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帰還

 一瞬、紅葉たちが消えた時と同じく、赤い光が毘沙門堂界隈を包み込んだ。

 鬼絵巻から漂い始めた邪気を払い終えた所だった。

「櫻真っ!」

 慌てた桜鬼の声が響き、次の瞬間には光は散っていた。

 散った光の代わりに、櫻真たちの前にいたのはポカンとした表情の、儚、紅葉、魁、隆盛の四人だ。

服などは汚れているが、大きな怪我などは見当たらない。

「みんなが無事で良かった……」

「櫻真〜〜」

 櫻真の顔を見て、紅葉が顔を崩して咽び泣きを始めた。

 やはり、鬼絵巻に取り込まれる前に掛けられていた術式は、中で解けたらしい。

「また会えて、ほんまに、ほんまに良かったぁ〜〜。それに、菖蒲さんもおるぅ〜〜」

 櫻真の隣いる菖蒲に気づき、紅葉が菖蒲へと顔を向ける。

 すると、菖蒲がやれやれと言わんばかりに肩を竦め、紅葉へと近づいた。

「どこか痛むところは? あったら言わはってな。応急処置程度にはなるけど、痛みを緩和させる術を掛けたるから」

 しゃがみ込み、菖蒲が紅葉にそう声を掛ける。

「あ、ありがとうございます〜〜。ホンマに菖蒲さんは優しくて、カッコよくて、頼りになりますよね〜〜。もう本当に、本当に……」

 安堵しながら泣く紅葉を勝負がやれやれと言った様子で、落ち着かせている。

 やはり、紅葉にとっても菖蒲は頼れるお兄さんという認識があるのだろう。

(紅葉の事は、菖蒲さんに任せて……)

