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少年の答え

 辺りに砂塵がパラパラと雨のように落ちて、近くにあった木々も細かい枝となり地面に散乱していた。

 そしてその中心には、お互いに眉を寄せ睨み合う魑衛と遠夜の姿があった。

 お互い、身体の至る所に創傷が出来ていた。

「中々にしぶとい奴だ。目障りにもほどがある」

「その言葉、そのままそっくり返してやる」

 お互いに剣先を敵に向けたまま、相手の隙を伺う。少しでも、ほんの少しでも相手が動こうものなら、その瞬間に生まれる隙を突く。

 どちらもその勢いだ。

 しかし、それは当事者たちのだけのやり取りであって、見ている者からしたらそうではない。

「ねぇ、もうそろそろ……アンタたちの睨み合いを見るのも飽きたんだけど?」

 怪訝な表情で瑠璃嬢が声を上げた。

 耳には届いているだろう。しかし、魑衛も遠夜も動かない。

「おほほ。瑠璃ちゃんったら完全に無視ね。無視」

「何もしてない姉さんが言わないでくれる? かなり腹立つから。結局、援助も何もしてないし」

「うふふ。援助するタイミングは姉さんが決めるわ。それに今、何もしてないなのは、貴女も同じじゃなくて?」

 目を細めて笑ってきた葵の言葉にカチンと来る。

「はぁ? あたしは魑衛に声聞力を渡してる。それに……動こうと思えば……」

 一旦、言葉を止め持っていた刀の切っ先を明音へと向けた。

 そんな瑠璃嬢の行動に遠夜が微かに反応を示してきた。それを見ながら瑠璃嬢が話を続ける。

「アンタもさ、飽きたでしょ? 後ろで結界を張ってないで……あたしと斬り合わない?」

 酷薄な笑みを浮かべた瑠璃嬢が明音を見る。

 すると、少し表情を強張らせた明音が喉を微かに鳴らしてきた。だが、そんな明音の前に彩香が前に立つ。

「貴女のお相手は、彼女ではなく私です」

 護符を構えた少女は、瑠璃嬢とは異なる強さを潜めた視線を向けてきた。

 ……なるほど、と瑠璃嬢は内心で頷いていた。

 その気持ちを顔には出さず、瑠璃嬢が口を開く。

「アンタたちの目的って何?」

「私たちの目的は……隆盛を、仲間を救出することです」

「仲間を救出? 姉さん、どういう事?」

 まだ今の状況を知っていない瑠璃嬢が横目で葵を見た。

 すると、葵が瑠璃嬢の横に立ってきて、

「説明すると、かくかく、しかじか……面倒なことになってるわけよ。でもね、元はと言えば、あの子たちが私たちの鬼絵巻を奪おうとしたのがいけなくなーい?」

 状況説明をしてきた。

「姉さんの言ってる事が正しいんなら、救出する以前に自業自得じゃない?」

 瑠璃嬢が彩香を見る。すると、彼女が悔しげな表情を浮かべてきた。

「貴方方からするとそう思うでしょう。けど、あんな危険な物を当主決めの『道具』にしている方にも問題があると思います。貴女たちは、アレがどれだけ危険な物か分かってるんですか?」

 厳しい眼差しを自分に向けてきた彩香に、瑠璃嬢が表情を変えずに頷いた。

「まぁ、危険だろうね。この鬼絵巻を巡って、人が争ってるんだから」

「……そういう『危険』もあります。けどもう一つの『危険』の事は? どう考えているのですか?」

「もう一つの危険?」

 訊ねられ、瑠璃嬢は反射的に首を傾げさせていた。

 いきなり現れた少女が示唆する危険とは何だ? 邪気が増える事? けれど、それは鬼絵巻が集まれば治るはずだ。

 つまり、自分たちが知らない危険が存在しているという事だろうか?

