表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/355

恋と祭りと手を取る少年

 人々が行き交いざわざわとした喧騒は、いつもより弾みがあった。

 昔は、前祭にしか露店は出ていなかったが、今では後祭にも露店が増え、前祭に負けず劣らずの賑わいとなっている。

「やっぱり、人多いなぁ……」

「うむ、そうじゃのう。おかげで上手く前に進めぬ」

「天気もええし、休みやからなぁ。しゃーないわ。むしろ、何で桜鬼さんが櫻真の隣を牛耳ってはるの!? ズルくない?」

「狡い事など、ありはせぬ。櫻真の隣は妾の定位置。誰にも譲らぬぞ」

「そんなんズルすぎやわ」

 手には既にりんご飴を握った紅葉が桜鬼に異議を唱える。しかし、苺クレープを食べる桜鬼の耳には届いていない。

 そんなやり取りをしている桜鬼と紅葉は、各々、綺麗な柄の浴衣に身を包んでいる。紅葉は椿柄の浴衣に、桜鬼は金魚柄の浴衣だ。

 何の柄を着るかは当日の楽しみ、と言っていたが……金魚にしたらしい。

「二人とも、浴衣似合ってはるな」

 櫻真が二人の浴衣姿を見て、にっこりと笑みを浮かべる。

 すると、桜鬼がクレープを食べるのを止めて、ぱぁあっと表情を明るくさせて来た。その隣にいる紅葉は顔を赤くして、両手で頬を抑えている。

「櫻真っ! 嬉しい事を言ってくれるのう。もう、愛して止まぬぞ〜〜」

 そう言いながら、桜鬼が櫻真に抱きついてきた。

「お、桜鬼! 人が多いし、落ち着いて、落ち着いてっ!」

 歓喜する桜鬼に慌てふためきながら、何とか落ち着かせる。櫻真から離れた桜鬼はまだ少し物足りなさそうだが、そこは見なかったことにしよう。

 なにせ、紅葉がさっきとは別の赤色に顔を染めて、桜鬼を睨んでいるからだ。

「むふふ、小娘め。妾と櫻真の熱い中に嫉妬しておるの?」

「嫉妬なんてしてへんもん。桜鬼さんも櫻真が困っとるんやから、止めた方がええですよ?」

「分かっておらぬのう。櫻真は困っておるのではなく、照れているだけじゃ」

 クレープを食べ終えた桜鬼が、腰に手を当て、胸を張っている。

 そんな桜鬼に口を戦慄かせる紅葉。

(きっと、これは帰りまで続きはるんやろうなぁ……)

 二人に苦笑を浮かべ、櫻真はふと、ここには居ない蓮条たちの事を考えていた。

 多分、蓮条たちも祭りには来ているだろう。

 祭りに出かける前に、蓮条に連絡を入れたら「行く」と言っていた。

(儚も俺と同じく、奥手やからなぁ……)

