正義の味方!
「櫻ちゃんたちばっかり、ズルい! 百合亜と藤も赤ちゃん、見たいよぉーー」
百合亜は自分たちと違い、純粋に輝夜と遊びたがっているのだろう。しかしそれでも、今回ばかりはその声に頷くわけにはいかない。
「百合亜には悪いけど、輝夜と遊ぶのはダメや」
「ええーー、何で? 何で? やだぁあ!」
「百合亜、覚えといて。子供が駄々を捏ねても無駄な時ってあるから」
明確な不満を出す百合亜を瑠璃嬢が、いつもの調子で粉砕する。
けれどそんな瑠璃嬢の言葉が引き金となり、百合亜が大きな声で泣き始めた。
「うわぁあああ〜〜。百合亜は、百合亜は……赤ちゃんと遊びたかっただけなのにぃいい〜〜。桔梗ちゃあ〜〜〜〜ん」
泣きながら自分の不幸な境遇を桔梗に訴え始める百合亜。
「百合亜、泣かんでええよ。ほら、皆んなちょっと熱くなってはるから。ほら、百合亜もそろそろ水分を摂らんと」
百合亜を頑張って宥めようと、桔梗が自分の飲んでいた焙じ茶を差し出している。
けれど泣いている百合亜は、ブンブンと勢いよく顔を横に振るだけだ。
「百合亜〜〜、泣くなよ。俺がアイツら全員、吹っ飛ばしてやるから〜〜」
桔梗に抱っこされながら泣く百合亜の頭を魘紫が心配そうな表情で撫でている。
しかし、そんな魘紫から出た言葉に他の従鬼たちも一気に警戒を強める。
まさに一触触発の空気だ。
だが、そんな空気を今まで沈黙していた藤が止めてきた。
「む! しまったのう!」
「うわっ、何で俺までっ!」
桜鬼と魘紫が自らの異変に声を上げる。
けれど、その異変に襲われているのは従鬼たちだけではなかった。
「あかん。指の先すら動かせへん」
「えっ、待って。これって金縛り? あの子がやったん?」
櫻真や儚が瑠璃嬢や蓮条と共に慌てふためいている最中、一人だけ動ける藤がスタスタと櫻真へと近づき、輝夜を取り上げてきた。
「藤、藤! 幾ら赤ん坊とはいえ、落とさへんようになっ!」
蓮条が少し焦ったように、藤へと声をかける。
七歳とはいえ、まだまだ小さい藤が赤ん坊を抱える姿は実に危なっかしい。
「見事に魅殊の術に掛けられたわね」
刀を握ったままの鬼兎火が諦めたように溜息を吐く。
どうやら、今の自分たちが動けないようになっているのは、藤の従鬼によるもののようだ。
「はは。不意打ちに食う奴の金縛りは、強力だな」
「笑ってる場合じゃないわよ。本当に……」
動けなくなりながら笑う魁に対して、再度鬼兎火が溜息を吐く。
「百合亜、赤ちゃんを連れてきたよ」
動けなくなった桔梗に捕まりながら、むせび泣く百合亜の元に藤が輝夜を連れて行く。
そして藤以外で唯一動ける百合亜が輝夜を一瞥し、両手で自分の涙を拭い、
「……藤、ありがとう!」
と言って、輝夜を持つ藤に抱きついた。
「ちょっと待って。こんなんアリ?」
百合亜たちの様子を見て儚が力の抜けた声を出す。
「時に子供の行動力は凄いからね。正直、侮れへんよ」
泣き止んだ百合亜に桔梗が胸を撫で下ろす。その傍で輝夜の頬を突きながら、藤と共に笑顔を振りまく百合亜。
だが、しかしそんな百合亜の幸せが長く続く事はなかった。
何故なら……
「おい、お前ら……その鬼絵巻を俺らに渡せ」
百合亜たちにとって、輝夜を奪う悪い敵……隆盛が現れたからだ。
「……誰、アイツ?」
「僕、知らない」
「百合亜も知らなーーい」
突如自分たちの前に現れた隆盛を見て、魘紫が訝しむ。そんな魘紫の言葉に藤と百合亜もポカンとした表情で首を振っている。
「別にお前らが俺を知らなくても良いんだって! 大事なのは、お前らが持ってるその……って、何で鬼絵巻が赤ん坊になってんだよっ!」
百合亜たちが持っている輝夜を見て隆盛が目を丸くし、続いてやってきた夜鷹たちを見ている。
「さぁ。私に訊ねられても……返答に窮します。あの鬼絵巻は、私が見つけた時には既にあの姿でしたので」
