵巻を掛けて、僕たちと勝負をしませんか?」
紫陽の問いかけに葵が肩を竦めて、くるっと櫻真たちの方へと向いてきた。
「ですってぇーー。どうするぅーー?」
まるで紫陽からナンパされたかの様な口振りで葵が小首を傾げてくる。
「いや、俺ら訊かれても……なぁ」
「むしろ、その質問をする意味ある? 僕らとしては、自分たちの手元にある鬼絵巻を身内だけで片付けたい。でも、それを言うても君たちはコレを取りに来はるんやろ?」
戸惑う櫻真を援護する形で桔梗が、紫陽に向かって質問を重ねる。
すると紫陽がやや眉を下げて、残念そうな表情を浮かべてきた。
「そうですね。僕としては漁父の利を狙いたい派なんですけど……それだと、納得できない子たちもいるので」
「へぇ。つまりこの話を飲まなければ、闇討ちも要するって事?」
「どう捉えるかは、貴方たち次第ですよ」
桔梗の言葉に紫陽が掴み難い答えを返す。すると、そんな話に今まで黙って話を聞いていた浅葱が口を開いてきた。
「ええやん。その勝負、受けはれば。それで櫻真たちが勝たはれば、後は邪魔しないんやろ?」
「珍しいですね。基本的に勝負事に興味を示さない貴方が、それを進めはるなんて」
目を眇める浅葱に、桔梗が意外そうな表情で首を傾げさせている。
櫻真からしても父親の発言は凄く出し抜けたもので、驚きの言葉だった。
それは、それはいつも飄々としている葵もだったらしく、
「敵さんのお出ましで、さすがの浅葱さんも䰠宮の当主としての自覚が芽生えちゃったかしら?」
と呟きながら、驚いている。
そんな浅葱を知る人たちに、驚きを生んだ当の本人は……ジト目で紫陽の事を睨んでいた。
「耳に入っとるんやで? 君、こっちに着いた早々に、僕のサクちゃんに色目を使いよったやろ?」
「サクちゃん? 色目? えーっと、何の事でしょうか?」
話が掴めず、落ち着いていた紫陽が動揺を走らせる。
すると、そんな紫陽に浅葱がしれっとした表情で、
「䰠宮桜子。僕の可愛い奥さん。君、櫻真と初日に会った時に、『綺麗なお母さんによろしく』なんて言いよったみたいやな? 僕の居らんと思うて何しよるん?」
そんな事を口にしてきた。
「櫻真、あの時のことを浅葱に伝えたのかえ?」
浅葱の言葉を聞いた桜鬼が、櫻真に小声で耳打ちしてくる。そしてそんな桜鬼の言葉に、櫻真は記憶を探り、「あっ!」と声を上げた。
「……いや、父さんに言うたわけやないんよ。一応、母さんに言われた事を伝えただけだったんやけど、それを父さんが聞いてはったみたいで……」
櫻真に紫陽について、事細かく訊かれた事を思い出す。
正直、櫻真も紫陽については、自分たちから枝分かれした分家で、陰陽院にいるという事くらいの情報しか知らない。
だからそのありのままを浅葱に伝えたのだが、それだけでは浅葱は納得しなかったのだ。
桜子が紫陽に会ってしまう確率や、桜子に紫陽が下心を持っていないか等を占え、と言われた時は、本当に頭を抱えたくなった。
普段の浅葱は、自由奔放で自分の興味のない事には、まるで目を向けない性格だ。
そのため、浅葱は基本的に他者の話に口を出さず、詰まらなそうな表情で見守っているのが常だ。
そんな態度もあってか、浅葱をドライな性格だと思い込んでいる人も少なくない。
けれど、櫻真は知っている。一番近い身内だからこそ重々に知っている。
浅葱が超弩級の愛妻家である事を。
「父さん、本当に母さんの事になると豹変するから嫌になるわ。むしろ、恥ずかしい」
片手で頭を押さえながら、櫻真は紫陽に詰め寄る浅葱を見て溜息を吐く。
「しゃーない。接触時間が短かったって事で……五発くらいで勘弁しといたる」
右手で拳を作り、浅葱が紫陽に迫る。
