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忍び寄る手

 リビングでの一件の後。

 予定通りの時刻に雨宮が家のインターホンを鳴らしてきた。その音に櫻真はビクッと体を震わす。

 ついにこの時が来てしまった。

 内心でもう何度目になるか分からない溜息を吐き、玄関で雨宮を出迎えた。

「よし、今から学校に行くで? きっとこのくらいの時間なら部活も終わっとるやろ?」

 腕についた端末の画面で時計を確認した雨宮がしれっとした表情で、櫻真にそう言ってきた。

「念の為に言うとくけど、祥の事は櫻真がちゃんと誘うんやで? ええな?」

「……分かっとるわ」

 雨宮の釘刺しに櫻真が頷いて、学校へと向かう。

 外は見事な晴天で部活をやるのには持ってこいの陽気だ。

 ああ、学校と家の近さがこんなに恨めしいと思った事はない。

 もし、遠ければこの間に千咲を誘う口実を考えられたかもしれない。あわよくば、雨宮と入念に話し合いをすることも出来ただろう。

 やばい。変に緊張してきた……。

 暑い外気に触れているのに、体は妙に冷えたような感覚だ。その感覚をヒシヒシと味わいながら、黙々と進んでいく。

 頭の中で上手い言葉を探そうとしても、言葉という言葉が出てこない。

「櫻真、緊張しすぎやない?」

「えっ? 何で?」

「家を出てから、ずっと無言やん」

 幼馴染からの鋭い指摘に櫻真は二の句が継げない。そんな自分が凄く情けなくなった。

 しかし落ち込んでいた所で、今から千咲の元へ向かう事には変わりない。

 なら、もう覚悟を決めよう。そう思った方が楽だ。多分……。

「雨宮、何で俺って奥手なんやろう?」

「……そんな事、俺に訊かれても困るわ」

「そやな……」

「俺、思うんやけど、何で櫻真はそんなに自分に自信ないん? 櫻真のおとんみたいに、自信持てばええやん」

「無理、無理。むしろ何で父さんがあんな自信家になったのかも不明やもん」

 でも浅葱くらいに不遜になれたら、こんな苦労はなかっただろう。普通に学校の人気者である千咲相手でも、しれっと祭りに誘っているはずだ。

 しかし、自分と浅葱は違う。

 幾ら親子だとしても、その違いは埋められないものだ。

「俺は、どうして櫻真がそんなに人見知りになったのか知りたいわ。舞台とかもやっとるんやから、人に見られたり、人と関わるのが得意になってもおかしくないやろ?」

「うーん、舞台に立つ時とはまた別種の緊張があんねん。舞台の時は失敗せずにやろうとか、稽古してきた事をやり切れるかっていう緊張やけど……同級生と話す時の緊張とまた違うというか……ほら、舞台の時は俺というより、別の誰かになっとる感じやん? でも学校の時は、俺は俺でしかない、というか……」

「つまり、根本的に自分に自信が無いちゅう事やな」

「そう。自分で言うのもアレやけど、別に俺……面白い話が出来る訳でも、ノリがええ訳でもないから」

「つまりは、陰キャラって事やな」

「そこは、言わんでええよ」

「まぁ、陰キャラでも時には勇気を振り絞らな、あかん時もあるやろ?」

「まさに今……って感じやな」

 溜息交じりに雨宮とそんな会話をしている内に、学校のグランドへと着いてしまった。

 そしてグランド内には片付けを済ませて、部活棟の前で屯ろっているラクロス部の女子部員の姿がある。

「櫻真……覚悟は出来とるな? もう緊張するのはお終いや」

 だが、その言葉が櫻真の緊張を加速させてしまう。

 しかし、そんな櫻真の前に現れたのは……友達と雑談をしている千咲だ。

「櫻真! 今や!」

「えっ、ちょっ、そんな事言わんで!」

「あれ? 䰠宮君と雨宮君? どうして、ここに?」

 櫻真たちに気づいた千咲が目を丸くしてきた。

 驚いた様子の千咲と目が合う。

 あかん! 目が合ってしもうた!! どないしよう? はよ、何か話さんと!