「鬼絵巻が人の形を取る事は、5月頃に起きた件で知っていたけど、実際に見ると驚くものだね」
夜鷹に続いて話しているのは、オッドアイが特徴的な紫陽だ。
その後ろには、彩香や穂乃果に櫻真が見た事ない男女二人と……佳の姿があった。
反射的に櫻真が佳の方を見ると、向こうも自分の方を見ていたらしく目が合ってしまった。
(……気まずい)
すぐに佳から目を逸らすが、胸に気まずさは残る。
いや、むしろこの状況……櫻真たちからすると大ピンチだ。
なにせ、自分たちは藤の従鬼の魅殊の能力で全く身動きが取れないのだから。
他の人も櫻真と同じことを思ったのか、顔に少しの焦りが見える。
けれどそんな櫻真の心中などお構いなしに、百合亜たち三人VS隆盛の戦いが幕を開けていた。
「おい、頼むからその赤ん坊を俺に渡してくれ」
「やーーだーー! これから輝夜ちゃんと一緒に砂で遊ぶんだもん」
「赤ん坊に砂遊びなんて出来るわけねぇーだろ! てか、それは鬼絵巻なんだ! 呑気に遊んでて良いもんじゃねぇーから」
「知らない。百合亜たちが先に持ってたんだもん。行こ、藤、魘紫」
「うん、行く」
「おう。こんなうるせー奴は無視しようぜ。無視、シカト!」
百合亜が藤と魘紫と共に輝夜を連れて、砂浜へと駆け始める。
「百合亜、砂浜で遊んでもええけど……先に僕らへの術を解いてからにして欲しいんやけど」
桔梗がこれ以上の不味い状況にならない様の打診を打つが、百合亜たちの耳には届いていない。
それに加えて、
「だぁああ、小さい子供の癖して俺をシカトなんて……百万年早えっつーーの!」
魘紫の言葉を聞いた隆盛が怒りながら、百合亜たちの後を追い始めた。
「おい、住吉! 一人で勝手に行かはるのは……」
感情のままに先に行く隆盛を佳が止めに入るが……先ほどの桔梗同様、相手の耳に入っていない。
「おーまーえーらー! 中学生男子を舐めんなよっ!」
百合亜たちの元へ、凄い勢いで走っていく隆盛。そんな隆盛の姿に百合亜たちがきゃっ、きゃっと楽しそうな声を上げている。
きっと、百合亜たちの中で追いかけっ子をしている気分なのだろう。
「百合亜ーー、藤ーー、その男の子は遊んではるわけやないよーー」
櫻真からすると砂浜は真後ろにある。
顔は前を向いたまま後ろの砂浜にいる百合亜たちへと声を掛けるという状況だ。
そのため、ちゃんと百合亜たちに伝わっているかは怪しい。
(これ以上、状況が悪化しなければええんやけど……)
静かにそう祈る櫻真だが……大抵、こういう時の願いほど天には届かないものだ。
「良いか? これはおもちゃじゃないんだ!」
そう言って隆盛が、百合亜が一生懸命に抱っこしていた輝夜を取り上げた。
するとその瞬間。
「うわぁあああああ〜〜」
と再び百合亜の泣き声が辺りに響き渡る。
「えっ、えっ、えっ、いや、ちょっと泣くなって……おい、䰠宮櫻真! 何でお前らずっと銅像みたいにそこに突っ立ってるんだよ!」
焦る隆盛の声。目の前で小さい子供に泣かれたことに、かなり動揺しているのだろう。
そしてそんな隆盛の言葉が飛んできた瞬間、櫻真たちは魅殊の呪詛を解く事に成功していた。
「何とか、これで動ける……」
手の握ったり、開いたり、そして腕を回したりして自分の体に違和感がないかを確かめる。
特に異常はなさそうだ。
自分の体の調子を確認した櫻真たちが、百合亜の方へと振り向く。
「……どうやら、僕らの出番はないかもね」
そう呟いたのは、酷薄な笑みを浮かべる桔梗だ。そしてその桔梗は指剣の構えを取って、佳たちがこれ以上、こちらに近づかないように結界で壁を作っている。
桔梗が作った結界の壁に短い動揺を走らせる佳たち。
けれどそんな佳たちよりも櫻真たちは、隆盛たちの方を注視していた。