 それに魁と鬼兎火のこともある。その二人を気にして儚たちまで気まずくなってないと良いが……。

「櫻真、向こうにあるのはカステラじゃな? まさか、こんな出店で売られる代物になるとは……世の偉人たちも驚くであろうな」

 ルンルンと弾む声で桜鬼が『ベビーカステラ』を売る、出店の方へと歩いていく。

「あっ、ちょっと待って。先に行きはったら……」

 そう言って、紅葉が桜鬼の後に着いて行く。

 すかさず櫻真も二人の後を追うが、それを人の波が遮ってきた。

「しもうた……」

 先に行った二人の姿が完全に見えなくなってしまった。しかし、焦る事はない。

 二人は、ベビーカステラの店に向かっているのだから。そこに向かえば、すぐに合流できるだろう。

 そんな事を櫻真が思っていると、櫻真の背中に誰かがぶつかってきた。

「あっ、すみません」

「あっ、いえ……」

 聞き覚えのある声に櫻真が返事をしながら、後ろを振り返る。

 するとそこに居たのは……

「えっ、祥さん……?」

「えっ、えっ、䰠宮君?」

 白地に華やかな椿柄が映える浴衣を着た、千咲だった。



 儚はレトロモダンな柄の浴衣を着て、蓮条と共に人波を歩いていた。

「儚、大丈夫?」

「えっ、何で?」

 いきなり隣を歩く蓮条から尋ねられ、儚が目を見開く。

「いや、昨日……儚たち大変やったんやろ? あんまり、口も開かんから、疲れとるのかと思うて」

 そう言ってきた蓮条の表情は、儚を気遣うものだった。

 きっと昨日の事を櫻真たちから聞いたのだろう。

 心配してくれはったんや……。

 蓮条の気持ちに嬉しさが込み上げて、胸が温かくなる。

 しかし、そんな蓮条に本当の事は言えない。

 勿論、蓮条が言うように疲れはある。極度の恐怖と緊張。それから今までにない声聞力の使用。この二つが合体して、鉛のように儚の体へとのし掛かっている。

 けれど、それ以上に今の儚を無口にさせているのは……好きな人と二人きりでいる、今の状況にソワソワし、昨日とは別の緊張をしている為だ。

 参加するはずだった瑠璃嬢は、待ち合わせ時刻を間違えたため、遅れてやってくる事になった。

 途中まで一緒だった魁と鬼兎火は、自分に気を利かせた魁が「少し見たいところがある。後で合流しよう」と提案してきたのだ。

 そして、そのまま鬼兎火を連れて別行動をしている。

正直、微妙な空気になった魁と鬼兎火を二人きりにして良いのかとも思った。しかし、待ち合わせ場所で顔を合わせた二人に気まずそうな空気は流れていなかったのだ。

「まぁ、少し疲れはあるけど……休むほどやないから、安心して。それより、何か食べへん?」

 儚がジュージューと音と煙を上げながら、鉄板の上で焼かれるたこ焼きを指差す。

すると、蓮条がニコリと笑みを浮かべて「そやな」と頷いてきた。

 不意打ちは、アカンわ……。キュンとする。

 ただ蓮条は少し笑っただけで、そこに複雑な意味はないというのに……些細な事が嬉しくなってしまう。

「ほな、行こう」

 蓮条がそう言って、右手を儚の方へと差し出してきた。

「えっ?」

「人が多いから、手を繋いだ方がええと思って。あっ、儚が嫌やなかったらやけど」

「全然、嫌やないよっ!」

 むしろ、嬉しいとしか思わない。

 そして、その嬉しい気持ちを抱きながら、儚は恐る恐る蓮条の手を握る。

 自分の緊張が伝わっていないか、手汗など掻いたら……という不安も沸き起こる。けれど、そんな儚を他所に蓮条が儚の手を引っ張って、歩き始める。

 自分の手を握る暖かさに、儚は終始ドキドキとしていた。



 屋台の出ている三つの通りから離れ、鴨川の川辺に来ていた。

「珍しいわね。人の多い所が好きな魁が人気のない所を選ぶなんて」

「まっ、偶にはな。それに俺もお前と話したい事があったからな」

「私に話? 何かあったかしら?」

 鬼兎火がそう言って、首を傾げさせる。

 すると、そんな鬼兎火に魁が真面目な顔で口を開いた。

「鬼兎火、お前なら俺が何を言いたいか分かってるはずだ。だから、下手にはぐらかすのは止してくれ」

真剣な表情の魁に鬼兎火が小さくため息を吐く。そして川面を見ながら、鬼兎火がそっち言葉を紡いできた。

「少し後悔しているわ。あの時の私はどこか弱くて、貴方に弱音を吐いてしまった。だからこそ、貴方が気にしているという事も重々、分かってる。けどね、もう時代は変わって、あの人はいないの」

