問いかけ問題
「それから、蓮条に色々と話をして、学校にもちゃんと行くようになってな……段々と無視も無くなって来たんよ。それからかなぁ。蓮条を好きになったのは……」
自分の昔話をするというのは、凄く気恥ずかしい。
そのため儚が照れた様子ではにかむと、紅葉が感動話を聞いた後の様な顔をして頭を頷かせて来た。
こんな感動できる話やったやろうか?
内心で首を傾げさせる儚に、紅葉が口を開く。
「すっごくええ話やわぁ。そうですよね。あたしも友達と喧嘩して、口聞いて貰えなくて、悲しかった事ありますけど……その時って、ちょっとした事が嬉しかったりするんですよね?」
「そうなんよ。大袈裟な言い方になってしまうけど……ヒーロー目の前に現れるって感じやな」
「素敵やわぁ。でも、何でその友達は儚さんを無視し始めたんやろう?」
「あーーそれは……誤解からかなぁ」
「誤解?」
「そっ。何か……ウチがその友達が好きやった男子と付き合っとるみたいな噂が流れとったみたいでな……その噂が発端みたいなんよ。誰がその噂を流したのか未だに分かってへんけど……」
疑問符を浮かべた紅葉に儚が苦笑して答える。
これは、儚が周りの人と前にみたいに話せる様になって聞いた事だ。
「あーー、ありますよねぇ。そういうの。あたしらの周りにもありますよ。むしろ、あたしもありましたよ。儚さんほどにはならなかったんですけどね」
「そうなん? 紅葉ちゃん明るいし、そういう事なさそうやけど……」
辟易とした溜息を零した紅葉に、今度は儚が首を傾げさせた。
「ありますよ。やっぱり、櫻真は……女子から人気なんで……幼馴染で元々仲がええから、女子から反感を買いやすいんですよ」
「そっか。そうやな……あたしらだけが好きって訳やないもんなぁ」
呟きの様にも聞こえる儚の言葉に、紅葉が苦笑して頷いて来た。
「ミーハー心で櫻真を好きになったわけやないけど……人気な人を好きになるのも大変ですよね」
「ホンマやわ。まっ、ウチは学年も違うし、そこに関しては紅葉ちゃんより苦労はしてへんけどね」
紅葉と二人で笑い合う。
すると、そんな儚の目にふと前を歩く魁の姿が入った。
魁も恋をしたりするんやろうか?
そんな疑問が儚の頭の中にパッと浮かび上がった。従鬼とはいえ、魁たちはとても人らしい。むしろ、普段は自分たちとどこが違うのだろう? と思ってしまうほど、差異がない。
価値観すら、儚たちと大差ないのだ。
もし、普通に誰かと恋をしていても可笑しくはない。
なにせ、恋に焦る自分に対して魁はいつも助言をしてくれる。そのアドバイスはいつも儚が納得できるものだ。
もし、魁が誰かを特別に思っていなければ……
自分に適切な言葉を掛けられるはずがない。
とはいえ、儚は魁からそういう色恋沙汰を話されたことはない。いつも彼は儚の話を聞いているだけだ。
ウチって頼りないんかな?
弱気な心でそんな事を思ってしまう。儚にとって魁は信頼する相手だ。もし困っている事があれば、力になりたいとも思う。
と言っても、頼られなければその気持ちは意味ないものになってしまうが。
よし、とりあえず魁に訊いてみよう。まずは、そこからや!
儚が内心でそう意気込んでいると、先を歩いていた隆盛が立ち止まって儚たちの方へと視線を向けてきた。
「次の目的地って、ここで良いんだよな?」
振り向いて来た隆盛の前には、神社の本殿とその前に小さな石の鳥居がある。
儚たちは、これまでに掻き集めた情報からここで、何かの声を聴き、答えると宝……最後の欠けらが見つかる、という所に行き着いていた。
「ウチらの考えが合ってれば、そうやで。ヒントにあった石の門ってこの鳥居の事やと思うし」
そう言って、儚が前にある鳥居を見る。
一見すると、石の鳥居にはとりわけ変わった点はない。
「社の方に行けば、何か変わるんかなぁ?」
儚が首を傾げながら答えると、隆盛が「社な……」と呟いて、鳥居を潜った。
しかし、その瞬間に鳥居を潜ろうとした隆盛が後ろへと押し戻させる。
「どうなってんだ?」
戸惑いの声を上げて隆盛が鳥居の方へと視線を向ける。
「何か、人避けの結界みたいな物が張られとるなぁ」
そっと鳥居の方に手を伸ばし、儚がそこに張られている結界を確認する。確かめた所……そこまで、強い結界という感じはしない。
しかし、今までの流れから考えると、この流れを突破するための方法が何かしらあるはずだ。
「うーん、何かヒントになるような物がどこかに書かれてたりせんかな?」
首を傾げながら、儚が徐に石の鳥居を手で軽く叩いた。
すると石の鳥居がほんのりと光り始め……
『我が質問に答えなさい。女性に対する礼として適切な物を選べ。なお、回答者はこちらで選ぶ者とする。また回答者に答えを教えるのを禁ずる』
神秘的な女性の声が聞こえて来た。
「もしかして、これが最後のらを手に入れるための試練? 何や、今までのより簡単そうやなぁ。少し質問は意味分からんけど……」
「紅葉ちゃんの言う通りやな。適切な物を選べっていうことは、選択肢が出るってことやもんね。本当に質問の意味分からんけど……」
「何だって良いんだよ! ここから出られれば!」
やる気十分という顔の隆盛。するとそんな隆盛の足元が淡く光り始めた。
きっと、回答者として選ばれたということだろう。
鳥居の横には、正解数をカウントする表示板まで出てきて、ここまで来るとテレビの中で見るクイズ番組宛らだ。
『問一、とある男性に恋い焦がれている女性が一人います。彼女は、その男性に話しかけられず、胸を詰まらせています。
さて、貴方は何て言う言葉を掛ける?