「つまり、貴女たちはソレを知らずに……鬼絵巻を集めていたという事ですね」

「そうなるね。じゃあ、教えてよ? アンタ達が知ってる危険を」

「教えれば、貴方方も行動を改めてくれる、という事でしょうか?」

 戦いの場が一気に交渉の場へと移るような錯覚がした。

 瑠璃嬢は彩香の言葉に考える素振りをしながら魑衛の姿を見る。

 自分たちの会話は聞こえていたはずだ。そしてもし、少女が話した『危険』の内容を知っていたら、少なからず顔に出るかもしれない。

 けれど、刀を構えたままの魑衛の様子に変わりはなかった。

 瑠璃嬢が口を開く。

 だが、その瞬間に……瑠璃嬢達の背後で大きな声聞力の気配が波の様に押し寄せてきた。

「向こうで、何か動きがあったようね」

 葵が呟き、そしてやれやれと言わんばかりに息を吐いた。そして葵が一歩前へと出る。

 そして、「ふふっ」と笑みを浮かべて術式を唱え始めた。

 葵の詠唱が始まると、彼女の足元にあった影が伸び、遠夜、明音、彩香の三人をあっという間に影が捕縛してしまった。

 詠唱が終わると、影に飲み込まれた三人が意識を失ったまま地面へと倒れる。

「安心しなさんな。君たちのお仲間はちゃんと連れて帰ってあげるから」

 そう言い残し葵が三人へと柔らかく微笑む。

 葵の表情を見ながら、瑠璃嬢は辟易とした溜息を吐いた。

「悪魔みたい……」




『問三〇、叶わぬ恋に貴方はどういう対応をしますか?』

①下手に追ったりしない。相手の気持ちが落ち着くのを待つ

②何としてでも、自分の方を向いて貰う様にする

③自分の気持ちに蓋をする

④相手のことを嫌いになる。

 地獄の問答は、ついに三〇問目に到達していた。そして、その全ての回答者が隆盛で、正解数は0だ。

 どうせ、今回も隆盛が回答者に選ばれるのだろう。

「ほら、アンタ……ちゃんと考えるんやで? 努力すれば絶対に返ってくるって……ウチのお母さんが言うてたわ」

 疲れて、身体に眠気が襲っている儚が隆盛にそう声をかける。

当の隆盛も「もう、何も考えたくねぇ……」とげんなりとした顔だ。

「そんな弱気にならんといてよ。ここを突破するのはアンタの答えに掛かってはるんやから」

 眠そうに目を擦る紅葉が隆盛の肩を叩く。

 そしてやはり……回答者に選ばれたのは絶望の息を吐く隆盛だ。もう、かれこれ三〇問目の質問をされている彼も、闇雲に答える真似はしない。

 恋愛事に疎いなりに、その情景を必死に考えている様だ。

 これまで色んな問題を出され、その度に撃沈している隆盛は選択肢を見て、唸って考えるを繰り返している。

 今回もそうなるだろう……。

 儚はそう思った。

 まだ誰かを好きになった事がなさそうな隆盛に、『叶わぬ恋』についての質問を答えられるわけがない。むしろ、恋をしている自分でもこの問題は難しいと思う。

 何せ、儚は自分の恋を叶わない恋だと思っていないのだから。

 まだ手応えがなくても、まだ縮まらない距離だとしても、自分の恋が叶わないとは諦めてはいないのだ。

 だから、この選択肢の中でどれが正解なのかも分からない。

 むしろ、正解なんてあるのだろうか? 誰かを大切だと思う気持ちが向かう先は、この四つだけだとは思わない。

 ふと、儚がそんな事を思った瞬間……これでもかと深く考えていた隆盛の感情が爆発した。

「あーー、考えたって無理だ。無理、無理。俺の答えはこの中にはねぇ! 俺は待つのも嫌だ。けど、無理に好きになって貰いたくもねぇし! 蓋するのも、嫌いになるのも、そんなの俺の気持ちじゃねぇ! 俺はそんな安い感情を抱かない! 俺は俺ができる範囲でそいつを幸せにする。だから、叶う、叶わないなんて関係ねぇーんだよ!」