「いや、五発で勘弁と言われても……それをあっさり受ける訳には行かないですよ。あの時の言葉はほんのご挨拶程度のニュアンスですし。ご当主のような素敵なご主人がいて、僕とどうにかなるのは無いと思いますよ?」
「桜子からは、な。けど、君がどんな下心を芽生えさせるか分からへんやん? 桜子は美人で色気があって、優しくて、料理も上手で……完璧な女性やから。桜子に惚れない男はどこにもいないで?」
桜子の良さを忽々と語る浅葱に、困り果てる紫陽。
それを見兼ねた桔梗が辟易とした溜息を吐いて、口を開いた。
「浅葱さん、そこら辺にしといて下さい。貴方のへなちょこパンチじゃ、相手も痛くありませんよ」
「分からないわよ? 稽古とその他諸々の事で鍛えた足腰で拳にもキレがあるかもしれないじゃない?」
「……どうだか。まぁ、それは一先ず置いとくとして、こんな話の流れやし……勝負、受けようか。ただし、さっきみたいな流血沙汰は辞めてくれはる? こっちにはまだ小さい子もおるから」
桔梗が葵の言葉を流し、紫陽に勝負の際の条件を提案する。
するとそんな桔梗の言葉に隆盛が、
「一人、子供にカウントしねぇーよ」
と恨めしげに呟いている。
そんな隆盛の言葉を彩香が嗜めるように咳払いをし、紫陽が桔梗の言葉に頷いてきた。
「構いませんよ。それでは、方法を考えないといけませんね。何か良案が等はありますか?」
「はいはーい。葵、良い考えがありまーす! せっかく立派なビーチにいるんですもの。夏を楽しみつつの六本勝負なんてどうかしら?」
間髪入れずに葵がピョンピョン跳ねながら、そんな提案をしてきた。
「葵姉さんにしては、まともな意見やなぁ〜〜。もっと可笑しな事を言ってくるかと思ったのに」
「こら、儚。いつでも姉さんを変人扱いするのは良くないぞ。これはお前の恋を……」
「姉さんっ! 余計な事を言わんでよっ! むしろ、何で知っとんの?」
顔を真っ赤にして葵の口を儚が塞ぐ。
(儚が不憫すぎる……。いや、待って。どないしよう、俺のまでバレとったら……)
櫻真が恐る恐る葵の方へと視線を向ける。
するとそんな櫻真へ葵が徐に片目を瞑ってきた。
(アカンっ! あれ、確実に知ってはる感じや!)
自分の気持ちが完全に葵にバレてる事に、櫻真が口を無造作に動かす。
「何か、ようやく面白い事になってきた感じだね〜〜そしたら、穂乃果は勝負に参加せずに、可愛い司会進行役になる〜〜」
青褪める櫻真たちを横目に、日傘を差している穂乃果が完璧なウィンクを櫻真たちに飛ばしてきた。
人をげんなりとさせる葵とは雲泥の差があるウィンクだ。
「鳴海さん、勝負に参加しないって……こっちの頭数が減ってしまいます」
「減らない。減らない。だって、あの小さい子たちの相手は隆盛君でしょ? 後は明音ちゃんが出れば良くない?」
苦言を言ってきた彩香に穂乃果が、遠夜と話していた明音へと視線を向ける。
すると彩香が呆れたように頭を振った。
「大貫さんは、私たちとは勝手が違います。だから、貴方もちゃんと出て下さい」
「あっ、そしたら、遠夜君と明音ちゃんに小さ子たちを相手して貰えば良いんだ〜〜。そうすれば、やっぱり穂乃果は司会進行が良いと思う」
「どうして、貴方はそこまで勝負したくないんですかっ?」
意地が何でも勝負をしたがらない穂乃果に彩香が目を尖らせる。
すると穂乃果が頬を膨らませて、
「だって、こんな紫外線がいっぱいの所で、日傘をしないでいたら、穂乃果の綺麗な肌が焼けちゃうもん」
そう言って、日傘をクルクルと回している。そんな穂乃果の言葉に彩香が「貴方は何のためにここに来たんですか?」と言いたげな表情で絶句している。
(こっちもこっちで大変やけど……向こうも向こうで大変そうやな)
彩香と穂乃果の取り止めもないやり取りを目にし、櫻真は相手方の苦労を染み染み感じた。