櫻真たちの視線の先にいたのは、七歳の子供にジリジリと追い詰められる中学生の図だ。
百合亜は先ほど泣いた時よりも顔を真っ赤にして泣いており、藤も隆盛を凝視しながら睨みつけている。
そしてそんな百合亜たちの真ん中には……百合亜と藤の顔を掛け合わせた様な顔で怒る魘紫の姿がある。
「返せよ、返せっ!」
「馬鹿言うなっ! 返せるか!」
輝夜を渡すまいと後ろに引く隆盛の足が水に浸かる。
「何やろ……? この感じ……」
「櫻真が言わはりたい事……何となく分かるわ」
「あっ、ウチも。アレやろ? 恐喝されて逃げ惑う人って感じやもんなぁ」
「側から見れば意味不明な図だよね? 中学生が小学低学年からガチ逃げしてるんだから」
瑠璃嬢の言葉に櫻真たちも、思わず言葉を失う。
「じゃが、魘紫の奴め……あの隆盛という奴を完全にロックオンしておるな」
「ええ、そうねロックオン……してるわね」
「奴にロックオンされたのだ。彼奴の身の保証はないだろう」
「違いないな。魘紫の奴は一回ロックオンしちまうと、仕留めるまで狙い続ける性質だから」
桜鬼たち従鬼が覚えたてらしい言葉『ロックオン』を連発しながら、魘紫の動向を見つめている。
「いや、でも……それって不味いんちゃうの? 今の住吉君、術式で強化してへんやろ? 確か鬼降ろし、やったっけ?」
櫻真が桜鬼にそう訊ねると、桜鬼が眉を顰めさせて残念な表情を浮かべた。
「うむ。非常に不味い状態じゃ。あの者は式鬼神を身に憑依させて、強化をするであったな? じゃが、その式鬼神を呼び出せたとしても、魘紫が動く方が速い。つまり……あの者の命運は尽きている」
「そんなっ!」
「諦めるしかない。妾たちが追った所でもう間に合わぬ」
無念な表情を浮かべる桜鬼。そんな桜鬼の表情につられて櫻真も眉を下げて、隆盛の方へと視線を向ける。
その視線の先では、やはり魘紫たち三人が隆盛を追い詰めており、
「偉大なるコスモの力を浴びて〜〜」
怒ったように眉を吊り上げる藤が、
「光の戦士、我らコスモス☆プルメリは〜〜」
エグエグと泣き続ける百合亜が、
「悪を殲滅するまで許さないっ!!」
決め台詞を言い終えた魘紫が、戦隊者決めポーズを決めてから、徐に身を低く屈める。
突如、始まった子供達三人によるヒーロー劇に思わず隆盛が絶句している。
しかし、隆盛は絶句している場合ではなかった。
出来事が起きたのは一瞬だった。
きっと、当の本人ですら自分の身に何が起きたのか分からなかったはずだ。
隆盛の腕の中にいた輝夜は、魘紫の手の中におり、輝夜を持っていた筈の隆盛は沖の方へと突き飛ばされていた。
突き飛ばされた隆盛は、水面を跳ねる石の様に水面に弧を描き、飛ばされている。
「あかんっ!」
「隆盛っ!」
佳と彩香がそんな隆盛を見て、言葉を上げる。
「さっ、早く大切な仲間を助けへんと」
優美な笑みを浮かべた桔梗が結界を解く。
間髪入れずに紫陽が木行の術による風で吹き飛ばされた隆盛を救出した。
風に巻かれて救出した隆盛に怪我はなく、目を回して気絶している。
そんな隆盛を紫陽や佳、彩香たちが介抱しに駆け寄っていく。この場に残ったのは、夜鷹と目つきの鋭い青年だけだ。
「安心しろよ。俺は正義のヒーロー、コスモス☆プルメリのリーダーだからな。弱い奴にはかなり手加減してやったぜ」
腰に手を当て、魘紫がドヤ顔で胸を張っている。
「さっきのが手加減……嘘やろ?」
魘紫の力の一角を見て、櫻真が口元の端を引きつらせる。
「信じられへん。ウチ、あの子と戦うとかホンマに怖いんやけど」
「てか、地味に気になるのは百合亜たちが言ってた決め台詞だよね。『敵を殲滅するまで許さない』って戦隊物としてどうなの?」
頭を抱える儚の横で、瑠璃嬢が地味に気になったことを口にしている。
櫻真はそんな二人の言葉に内心で頷いた。