 櫻真は紅葉たちの方から、こちらへと近づいてくる葵たちの方に視線を向けた。

 葵の隣には何故か瑠璃嬢の姿もある。

 何故、二人が一緒にいるのかは分からないが、とりあえず、桜鬼と共に二人の元へと向かった。

「はーーぁい。櫻ちゃんと菖蒲ちゃんの大活躍の匂いを嗅ぎ付けて、葵姉さんが駆け付けたわよ」

 櫻真が近寄ると、葵がニッコリと笑みを浮かべて、ヒラヒラと手を振ってきた。

「菖蒲と櫻真が一緒とか……どういう事?」

 事の経緯を知らない瑠璃嬢が、訝しげな表情で疑問符を浮かべている。

「ちょっと色々あってな。瑠璃嬢の方こそどうしてここに?」

「アンタと菖蒲の声聞力を感じたから。鬼絵巻が出たのかと思って……。そしたら、姉さんに捕まって、面倒な事に巻き込まれたんだけど」

 瑠璃嬢がそう言って、辟易とした溜息を吐いてきた。

 そして、再び櫻真の顔を見て口を開いてきた。

「ねぇ、アンタは知ってんの? 鬼絵巻が持ってる『危険』について」

「鬼絵巻が持ってる危険?」

 一瞬、瑠璃嬢の質問の意味が分からず、櫻真はポカンとしてしまった。

 しかし、その瞬間、蓮条が言われた言葉を思い出した。

 確か蓮条も鬼絵巻を【危険な物】と言われていた。しかし、それの真意までは分かっていない。

 そのため、櫻真の表情は険しいままだ。

「そんな顔をするって事は……アンタも知らないわけね」

 溜息混じりに瑠璃嬢がそう言って、視線を葵の方へと向ける。しかし少女の先にいる葵はどこ吹く風で視線を合わせようとはしない。

 この顔は、葵は何かを知っているのだろう。

「姉さん、何か知ってはるなら話して欲しいんやけど?」

「ずっと一人で物知り顔されてても、ウザいんだよね? それで優越に浸ってるのか知らないけど……」

「おほほ。勿体ぶってなんていないわよ。ただ、時期早々で話せないってだけで」

「じゃあ、どの時期になれば話しはるん?」

 そう訊ねた櫻真を見ながら、葵が薄い笑みを浮かべてきた。

「それは櫻真次第になるわねぇ。今が丁度いい頃合いだわ、と私が思えばその時に話す。返答はこれで良いかしら?」

「全然、良くあらへんけど……今はええわ」

 今ここで葵に食い下がった所で、得られるものは何もないだろう。

「聞き覚えが良くて姉さんは嬉しいわ。もう感激しすぎて、この場に飴ちゃんを持ってたら、櫻真に贈呈しているところよ」

「姉さんからの飴なんて、いらへんよ。どんな飴か怪し過ぎるし……」

「あら? 私が可愛い可愛い櫻真に毒でも盛るというの? 酷いわ。そんな非情なことを姉さんがするわけないでしょう?」

 いつもの調子に戻った葵を櫻真と瑠璃嬢がげんなりとした表情をする。

 すると、そこへ……

「おい、䰠宮櫻真っ!」

 少し不貞腐れた表情の隆盛が櫻真の方へとやってきた。

 近づいてくる隆盛を見て、後ろにいた桜鬼が警戒するように前へと出てきた。

「別に今から戦う気なんてねぇーよ。ただ……今回は礼を言っとく。ありがとうな」

 そう言い終えると、隆盛が足早にその場を去ろうとした。

 そんな隆盛に葵が一言。

「向こうの木の側に、貴方の大切なお仲間が眠っているわよ?」

「本当か? むしろ、俺の仲間に何したんだよ?」

「何も。ただ眠らせただけよ? それに最初にやってきたのはそっちじゃなくて? 嫌ねぇ、自分のやった事を棚に上げる人」

 やはり自分でも思う所があるのか、葵の言葉に隆盛が口を噤んでいる。

 そんな隆盛を葵が愉快そうに見て、茶化す。

「ほらほら、言い返す言葉がないなら仲間の所へ行きなさい。そうじゃないと、お仲間がヤブ蚊の餌食になっちゃうわよ?」

「うるせーー。お前に言われなくても行くに決まってんだろ。䰠宮櫻真、お前との決着はまた別の時につけるからな」

 こっちをひと睨みしてから、隆盛が櫻真たちの元から走り去っていく。

「あの調子を見る限り、妾たちへ手出しをしてきそうじゃのう。うむ、困ったものじゃ」

「せやな。本当は今回の事で諦めて欲しかったけど……」

 その後ろ姿を見ながら、櫻真は小さく息を零す。

「無理じゃない? アイツ見るからに単純そうだったし。ああいうタイプは、死ぬまで治らないでしょ」

「…………」

「なに? 言いたい事あるんなら言えば?」

「……きっと、瑠璃嬢には言われたくないと思って」

 櫻真が素直に答えると、瑠璃嬢からキッと睨まれた。

(自分が言えって言わはったのに……)

