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不意に芽生える友情

 最初に見た鳥居の所まで戻る。

「風船は……」

 儚が鳥居の近くにある生い茂る木を見て回る。鳥居のすぐそばと言っていたし、木に引っ掛かっているのならすぐに見つかるはずだ。

 そしてそんな儚の予想通りに、鳥居の左脇に黄色い風船が大きな木の上部に引っ掛かっていた。

「あーー、確かに。あの高さにある風船を取るのは無理やね」

 高所にある風船を仰ぎ見ながら、儚が思わず呟く。風船の引っ掛かった木を観察してみると、幹から分かれた枝は少なく、小さい子供でなくても登りにくそうな木だ。

 しかし、そんな木に……

「うぉおおおおっ!」

 という声を張り上げながら、助走を付けてやってくる隆盛の姿があった。

「なんちゅう、無謀なことを……」

 近くにいた紅葉からそんな声が漏れる。

 しかしそんな紅葉の言葉や儚の視線など御構い無しに隆盛が木へと突進していく。

 そして昆虫の様に太い木にへばり付き、隆盛が亀の歩みで上へ上へと登り始めた。

「ガッツやな……」

「地味に登れてはるから、凄いわ」

 必死に木の幹に掴まり頑張る隆盛の姿に、思わず感嘆の声を漏らす儚と紅葉。

 けれど、やはり捕まる場所が無いというのは厳しいらしく、隆盛の体がズルズルと下へと落ちている。

「どないしようかな? この空間やと上手い具合に術は使えへんし……」

 紅葉も木登りに役立ちそうな物がないか、辺りを探してくれている。しかし、ちょっとして戻ってきた紅葉が残念そうに首を振ってきた。

 せめて、もう少し木の枝があれば……

 儚が周りを見ながら頭の中で考えを巡らせていると、顔の横を何かが通り過ぎたのが見えた。

「おい、坊主。これを使え」

 魁が隆盛に助け舟として、取り出した刀を木の幹に向かって投げたのだ。

 そして隆盛の丁度、頭上の辺りに突き刺さった刀を隆盛が見て、次に魁の方を向いた。

「良いのかよ?」

「何がだ?」

「だって、俺はお前らの……」

 きっと『敵』とでも言おうとしたのだろう。しかしその言葉は、近くにいた紅葉を気にして閉じられた。

 いくら猪突猛進な性格の隆盛でも、この場の空気を乱す様な言葉は避けたのだろう。

「言うこと忘れたなら、何も考えずにソレを使えよ。早くここから出るんだろ?」

 一瞬流れた微妙な空気を流す魁の言葉に、隆盛は黙って頷いた。

 魁の刀を杭の様に使い、隆盛が木に引っ掛かった黄色の風船を取ってくる。

「お疲れさんやな。魁の援助は受けたとはいえ」

「うっせーー。最後のは余計だっつーの」

 儚の言葉に隆盛が少し照れ臭そうにする。するとそれを見ていた紅葉がニヤリとした笑みを浮かべた。

「もしかして、住吉君……美人な儚さんに『お疲れ』言われて、ドキッとしたやろ?」

「べ、別にしてねぇーよ。何勝手に意味分かんねぇーこと言ってんだよっ!」

「あーー、焦ってはる! 怪しい〜〜」

「焦ってねぇーし! お前がそうやって茶化すからだろ! 俺はこんな女、全然好みじゃねぇーし!」

 人を勢いよく指指したと思ったら、「こんな女」扱い。

 変に動揺しているからと言って、自分に対して失礼じゃないのか? 

 ムッとした儚がツンとした表情で隆盛に言い返す。

 だがそこで、儚は小さな失敗をしてしまった。

「ウチやて、こんなお子様にドキッとされても何も嬉しくないわ。されるなら、蓮条に……」

 名前を出した瞬間、儚の動きがピタッと停止する。

 胸の内からジワジワと恥ずかしさが溢れ出て、体が熱くなる。ダメだ。今、まともに二人の顔が見られない。蓮条のことを知っている紅葉の事は特に。

 自分でもまさかの失態だ。

 何でこんなどうでもいい話の流れで、自分の思いを口に出してしまったのか?

