援助する男
時間が少し戻り……。
櫻真は桜鬼と共に地下鉄を使い、山科区に住んでいる菖蒲の元へと向かっていた。
「魄月花は従鬼の中で唯一……鬼絵巻の場所を正確に探知することができる者じゃ。きっと、どこかへ消えた鬼絵巻の気配を追う事も可能ぞ」
「ただ、問題なのは菖蒲さんがそれに協力……してくれるかが問題やな」
櫻真の言葉に桜鬼が渋い表情で頷く。
「今の魄月花がどういう意思を持っているかが分からないからのう……じゃが、今はそれに縋る他ない。先ほど占術でもそれが出ていたのであろう?」
「……うん、出とった。けど……菖蒲さんと俺の占いをした訳やないから、どういう形で菖蒲さんと行動する様になるかまでは分らへん」
櫻真が先ほどした占術は、櫻真と鬼絵巻についての占いだ。
その占いには、見つかりて、知覚する者と共に。という声が聞こえたのだ。
知覚する者とは、きっと菖蒲たちの事のはずだ。
そして鬼絵巻が見つかるという結果が出る前に、童歌聞きし刃を取りて、青紅葉染まりし朱の道を行かん。という内容もある。
この占術結果を考えると、菖蒲と戦う可能性もあるという事だ。
可能性のまま終わってくれれば良い。
そう思うが、これまでの菖蒲の行動を考えると……それが淡い希望にしか思えない。
菖蒲さんは、俺に鬼絵巻を取らせたくないんやもんな……
その理由は今も分かっていないが、明確な事実ではある。暗闇しか映らない車内の窓を見ながら、櫻真が小さくため息を吐く。
すると入り口の上にあるモニター掲示板に、【T07 山科】という文字が表示された。それに合わせて、車内にアナウンスが流れ始める。
櫻真は息を吸って、停車した電車から桜鬼と共にホームへと降りた。
ウダウダ考えるのは、もうここで終わりにしよう。
今の自分がやるべき事は……何とかしてどこかへ消えてしまった紅葉たちを見つける事だ。
そう考え直して、櫻真が地上へ出るとそこに……
「来たか」
しれっとした表情の菖蒲と気さくな笑みを浮かべる魄月花が立っていた。
「えっ?」
「なんとっ!」
自分たちの前に現れた二人に、櫻真と桜鬼が目を瞬かせる。
まさか、向こうから自分たちの元にやって来るとは夢にも思っていなかった。
いやそれよりも、何故菖蒲たちが自分たちを待っているのか? 菖蒲も何かを感じ取って占術でもしていたということだろうか?
頭の中でポップコーンの様に疑問が弾ける。
だが、そんな櫻真たちなど御構い無しに菖蒲が口を開いてきた。
「君らの探し物なら、もう見つけてある。付いて来はって」
「俺らがどうしてここに来たのか、もう菖蒲さんは分かってはるんですか?」
前にも桔梗に同じ事をやられたのを思い出す。
あの時は、桔梗が自分の従鬼で櫻真たちの様子を見ていたと言っていた。しかし、それは桔梗の従鬼である椿鬼だから出来た事だ。
これは後で桜鬼に聞いた話だが、椿鬼は攻撃力が低い代わりに、自分の気配を完全に消すことができるらしい。考えれば考えるほど恐ろしい能力だ。
けれど今はそれよりも、何故……菖蒲が自分たちの事を知っているかだ。
「まぁな。そうやなかったら、櫻真の事を迎えに来たりせんやろ?」
「そうですけど。どうして知ってはるんですか?」
櫻真が質問を連投すると、菖蒲が小さく肩を竦めて口を開いてきた。
「少し、僕の方にも事情があってな……」
そう答えてきた菖蒲は、やや困った様な表情を浮かべてきた。
彼にどんな事情があるのかは分からない。しかし、櫻真に起因するというより、他の人にそれはありそうだ。
「じゃあ、協力しはってくれるんですか?」
「そうなるな。ただ、今回の件の場合……僕らは援助という形しかできん」
「援助? 誰のですか?」
「儚たちのや」
菖蒲の言葉に櫻真が目を見張る。当事者でなかった菖蒲は分かっているのだ。誰が消えて、どこにいるのか。そして何をすべきかも分かっている……。
櫻真は少し視線を下げて、口をぎゅっと硬く結ぶ。
思ってもいない所で、陰陽師としての力量差を感じてしまった。
正直、これまで自分は鬼絵巻が引き起こす不思議な現象に巻き込まれ、余裕なく走っているだけだ。
それなら……変に菖蒲と敵対するのではなく、自分の事情を話して分かって貰えば良いのではないのか?
ふとそんな考えが櫻真の脳裏に浮かぶ。
あかん。完全に弱気になっとる……。
菖蒲の斜め後ろを歩きながら、櫻真が表情を曇らせていると、
「櫻真、どうしたのじゃ? その様な浮かない顔をして」
隣にやってきた桜鬼が小声で顔を覗いてきた。
「あっ、いや……少し気落ちしてしもうて」
「気落ち? 何故じゃ?」
「俺には、菖蒲さんみたいに事態を収束させる力はなくて、いつも誰かに助けてもろうて、自分一人じゃ何もできん。何か、それが今さら情けなくなって……」
櫻真が苦笑を漏らす。だが、そんな櫻真の頭を桜鬼がそっと撫でてきた。
「櫻真の言いたい事はわかるが、一人でも何でも出来る事だけが強さではないぞ? むしろ、一人の強さなど高が知れておる。強さの形は人それぞれ。本来の強さは己の信じるものを、道を、信じれるかじゃ」
「桜鬼……」
「信じる事は難しい。でも、だからこそ、妾には櫻真が、櫻真には妾がおるのじゃろ?」
さも当然の事を言った様に、桜鬼が微笑む。
気負いしていた櫻真の気持ちに光が差した様な気がした。
これから先も、自分は些細な事で落ち込むはずだ。けれど、そんな時にこうして差し伸べられる手が自分にはある。
それは凄く幸運な事だ。
「ありがとう、桜鬼」
素直な気持ちを口にする。そしてそんな櫻真の言葉に、桜鬼はやはり優しい笑みを返してきた。