 鬼兎火が言う「あの人」とは、鬼兎火のかつての主人であり、彼女が思慕を抱いていた相手だ。

 しかし、それは実ることなく終わっているものだ。

「けど、お前はその傷をまだ引きずってるんだろ? 時は随分と流れた。けど俺らからしたら、寝て覚めたくらいの気分でしかないからな。毎度の事でも」

 魁がそう言うと、鬼兎火が微かに眉を寄せる。

「そうだとしても、もうどうする事も出来ないわ。さっきも言ったでしょ? 蔵之介さんは居ないの。それにいたとしても、あの人の気持ちに私が入る隙間はなかった。違う?」

 溢れそうになる感情を押し留めようとしているのは分かった。しかし、その唇は微かに震えている。

 どうして、こんな酷い事を口にしなければいけないのか? どうして、言わせるのか? その怒りと悲しみが言葉の端に現れている。

 しかし、魁もそんな鬼兎火に押され、流される気はなかった。

 このままでは前に進むことも、進ませることも出来なくなってしまう。

「どうする事も出来ないから、見ない振りするのか?」

「見ない振りなんて……するつもりは無いわ」

「じゃあ、どうして話そうとしない?」

「話そうとしないじゃなくて、話すことがないから」

「嘘だな。ずっと蔵之介の一緒にいて、その家族とも一緒にいて、その思い人も見てる。それなのに、思い出話が一つもないわけないだろ?」

 魁がそう言うと、鬼兎火が辛そうな表情で口籠ってきた。

 そんな鬼兎火に魁が話を続ける。

「俺は……鬼兎火に前に進んで欲しいと思ってる。それは、鬼兎火の為を思ってじゃない。俺自身のために言ってる」

 魁の言葉に険しい顔していた鬼兎火が目を見開く。

「魁、それって……」

 心底、驚き呆然とする鬼兎火に、魁が苦笑混じりに肩を竦めさせる。

「とっくに気づかれてると思ったんだけどな……まぁ、仕方ねぇか。俺もどっかしらでテメェの気持ちを隠してる所があったからな」

 苦笑を零した魁が一間を置いてから、真剣な表情に戻り口を開いた。

「俺はお前に惚れてる。昔からな」

 鬼兎火は真っ直ぐに自分の思いを伝えてきた魁から視線を逸らす。その表情は戸惑いで揺れていた。

「……そう。でも、正直私は……」

「そんな暗い顔すんなよ。俺の気持ちに応えてくれ、なんて俺は言わねぇよ。ただ、俺がお前に前に進んで欲しい理由を言っただけだ」

 そう言って、視線を上げた鬼兎火に魁が穏やかな笑みを浮かべる。

「そうね。まだ少し掛かりそうだけど……」

 魁の言葉に鬼兎火がそう答えて、小さく苦笑を零した。



「うむ、参ったのう。櫻真の姿が見当たらぬ」

 つま先で立ち、人混みの中から櫻真の姿を探そうとするが……人が多すぎて櫻真の姿が見つけられない。

 最初は、ベビーカステラの店前に居れば来るだろう、と思っていたのだが……いくら待っても、櫻真が来ないのだ。

 この人混みで身動きが取れていないのかもしれない。

 桜鬼の隣にいる紅葉も、腕に付いている端末を弄っている。

「櫻真と繋がらへん。何でやろう? 通信が混んではるんかな?」

 紅葉の言葉を聞いて、桜鬼は閃いた。

 自分は櫻真や紅葉が持っているような情報端末は持っていない。しかし、櫻真とならば、霊的交感で意識を飛ばす事ができるはずだ。

「小娘、見ておれ。妾がすぐに櫻真の居場所を見つけるぞ」

「えっ、どうやってですか?」

 首を傾げる紅葉に、桜鬼が得意げな笑みを返す。

 そして、目を閉じて意識を集中させた。

『櫻真、櫻真……』

 心中で櫻真へと呼びかける。

 しかし、桜鬼の呼び掛けに櫻真が答える気配はない。

 代わりに……

「桜鬼さん、桜鬼さん」

 眉を寄せた紅葉が声を掛けてきた。

「うむ、なんじゃ?」

「なんじゃ、じゃあらへんよ。目を瞑ったって櫻真の場所が分かるはずないんやから。別の方法を考えましょう」

 少し呆れたという素ぶりで桜鬼を見る紅葉。霊的交感を知らない彼女からすると、桜鬼の行動は的外れの様に見えただろう。