 数秒前の自分の顔を叩いてやりたいくらいだ。

 自分の隣にいる魁もやれやれと苦笑を零している。

「蓮条って、あの双子の片割れだろ? 何で? いきなりアイツの名前が出てくるんだよ?」

 恋愛事に関心がないのか、鈍いのか、そのどちらともなのか……隆盛は内心で冷や汗を掻いている儚に首を傾げている。

 しかし、隆盛の隣にいる紅葉はそうじゃない。

 こんな異性への観念が低そうなお子様とは違い、紅葉は恋する乙女だ。

 そしてそんな紅葉が視線を宙に彷徨わせる儚の手を力強く握ってきた。

さらに、儚の耳元に顔を近づけて、

「儚さんって蓮条君の事が好きやったんですね?」

 と確認を取ってきた。

 さっきの発言をした後で否定する事はできない。むしろ、それに意味はないだろう。

 儚は諦めて、首を頷かせた。

 これまで、儚は魁以外に自分の気持ちを話した事はない。恋愛事情では色々と苦い思いをした記憶もある。

 だから、何の縁もない他者に自分の気持ちを知られる事に微かな抵抗も感じてしまう。

……高校生が中学生を? とか思われてしもうたかな?

 嫌な想像が儚の頭の中に浮かび上がり、一瞬嫌な過去の記憶が蘇る。

 だがそんな儚に紅葉が安堵した様な笑みを浮かべてきた。

「良かったわぁ。儚さんが櫻真の事を気になってたらどないしよう? と思ってたんですよ。ほら、親戚とはいえ凄く近いわけやなさそうやし……。あーー、でもホンマに良かった! 一緒に頑張りましょうね!」

