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 菖蒲に続いて、櫻真が葵から受け取った鬼絵巻に干渉する術式を詠唱していた。

 その様子を葵が飽きた様子で見ていた。

 全く……どうしてこんなに物語は進まないのかしら? 中弛みも良いところだわ。

 けれど、このダラダラとした時間を超えた先に葵の求めるものがある。

 そこに辿り着くまでの道のりは、決して平坦ではない。

 どこから湧いてくるのか、邪魔者が集まってくるし、今のような予想外な事が起こるからだ。

 しかし、それも物語の余興だと思えば……と目を瞑ってやろう。

 菖蒲は不満だろうが、予期せぬ事態で櫻真が声聞力を使う場面が多くなっている。それはとても良い事だ。

 最初の頃より、櫻ちゃんもやる気を出しているようだし。良き、良き。

 葵が静かにそんな事を思っていると、妙な気配を感受した。

 術式に集中している菖蒲と櫻真は気づいていない。従鬼である桜鬼と魄月花は気づいたようだが……何も告げずに気配の方へは行けないだろう。

 魄月花は辺りに結界を張り始め、桜鬼が刀を取り出して臨戦態勢だ。

「やる気満々なのは良いけれど、あなた達二人が動く必要はないわ。あっ、でも……魄月花は結界を張り続けなさい」

「待て。其方が対処する気なのかえ?」

 鋭い視線のまま桜鬼が葵に訊ねてきた。やはりというか、分かりきっていた事だが、桜鬼は自分に対して疑念を抱いているらしい。

 こちらに近づく輩と手を組んでいるとでも思っているのだろうか?

 ……なんて、滑稽なのかしら?