 そして、霊的交感で繋がらないとなれば、別の方法を探すのも一理ある。

「どうやって、探すのかえ?」

 桜鬼が紅葉に尋ねる。

 すると、紅葉がにっこりと得意げな顔を浮かべてきた。

「大丈夫。とっておきの方法があんねん! 桜鬼さんは先に鴨川の方に行きはって下さい」

「妙に自信があるのう? そんなに成功率が高い方法なのかえ?」

桜鬼が紅葉に首を傾げる。

 すると、そんな桜鬼に紅葉がにっこり笑って、

「勿論。任せて下さいっ!」

 と胸を叩いてきた。


 紅葉の言葉を信じ、桜鬼が鴨川の方へと歩いていく。先ほどの通りの様に出店が立ち並んでいないためか、人は少なくなっている。

 桜鬼は辺りを見ながら、口元に笑みを浮かべていた。

 祭りということもあってか、街にいつもとは違う活気があり、心がウキウキとする。

 やはり、祭りというものは、いつの時代も楽しいものだ。

 しかも、今は櫻真と一緒にその祭りを楽しむ事が出来る。

 今は、少し逸れてしまったが……。このカステラを櫻真と一緒に食べるのじゃ。

 気の良い店主に一つ、味見と言って食べさせて貰ったが、それがとても美味しかった。生地はフワフワで、適度な甘みが口いっぱいに広がる。

 昔もカステラを食べたことはあるが、ここまで甘い物ではなかったはずだ。

「冷めぬ内に、櫻真と会えれば良いが……」

 そんな事を桜鬼が思っていると、自分のいる場所の反対側に櫻真らしき人物がいるのを見つけた。

「よ、櫻真っ!」

 見つけた! という嬉しさで桜鬼が櫻真へと手を振る。

 けれど、道の反対側にいる櫻真は情報端末を見ていて桜鬼に気づいている様子はない。

 それに、そんな櫻真の隣には……椿柄の浴衣を着た少女が立っていた。

 確か、あの者は櫻真の学校に居た祥千咲という少女だ。

 櫻真は、端末から目を離し、少女の短い会話をしている。

 その時の櫻真の顔には、やや緊張しているような、ぎこちなさがある。だがそれは決して不快なものではない。

 そして、そんな櫻真に対して少女も仄かに嬉しそうな顔で応えている。

「櫻真……」

 上げていた手を下げ、桜鬼は動揺していた。

 あの顔を知っている。色んな所で見てきた顔だ。そして、何処かで自分もその顔を見た事がある。

 ドクン、ドクン、と心臓が嫌な音を立てている。

「そんな、嘘じゃ……」

 口から溢れた言葉も妙に震えていて、視界が上手く定まらない。

 自分と櫻真は運命……。

 初めて櫻真を見たときに、桜鬼は強くそう思った。

 自分という魂が強く揺さぶられたのだ。あんな気持ちになったのは、この身が従鬼になってから初めての経験で、特別だった。

 しかし特別であったのは、自分だけだったのだと気付かされる。

 さっきまでの賑わいがひどく遠くに感じる。自分だけどこか遠くに連れて行かれたような、そんな孤独感が襲ってきた。

 櫻真が遠い。物理的に遠いだけならまだ耐えられただろう。

 近くにいて欲しい。自分がそう言えばきっと優しい櫻真は居てくれる。

 けれど、それで自分の心が満たされるのか?

 いや満たされない。絶対に満たされることはない。それだけは分かる。

 ならば、どうすれば良いのだろう? 自分はどうすれば良い?

 動揺している頭で考える。考えていると、そんな桜鬼の耳を劈く、大きな音が聞こえてきた。

『京都市中京区からお越しの䰠宮櫻真君、お友達がお呼びです。アナウンスが聞こえましたら、四条通りにある地域ボランティアテントの方までお越しください。繰り返します……』

「櫻真が呼ばれておる……」

 自分にも聞こえたという事は、向い側にいる櫻真にも聞こえたはずだ。

 一瞬、櫻真の方に視線を向けるのを躊躇ったが……一度、一呼吸してから主の方へと顔を向けた。

 すると、そんな桜鬼が見たのは……さっきまでの表情とは打って変わり、青い顔をした櫻真の顔だった。

 何故、名前を呼ばれただけであんなに狼狽えているのだろう?