理不尽な睨みに不満を抱く櫻真。しかし、そんな櫻真の意志など気にしていないように、瑠璃嬢が再び口を開いてきた。

「まっ、良いけど。はぁ……鬼絵巻もなさそうだし、疲れた。帰る」

 そう言って、くるっと踵を返し瑠璃嬢が魑衛と共に去っていく。いきなりの方向転換に櫻真はただただ呆然としてしまった。

 絶対、何か言い返してくると思っていただけに、肩透かしを食らった気分だ。

 だが、そんな自分に一つの問題を桜鬼が提示してきた。

「櫻真っ! そうじゃ! 鬼絵巻は? 妾たちが手にしていた鬼絵巻はどうなったかえ?」

 目を見開く桜鬼につられて、櫻真も「あっ!」と声を上げた。

 紅葉たちが戻って来てから、咄嗟にズボンのポケットにしまっていた鬼絵巻を取り出す。

 取り出した鬼絵巻に特別変わった様子はない。

 桜鬼が契約書を取り出し、近づける。けれど、前のように吸収されるという事は起きない。

「どういう事じゃ? 邪気も収まった。中に取り込まれていた者たちも出てきた。それなのに、何故じゃ?」

「まさか、無理矢理……術式で契約書から鬼絵巻を外した所為で、ただの玉石になってしもうたとか?」

「なっ、なっ、それでは残りの鬼絵巻を集めても完成しないということかえ?」

 驚きのあまり口をパクパクとさせる桜鬼。

 この様子からして、今までに無い事態なのだろう。

 しかし、この鬼絵巻は櫻真にとっても様々な思い入れがある。それこそ、ここにはいない蓮条たちの思いもあるはずだ。

「どうすればええんやろう……?」

 指の背を顎に当て、櫻真が眉を顰めさせる。ただの玉石となってしまった鬼絵巻を復活させる方法が分からない。

 隣にいる桜鬼も同じらしく、顔を険しくさせながら唸っている。

 簡単に諦めたくはないけれど、自分よりも鬼絵巻の事を知っている桜鬼がお手上げとなると……気持ちが折れてしまいそうだ。

「櫻真、ちょっとええ?」

 表情を下げていた櫻真に話しかけて来たのは、紅葉と共にやってきた儚だ。

「うん、ええよ。何?」

 櫻真が小首を傾げて、二人を見る。

 すると、儚が横で妙にモジモジとしている紅葉に何か囁き始めた。その態度で二人の距離感が伝わってくる。

 一緒に鬼絵巻に取り込まれ、そこで確かな友情が芽生えたのだろう。

 紅葉のことをよく知っている櫻真からしたら、何ら不思議な光景ではなかった。

 昔から紅葉は、人との距離を詰めるのが上手だ。初対面で年上の儚ともすんなり打ち解けたに違いない。

 そんな紅葉に対して、櫻真は尊敬の念すら抱いてしまう。

 きっと、自分が紅葉のような人間関係を築きたくても上手くはいかないだろう。

「あのな、櫻真。ちょっと、櫻真に渡したい物があって……」

「俺に渡したいもの?」

「そう。その、不思議な所であった男の子に……櫻真に渡してって言われてな」

「俺に? 何やろ?」

「えっと、コレなんやけど……」

 おずおずと紅葉が取り出したのは、蛤ほどの大きさの貝殻だ。

「これは……貝合わせじゃのう」

 紅葉が取り出したものを見て、桜鬼が口を開いた。その声調には、懐かしいものを見たときのものだ。

「へぇ、この綺麗な貝のことを貝合わせって呼びはるんや。でも、これを俺に渡してって言われたん?」

「うん、まぁ……そんな感じやな」

 紅葉が妙に焦せりながら、櫻真に貝合わせを手渡してきた。

(紅葉、どうしたんやろ?)

 落ち着きのない紅葉に疑問を抱きながら、手の中にある貝合わせを見る。するとそこにほんのりと光り始めた。

「えっ……?」

 櫻真が短い声を上げた。その時にはすでに一つの状況が完結していた。

 さっきまで櫻真が持っていた貝合わせが姿を消し、その代わりに別の手に持っていた鬼絵巻が紅い光を放っている。

 それを見た櫻真が咄嗟に桜鬼の方を見る。

 桜鬼もその視線を読んだらしく、そっと契約書を鬼絵巻へと翳した。そしてそのまま鬼絵巻が契約書の中へと溶けるように、消えた。

「……回収、できた」

「……できたのう」

 二人で必死に悩んでいたあの時間はだったのか? そう思ってしまうほどの呆気なさだ。

「えっ、えっ?」

「ちょっと、何が起きたん?」

 状況が分からない紅葉と儚が、櫻真たちとは違う戸惑いの声を上げている。

「紅葉、ありがとう。ホンマに助かったわ。紅葉のおかげで大事な物が取り戻せた」

 満面の笑みを浮かべて、櫻真が紅葉を見る。

 すると、紅葉は顔を真っ赤にしてコクコクと頭を頷かせている。

 儚は何となく察したらしく、口パクで『鬼絵巻?』と訪ねてきた。そんな儚に頷き返し、櫻真は桜鬼と顔を見合わせて、笑みを浮かべた。

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