①話したきゃ、話せ
②お前に脈はない。諦めろ
③どうした? 悩みがあるなら俺が聞く
④むしろ、俺と話そうぜ
この四つの中から選びなさい。また一つの質問に対して回答は一度までとする』
出された質問を見た儚と紅葉がハイタッチする。
正直、こういう選択肢問題は最終的に二択で迷ってしまう事が多い。けれど、この中で選ぶべきとしたら、③しかないだろう。
そして、回答者である隆盛も自信満々の顔で……
「マジで簡単だな。答えは、①番。話したきゃ、話せだろ!」
堂々と胸を張って答えて来た。
何、言ってんのやろ? この男は?
鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる儚と紅葉。さすがの魁も苦笑も浮かべず、口をあんぐりとさせてしまっている。
話せないから胸を詰まらせているというのに……そんな相手に話せなんて……
普通に考えて、不適切な選択に決まっている。むしろ、①と②なんて見た瞬間に消去する選択肢だ。
そして、当然……石の鳥居も『ブブーーーー』という音を上げて来た。
「はぁーー? 何でだよっ?」
「何でやないっ! ウチはアンタの答えに何でやっ!」
納得いかない顔をした隆盛に、儚が思わずツッコミを入れる。
すると、隆盛が口を尖らせて来た。
「じゃあ、答えは何だっていうんだよ?」
「普通に考えれば、③番が妥当やろ!」
「そんなの分かんねぇーだろ! 本当は、誰かに背中を押して貰いたい奴かもしんねぇーじゃんか!」
「何で、そこだけ変な想像力発揮すんねん!? あのな、こういう答えが色んな形になる奴は、オーソドックスなのが求められるんや!」
「誰が決めたんだよ? それを決めたのもお前だろ!」
「何やてーー? アンタ、絶対に学校の成績悪いやろ!」
視線を交えて、バチバチと火花を散らす儚と隆盛。
だが、そんな二人の戦いを、鳥居から聞こえてくる声によって、阻まれた。
『問二、ある日、家事に疲れた主婦がため息を吐いています。夫である貴方なら何て答える』
問題が出された瞬間、再び隆盛の足元が光る。
「また、俺かよーーっ! てか、何で質問もこんな変なのばっかりなんだよーー?」
嘆く隆盛などお構いなしに、鳥居からの質問が先ほどと同様に浮かび上がる。
①疲れてる? ちゃんと休んでね
②いつもありがとう。たまには俺が家事を変わるよ
③ため息は体に毒だ。気晴らしに外へ出かけよう
④見て見ぬ振りをする
浮かび上がった言葉を見て、隆盛が腕を組み険しい顔で唸り始める。
そんな隆盛に見守る三人が声を掛ける。
「お母さんにしたい事を選べばええねんっ!」
「そや。自分の身に置き換えてみて」
「忠告しとくが、怒らせたら不正解だからな」
三者三様の言葉に、隆盛の混乱が強くなり口から呻き声が出ている。時に瞑目して考え、時に四つの選択肢を凝視している。
そんな隆盛を見て儚たちの胸に不安が宿る。
確かにさっきの問いよりは難易度が上がっているとは思う。
だが、それでも……ちゃんと考えれば答えは導き出せるはずだ。
そうーー、お母さんへの敬意があれば。
しかし、隆盛は「夫」という立場に固執してしまい、柔軟な考えができなくなってしまっている。
「これって、何回か間違えたらアウトとか……そういうルール、あるんかなぁ?」
「どうだろうな? そこら辺の話はまるでなく始まったからな」
「えーーそしたら、最初からやり直しのループに入るとかやないですよね?」
必死に悩む隆盛の姿を見守っている三人の胸に不安が募る。
そして、そんな三人を尻目に……隆盛が彼なりの答えを導き出す。
「決めた! 俺の答えはこれだ! ③番!」
…………。
………………。
……………………ブブーーーー。
「何でだよっ! 気分が落ちた時は外に出るのが一番だろっ! むしろ、この中に正解なんてあんのかよっ!」
二問連続で不正解になった隆盛が不満を爆発させている。
「ウチは②番が正解やと思うで?」
憤慨する隆盛を見ながら、儚がぼそりと呟く。
すると、鳥居の方からピンポーンという小さい音が流れた。
「えっ、もしかして、正解に見做されたんかな?」
期待を込めて、儚が正解数の表示板を見る。だが、そこのカウントは【0】のままで動かない。
「やっぱり、駄目かぁ。そうやな、解答権は一問に一度って言うてたもんなぁ」
期待が泡のように消え、儚はがっくりと頭を落とした。