 そんな疑問と共に、さっきまでの気持ちが少し緩和された気がする。

 きっと、慌てた様子の櫻真の表情が、桜鬼がいつも見ているものだったからだろう。

「櫻真を助けねば。妾は櫻真の従鬼だからのう」

 口元に寂寥混じりの笑みを浮かべて、桜鬼は櫻真の元へ向かって歩き出した。

 祭りの賑わいは、まだまだ続く。

 それを助長するように、桜鬼の腹の虫が小さくなった。

「うむ。櫻真たちと合流したら玉子出汁巻でも食べよう」

 確か、四条通りの所に美味しそうな出し巻き卵が売られていたはずだ。



 櫻真が思ってもいなかったアナウンスに、顔を青ざめさせていた。

 隣にいる千咲も驚いた様子で自分の方を見ているが、掛ける言葉が見つかっていないようだ。

「櫻真、この様な場所にいたのかえ?」

 助け舟かのようにやってきたのは、首を傾げさせる桜鬼だ。

「桜鬼……。紅葉と一緒やったんちゃうの?」

 てっきり二人でいると思っていた為、櫻真が少し驚いて訊ねる。すると、桜鬼が微苦笑を返して来た。

「うむ、実はかくかくしかじかでのう……」

「……なるほどな」

 桜鬼の話で大体の流れは分かった。

 しかし、しかしだ。

「アナウンスせんでもええのに」

 むしろ、桜鬼と共に鴨川の方に来てくれさえすれば、通信も入るようになったのに。

 片手で額を押さえ、深い溜息を吐く。

「それにしても、何故櫻真はここにおるのじゃ?」

「ああ、それはな……隣にいる祥さんが一緒に来てた友達と逸れてしまったらしいんよ。それで一緒に探すってなったんやけど……」

 自分の詰めの甘さに嘆きたくなる。

 あのとき、動き出さす……まず桜鬼たちと合流すれば良かった。けれど、後悔しても遅い。もうすでに紅葉が事を起こしてしまったのだから。

 櫻真は一時期の感情に呑まれると、こんなしっぺ返しが来るのだと、身に染みて感じた。

「䰠宮君、何かごめんね? 元はと言えば私が逸れてしもうた所為なのに……」

「あっ、祥さんは気にせんで。俺も考えなしやったわ。普通に通信が繋がってたら、祥さんも友達と会えてはるやろうし……」

「何故、櫻真たちは斯様な表情をしておるのじゃ? 名前を呼ばれただけであろう?」

 キョトンとした表情の桜鬼に、櫻真が苦笑を浮かべる。

「うーん、そうなんやけど……アレを使われるのって小さい子とかが多いから……」

 自分くらいの年代の人が呼ばれる事は、まず無い状況だと説明した。

 すると、桜鬼もようやく腑に落ちたらしく、手をポンと叩いてきた。

「なるほど。でも、それを駆使して櫻真と会おうとするとは……あの小娘も思い切りがあるのう」

 感心している桜鬼の言葉に頷く事は難しい。

 できれば、こんな所で思い切りの良さを発揮して欲しくはなかったからだ。

 人の波に準じるように、四条通りにあるテントへと向かう。

 するとそこには、係りの人と何かを話す紅葉の姿があった。

「紅葉……ごめん、心配かけてしもうて」

 櫻真が紅葉に声を掛ける。するとすぐに紅葉が櫻真たちの方に視線を向けてきた。

 顔をこちらに向けてきた紅葉は、最初に嬉しそうな顔をして、それから驚き、しょんぼりとしてきた。

「ど、どうかしはったん?」

 表情がコロコロ変わる紅葉に櫻真が首を傾げさせる。

「いや、何でもないから気にせんで……」

「えっ、でも……」

「ええから。ええから。それより、祥さんがどうしてここに?」

紅葉が千咲を見て、疑問符を浮かべる。すると千咲が経緯を説明し始めた。

 とりあえず、紅葉とも合流できたし……ここから早よ、離れよ。

 櫻真がそんな事を考えながら、通りの方に視線を向けると……Tシャツ、七分丈のジーンズパンツを履いた瑠璃嬢がいた。

 手には炭酸飲料を持っている。その奥には儚と蓮条もいた。

 そして、テントの所にいる櫻真に気づいた瑠璃嬢がしれっと一言。

「アナウンスされるとか、恥ずかしくないの?」

 瑠璃嬢からのそんな心無い言葉に、櫻真は絶句するしかなかった。



 京都の街が祭りで賑わっているとき、祝部圭は伏見区の陰陽院に来ていた。

 広さ20畳ほどの有明行灯(ありあけあんどん)で照らされた和室で圭は、一人の男と向き合っていた。

「ようこそ、陰陽院へ。僕たちは君を歓迎するよ」

 真剣な表情の圭の前には、穏やかな笑みを浮かべる紫陽の姿があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポイントを頂けると、とても嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