 爆発した隆盛の答えは、選択肢の中にはない。

 けれど、これは紛れもない彼の本音だ。そしてその言葉は儚と紅葉……そして魁の心を打っていた。

 そして、今まで何の変動もなかった鳥居に異変が起きる。

 宙に浮かんでいた選択肢がガラスの様に砕き消え……そのガラスの破片の一つが隆盛の元にゆっくりと落ちてくる。

「もしかして……これが最後の欠けらか?」

 やや疑心暗鬼の表情で隆盛が最後の欠けらを手に取り、儚たちの方へと向いてきた。

 儚たちも狐につままれた顔をする彼の元へと駈け寄る。

 隆盛の手の中にあったのは、儚が持っている破片とよく似ている。

 間違いない。これは儚たちが必死に集めていた最後の一つだ。

「ようやったやん! 凄いわ!」

「ホンマや! 一気に恋愛スキルが上がったんちゃう? 不覚やけど、少しカッコ良かったで?」

「全くだ。まさかあの四択を見て、全部を否定するなんてなぁ。俺も目が覚めたぜ」

 三人からの賛辞に隆盛が照れ臭さそうな表情を浮かべる。

「よし、この欠けらをあの子に見せに行こう。もうこれでゴールは近いな」

 身体を襲う眠気を吹き飛ばす様に、紅葉がハキハキとした声を上げる。そんな声につられて、儚たちも笑顔を浮かべる。

 するとそこへ……

「全部見つけたんだ……」

 会いに行こうとしていた狐面の少年がやってきた。

「うん、見つけたで。まさか、クイズの所でこんなに苦しめられるとは思うてへんかったけど、おかげで集められたわ」

 笑って先程のように、少年の手を握ってブンブンとする紅葉。

 するとその拍子に狐面のお面が取れる。

「あっ……ああっ!」

 二度の驚きが紅葉たちを襲った。

 狐面に隠れていた少年の素顔が……ここにいるはずのない櫻真の顔だったからだ。

 さっきまで普通に手を握っていた紅葉の顔が一気に赤面する。

「よ、櫻真やったんやーー! それなのにあたし……手を握って思い切りブンブンと……嫌やわ。恥ずかしいっ!」

 赤い頬に手を添えて、急に恥ずかしそうにする紅葉。

 さっきあんなに良い言葉を言った隆盛は、そんな紅葉の行動に呆れ混じりの顔を浮かべている。

 まだ、急変する女子の態度には付いていけないらしい。

「よう見とき。あれが恋する女子やから」

 儚がそう言いながら、紅葉の態度に目を瞬かせる少年へと近づく。

 顔は櫻真でも、櫻真本人ではないだろう。少年から自分たちにある生の気配がないのだ。

「何で、櫻真の顔になっとるん?」

 儚が首を傾げると、少年が視線を自分に移動させてきた。

 一瞬、蓮条とそっくりな顔に不覚にもドキリとしてしまう。

なんか、悔しい……

 心中でそう思いながら、儚は少年からの返答を待った。すると少年が再び照れる紅葉の方に向けて、

「俺がこの子の気持ちに反応したから」

 と質問に答えてきた。

 つまり、この少年を具現化さたのは紅葉の恋慕という事だ。

「じゃあ、ウチの気持ちに反応していたら……」

 この少年の顔は蓮条になっていたというわけだ。

「うわっ、自分の気持ちが筒抜けって感じで、かなり恥ずかしいわ……」

 儚が指の背を唇に当て、微かに頬を赤らめる。

 しかし、そんな恥ずかしがる儚たちの事を他所に、櫻真顔の少年が口を開いた。

「とりあえず、君たちが集めた欠片をこの先の本殿に奉納して、とある物を完成させて」

「とある物? この欠片だけあれば完成出来るのか?」

 釘を刺すように隆盛が少年に訊ねる。すると少年が静かに首を頷かせた。

「よしっ。それが分かれば……後はパズルみたいに組み立てれば良いんだな。楽勝、楽勝」

「とか言うて、アンタ、パズルとか出来はるん? 何か不得意そうに見えるけど?」

「舐めんなよ。俺だってパズルの一つや二つ、簡単に出来るんだからな」

 ジト目の儚に隆盛がムッとした表情で言い返してきた。

 そんな二人のやり取りを見ながら、紅葉が櫻真顔の少年の方を向いて口を開いた。

 さっきの言葉でこの子が櫻真本人でない事は分かった。しかし、このままここでさようならしようとは、紅葉には思えなかった。

「なぁ、君もあたしらと一緒に来はる? それとも、やっぱり行きたない?」

 好きな人の顔にドキッとしてしまいながらも、紅葉がそう訊ねる。

 すると少年が小さく口を開いた。

「いい。俺は自分のやるべき事をしただけだからーー」

「そっかぁ……行きたくないのに、来てっていうのも変やもんな……」

 寂しい気もするが、彼の意志を無下にしたいわけじゃない。

 何か、この子にお礼できる物あるかな?

 そう思い、駄目元で紅葉は制服についているポケットに手を突っ込む。基本的に、ポケットの中に物を入れっぱなしにはしない。

 しかし、そんな紅葉の手にツルッとして、固い物が触れた。

 あっ、そういえば……さっきこんなのも拾っとったわ。

 ポケットから取り出したのは、ハマグリ程の大きさの貝殻だ。貝殻の内面には綺麗な昔の絵が描かれており、金箔が貼られた綺麗なものだ。

 丁度、隆盛が風船を取ろうとしているときに、見つけたものだ。

 綺麗だったため、手に取りポケットにしまっておいたのを紅葉はすっかり忘れていた。

でも、偶々拾った奴をあげるっていうのも……微妙かな? 

 それに相手は男の子だ。正直、この貝殻を貰っても嬉しいとは思えない。

「……何か言いたい事があるんだったら、言った方がいい」

 口籠もる紅葉を見て、少年がそう言ってきた。

「実は、お礼に何か渡せたら……って思ったんやけど、今、あたしが持ってるのコレしかなくて」

 しょんぼりとしながら、紅葉がポケットから貝殻を出す。

「これは貝合わせの……」

 貝殻を見た少年が驚いた様子で目を見開いてきた。

 そんなに驚くものやったんやろうか?

 予想外な反応をしてきた彼の様子に紅葉が首を傾げさせる。

「これは、君が持っていて。そして、君が大事だと思う人に渡すんだ。いいね?」

「え、ええけど、何で?」

「俺が持ってても意味がないから」

「紅葉ちゃん、行くよーー」

 少年の言葉に被さる様に、先に歩き始めていた儚が紅葉の事を呼んできた。

「はーい。……それじゃあ、あたしも行くね」

「うん、頑張って。天神様の試練はきっと大変だけど……後ろを振り向かず、前を向いて進めば大丈夫だから。これを忘れたらダメだよ」

「分かった。後ろを振り向いたらあかんねんなぁ……。うん、覚えとくわ」

 最後に紅葉が笑顔を浮かべて、少年に手を振る。

 すると少年が少し寂しげに、そして心配そうに紅葉へと手を振り返してくれた。

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