 包み隠さず自分の心境を吐き出して、紅葉が握った手をブンブンと降ってきた。

 心底、安心しきった紅葉の顔には、前に見た嫌な顔は浮かんでいない。

きっと口に出した言葉が少女にとって、全てなのだろう。

飾り立てばっかり気にするウチとは、違うな……。

 そして、優しい本心を投げてきた紅葉に温かいものを感じる。

「紅葉ちゃん、応援してくれて、ありがとう。何か、凄く嬉しかったわ」

「お礼なんてええですよ。アタシは別に大した事言ってへんですから」

顔の前で手を降って自重する紅葉に、儚が短い笑い声を上げる。

「なぁ、年は違うけど……ウチと友達になってくれる?」

「えっ! ええっ! アタシなんかで良ければ! むしろ、是非っ!」

 驚きながらも頷いてきた紅葉。

 鬼絵巻の中に閉じ込められたのは最悪やったけど、ええ事もあったな。

 そんな事を儚が思っていると、除け者にされていた隆盛が口を開く。

「何の話だが知らねぇーけど、早く風船を返しに行こうぜ」

「はいはい。分かっとるよ」

 急かしてきた隆盛に軽く返事をし、儚は紅葉と共に歩き出した。




 陰陽院に戻って来ていた彩香は、ずっと考えていた。消えてしまった隆盛たちの行方を。

「まさか、こんな事態になるなんて……」

「彩香が気にしする事じゃない。これは予想外な事態で、君の所為じゃないからね」

 表情を落とす彩香を紫陽が慰めてきた。

「でも、どうするの? 隆盛君の居場所はまだ掴めてないんでしょ?」

 どこか抜けた声音で訪ねて来たのは、この計画の首謀者である穂乃果だ。

「はい。隆盛の影を追う術式も使ってみたのですが……無意味でした」

「僕の占術でも隆盛の足取りは掴めなかったよ。それを考えると、隆盛君たちがとても特殊な状況に置かれているのは間違いないね」

 紫陽の言葉を聞きながら、彩香は心が潰れる様な気持ちになっていた。

 隆盛は、最初から陰陽師として優れていたわけじゃない。

 もちろん、才能の種はあったと思うが、それは大切に育てなければ発芽しないものだ。

 そして彼はそれを荒削りではあるが、しっかりと成長させている。

 最初は隆盛の考えなしに彩香も呆れていたが、段々とその気持ちも薄まって行った。

 何故なら、彼が自分なりに努力している事を知ったから。その姿に勇気を貰ってしまったから……。

 彩香は隆盛を信頼している。

 しかし、無鉄砲な隆盛は強くなるために無茶な事をする人物だ。

 今回も、どんな危ない場面に来たとしても無謀とも思える様な行動をするだろう。

 まだ自分が駆けつけられる場所にいるなら良い。駆けつけて何かしらの対処が出来るかもしれないから。

 でも今の状況は……その対処を考える事すら出来ない。

 そんな自分が堪らなくもどかしく、悔しい。

「居場所を突き止めるだけなら、出来るかもしれない」

 臍を噛む様な気持ちでいた彩香に言ってきたのは、リビングへと入ってきた、朔月遠夜だ。

 赤髪と鋭い目つきが特徴の美青年だ。聴覚に優れた彼は別の部屋で、自分たちの話を聞いていたのだろう。

「それは、本当ですか?」

 わらをも掴む気持ちで彩香が訊ね返す。すると遠夜が静かに頷いた。

「どういう方法で探すのか教えて貰える? それとも僕たちには出来ない方法なのかな?」

「お前らには出来ない。俺はただ住吉隆盛の臭いを辿るだけだからな」

 彼の話を聞いて、彩香は納得してしまった。

 彼は陰陽師ではない。端的に言ってしまえば、彼は狼の因子を持った人間……人狼だ。

 と言っても、遠夜は人狼でありながら、暴走した人狼を狩る狩人という立場だ。

普段は彩香たちと同じ様に暮らしているが、暴走する人狼の話があればそれらの討伐に向かっている。

 そんな彼らが今、自分たちと行動しているのは……鬼絵巻の影響を人狼たちに影響しているのかを調査する為だ。

 人狼とはいえ、全員が全員で暴徒化するわけじゃない。

 しかしここ最近、静かに暮らしていた人狼たちが暴徒化する事件が急増したのだ。

 その時期が丁度、鬼絵巻の出現時期と重なっている。そこで狩人組合も鬼絵巻と事件の因果関係を調べる事にしたらしい。

「でも、隆盛君はパッと一瞬で消えちゃったんでしょ? そんな隆盛君の臭いを辿る事って出来るの?」

 穂乃果が遠夜に対して、鋭い質問を投げてきた。

 胸に抱いた期待が一瞬の内に揺らぎ始める。彩香は、そんな不安な気持ちで遠夜を見た。

「出来る。微かだが……アイツの臭いが発生している箇所を見つけた」

 きっぱりと言い切ってくれた遠夜の言葉に、彩香が胸を撫で下す。

 すると、遠夜に続いてリビングへと一人の少女が入ってきた。

「やっぱり、明音さんも一緒に行かれるんですか?」

「うん、行くよ。私は遠夜のパートナーだし、調査の任を受けたのは、私も一緒だから」

 にっこりと笑って返事をしてきた少女は、大貫明音。彼女も遠夜と同じ狩人組合の一人だ。

 ただ、彼女のは人狼ではない。

 人狼の能力を有する遠夜のサポートを専任している子だ。

 少し取っ付き難さのある遠夜と違い、明音は明るく親しみを持てる少女で、彩香ともよく話している。

「じゃあ、明音ちゃんと遠夜君、それと彩香ちゃんで今から隆盛君の救出に向かってもらおう」

「ええーー、また穂乃果はお待ち? 凄い嫌なんですけど?」

 駄々っ子の様に頰を膨らませる穂乃果。そんな穂乃果を紫陽が優しく諭す。

「気持ちは分かるけど、穂乃果ちゃんは僕と一緒にお留守番をしてよう。ここを何者かが監視している気配もあるし。ねっ?」

「不満〜〜。紫陽さんが穂乃果の相手をしてくれるなら、考えなくもないけど?」

不敵な笑みを浮かべた穂乃果に、紫陽が爽やかな笑みで返す。

 この勝敗は、圧倒的な差で紫陽の勝利だろう。

 それが分かったのか、穂乃果が再び不満げな表情を浮かべた。

 だが、そんな穂乃果の事など気にする素ぶりなく、遠夜が足早にリビングから出て行ってしまう。

「あっ、ちょっと! 遠夜!」

「待ってください」

 穂乃果に声を掛ける間もなく、彩香が明音と共に居間を後にする。

 きっと戻ったとき、彼女からブツブツと文句を言われるかもしれない。だが、それは無事に隆盛を助け出してから、思う存分聞く事にしよう。

 そう、隆盛が戻ったら……。

 強い思いを胸に彩香は、遠夜の後を追いかけた。

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