 そう思いながら、葵は口元から笑みが溢れないように務める。

 ここで笑ってしまったら、疑いを肯定したと思われ兼ねない。

「安心なさいな。私は櫻真にとって素敵な応援人。貴女が危惧しているような事はしないわ。だって、彼らは部外者(モブ)だから」

 怖い顔をする桜鬼に笑みを浮かべて、葵がその場から立ち去った。

 一人になった葵が鼻歌混じりで口を開く。

「モブはモブでも、話を盛り上げるモブは素敵でしょ〜〜♫ だったら、私は会いに行こう。そいつを知り尽くす為に会いに行こう〜〜♪」

 そして歌に誘われ、二つの影が葵の元へと現れた。

「あら、ヤダ素敵。華の女子高生が夜遊びかしら?」

 わざとらしく訊ねてみた。

 すると、そんな葵を現れた少女がナイフの様な鋭い視線を向けてきた。

 どうやら、この間の事を相当根に持っているらしい。

「貴様こそ、よく我が眼前にノコノコと現れたものだ。それとも、自ら首を刎ねられに来たのか?」

 少女と同じく殺気を溢れさせる男が刀の鯉口を切っている。

「いえいえ。私は100歳以上を生きるをモットーに掲げている女よ? そんな(わたくし)の首を取ろうなんて……取れるもんなら取ってみなさいな?」

 笑みを浮かべて、余裕さをアピールしてみた。

 そんな葵の挑発に、魑衛の殺気がより一層強まる。やはり、挑発に乗りやすい性格の様だ。そこは……昔も今も変わらない。

 いや、違う。変わっていないのだから、変わらないのは当然か。

 魑衛からの殺気を受け止めながら、葵はしみじみと思い改める。

 きっとこのまま突っ立ていたら、本当に魑衛は自分の首を掻っ切ってくるだろう。

 容赦も、躊躇いも、憂いも、憐れみもなく。

 しかし、そんな魑衛を瑠璃嬢が制してきた。葵からしたら予想外な行動だった。

「魑衛、動かなくて良いから。姉さんを相手に本気になったって……暖簾に腕押しになるだけ」

「おほほ。瑠璃ちゃんもすっかり牙を抜かれちゃって〜。どういう心情変化?」

「別に。ただ姉さんを相手にしても意味がないって分かっただけ」

「あーっもう。そういう成長は姉さんを寂しくさせるだけなのにっ! もうあおりん、悲しいっ! っていうのは置いといて、丁度良いところに来たわね?」

「丁度良いところ? 最悪のタイミングじゃなくて?」

「まさか、まさか。瑠璃ちゃんたちも何かを感じ取ったからここに来たんじゃなくて?」

 きっと、櫻真と菖蒲の声聞力の気配に気づいてやってきたのだろう。

 それを含ませながら、葵が瑠璃嬢を見る。

 すると、瑠璃嬢が辟易とした溜息を吐いてきた。

「鬼絵巻が出たかもしれない時に、動かない道理はないでしょ? 何故だか櫻真が居る所に高確率で鬼絵巻が現れるし」

「ええ、そうね。でも残念。今回は新種の鬼絵巻が出た訳じゃないわ。元々櫻真が持っていた鬼絵巻が暴走しちゃってるのよ」

 簡単に葵が今の状況を説明すると、瑠璃嬢が眉間に皺を寄せてきた。

「もしかして……その暴走を止めるのを手伝わせようっていう魂胆? もし、そうなら……それに見合った対価は貰うけど?」

「女子高生の分際で強欲なのね? けど、今から瑠璃ちゃんにやって貰う事は、鬼絵巻の暴走を止める事じゃないの」

 葵の言葉に瑠璃嬢が怪訝な表情のまま、首を傾げさせる。

 だが、まさにその瞬間。

 こちらに向かってくる部外者の姿を捉えた。

「瑠璃ちゃん、今の貴女にやって貰いたい事は、あの子たちの足止めよ」

「二人……見た事ある。けど、アイツらを足止めしてあたしに何か得がある?」

「得はないかもねぇ。けど、あの子たちも鬼絵巻を狙っているから……ライバルを潰すって事にはなるわよ。しかも今なら姉さんの援助付き」

 瑠璃嬢に向かって、葵がピースを作る。

 すると少女は胡乱げな表情を浮かべた。どうやら、自分の援助というものを信頼していないらしい。

「まぁ、良いけど。目障りな奴が増えても嫌だし……ここで一気に片付ける」

「あらまっ! 頼もしいっ!」

 現れた少年少女の前に立ち塞がる瑠璃嬢と魑衛。声聞力と共に殺気を放っている。

 そして、それに呼応するかの様に赤髪の少年が瑠璃嬢らを睨みつけた。

「鬼絵巻を持ってないお前らを相手にしてる暇はない。そこを退け」

 少年が威嚇する様に低い声を出してきた。

 しかし、そんな威嚇など瑠璃嬢には無駄な事だ。何を言われようとも、退く気がないのだから。

 瑠璃嬢が黙ったまま、一枚の護符を取り出す。

「呪禁の法の下、汝のその身、我の前に晒せ。急急如律令」

 自身が使用する刀を取り出した瑠璃嬢が、すでに刀を取り出していた魑衛と並び立つ。

 対面する少年が、横にいた少女の顔を見た。すると少女も軽く頷き返す。

 少女が息を吸い、結界を張る術式を唱えてきた。

 そんな少女を見て、少年が言葉を吐き捨てる。

「先に言っておくが、容赦はしない」

 少年が自身の胸に手をかざす。

「我が心牙(しんが)、ここに開牙(かいが)する」

 辺りに眩い光が立ち込めた。そして次の瞬間、少年が赤い大太刀を手に取り、矛先を瑠璃嬢たちに向けてきた。

 そこに纏われている気配は、声聞力ではない。とある因子でもない。

 これは……

 気配を体感した葵が愉快げな表情を浮かべ、魑衛が険しい表情で言葉を唾棄する。

「獣風情が……」




 風船を火男面の少年に渡すと、お礼に割れた陶器の破片の様な物を受け取った。

「きっと、これが天神様に認められる為の欠けら……やな」

 確定というわけではないが、これではない、という証拠もない。

 なら、最初に会った狐お面の子に見せて判断して貰えば良い話だ。

「まずはあの子を探さな、いけんなぁ」

 そう呟きながら、儚はどんどん変わるこの場所の状況に戸惑っていた。それは紅葉や隆盛、魁も同じことを思っているだろう。

 まず、一番変化した事は……最初の時よりも圧倒的に人が増えた事だ。

 皆、共通してお面を被ってはいるが……子供だけではなく、大人の姿もある。

 何故、いきなり増えたのかは分からない。増える兆候などまるでなく、気づいたら増えていたのだ。

 そして、もう一つの変化は……自身の身体に起きている倦怠感と空腹感だ。

 体感として、ここで過ごした時間は一時間ほどだ。それなのに、身体が妙に重く、歩く事でさえ億劫になってきたのだ。

 従鬼である魁には、まだ大きな異変はないらしいが、紅葉や隆盛は自分と同じ感覚だと言っていた。

 動きっぱなしで疲労が溜まってきた、と言われればそうなのかもしれない。

 でも果たしてそれだけの理由なのだろうか?

 座ってしまえば、そのまま寝てしまいそうな……そんな気がする。

 けれど、ここで寝るわけにはいかないのだ。狐面の少年からも寝てはいけない、ここの物を食べてはいけないと言われているのだから。

 儚は両手で頬を軽く叩き、微睡んだ意識を強制的に覚醒させる。

「なぁ、あそこに居はるの、あの子やない?」

 自分を叱咤していた儚の横で、紅葉が露店の奥の方を指差してきた。

 そしてそこには、フリースペースとして置かれた長机、長椅子、大きな和太鼓が置かれたテントなどがある。

 そして、その和太鼓の近くに狐面の少年が立っていた。

 儚たちは早足でその少年の元へと向かう。

「なぁ、欠けらっぽいの持ってきたんやけど……これが、そう?」

 儚が火男面の少年から貰った、陶器の破片のような物を見せる。

「うん、そうだよ。それを後十二個集めるんだ」

 考える間もなく男の子が頷いてきた。

 良かったぁ〜〜。間違ってなくて……。

 それに、これでどんな物を探せば良いのかも分かった。儚を含め一同が胸を撫で降ろしていると、少年が口を開いてきた。

「二つ目も頑張って。きっと……一つ目を手に入れたのと同じ感じで手に入ると思うから」

「ホンマに!? それやったら、さっきみたいに色んな人に話しかければええんやな?」

 紅葉が目を輝かせながら、狐面の少年に話しかける。

 そんな紅葉の言葉に、少年が黙ったまま頷いてきた。

「うん、分かった。教えてくれて、ありがとう」

 紅葉が笑ってお礼を言い、儚たちと共に歩き出す。

 そんな紅葉の背中を見て、狐面の少年がぼそりと呟いてきた。

「お礼なんて要らないのに……」

 しかし、その声が紅葉たちの耳に届くはずがなかった。

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