 混乱の渦が櫻真の中で激しく渦巻いている。

 目の前にいる千咲も少し気まずそうに、視線を逸らした状態だ。

「えっと、実は……」

 ようやく櫻真が言葉を振り絞ったが、その声は部活棟からひょっこり顔を出した紅葉によって阻まれてしまった。

「櫻真っ! とそれから直樹もおるーー! 何で?」

 千咲と同じ事を訊ねてきた紅葉に、櫻真の横にいる雨宮がしまったという顔をしている。

 けれど、櫻真には紅葉の言葉に答える余裕はなかった。

 雨宮の表情を見る余裕もなかった。

頭にあったのは、千咲を祭りに誘うことだけだ。

「祭りに誘おうと思うて! 俺と一緒に行かへん!?」

 言った。

 言葉を言い終えた後の櫻真にあった気持ちは、これだけだ。一つの重要なミッションをやり遂げた様な……そんな爽快感がある。

 しかし、その気持ちは刹那の時間で通り過ぎてしまった。

「わざわざ、あたしを誘いに来てくれはったん? 嬉しいわ……」

「えっ、あっ、紅葉?」

「うん、行こう。絶対に行こう。あたし、その日は浴衣を着てくわ!」

 目を輝かせながら嬉しがる紅葉。

 こんな顔をされてしまった後で、千咲を誘った、なんて言うに言えない。

「櫻真のアホ……」

 小声で嘆く雨宮の言葉が櫻真の胸に突き刺さる。

 そして、千咲も何やら妙に納得したような表情を浮かべている。

 これはもう完全に……タイミングを失ってしもうた。

 櫻真が、自分の失敗に頭を真っ白にさせていると、そこで雨宮のフォローが入った。

「祭りといえば、祥は誰かと行きはるん?」

「あっ、うん。今年は部活の子と一緒に行くよ。もしかしたら、祭りの時に会うかもしれへんね」

 笑みを浮かべてそう答えてきた千咲。

 つまりは、このタイミングで櫻真が誘ったとしても……断られていたという事だ。

 ってことは、下手に断られずに済んだって事やな。

 誘えなかった事をそう考えると、何だか気持ちが少しだけ軽くなってくる。それに、千咲が言っている通り、祭りで会えるかもしれない。

 そうや。誘えなかった事を悲しんでるよりも、祭りで会える事を祈っとった方がええな。

 それに……ようやく落ち着いて考えたら、もうすでに桜鬼と祭りに行くと言ってしまっている。

 もし、これで千咲を上手く誘い出せていたら……桜鬼との約束を危うく破ってしまう所だった。

 ダメや。もっと、しっかりせんと。

 気持ちを切り替えた櫻真は、直樹と部活を終えた紅葉と共に学校を後にした。


 

 家に帰った紅葉は、自分の部屋で気分を弾ませながら浴衣を取り出していた。

 まさか、櫻真から誘って貰えるとは思っていなかった。その所為か、自然と口から鼻歌が溢れてしまう。

 勿論、後で櫻真の親戚である桜鬼も来るという事は残念だが、今は櫻真に誘って貰えたという事実が嬉しい。

 それに、親戚は親戚やもんね。

 鼻歌混じりに、鏡の前でクローゼットから取り出した浴衣を合わせる。

 今年は絶対に櫻真を誘う、という決意を込めて新調した。

 色鮮やかな椿柄に黄色の帯というレトロな雰囲気のある浴衣だ。

「これを着て、お姉ちゃんに髪を結って貰わんとなぁ〜〜」

 可愛く結って貰った髪に、可愛い浴衣を着た自分。そして隣には浴衣を着た櫻真。

 想像しただけで、口元が緩んでニヤけてしまう。

 夏休みは、他のライバル達と差をつけるビックチャンスだ。それを逃す訳にはいかない。

「そや。いつもはちょっと空回りしてしまうけど……こういう時くらいビシッと決めへんとなっ!」

 紅葉は早速、同じ市内に住む姉に連絡をした。

 姉である楓は喜んで快諾してくれたため、これで後は当日に備えるのみだ。

「上手いこと行き過ぎて、天罰なんて下らへんよね? 何か心配になってきた……」

 こういう時に、何にも考えずに入られたら幸せだろう。

 しかし、紅葉はふと思ってしまうのだ。

 良いことの後に、悪いことがあると……。

 そんな事を思っていると、タイミング良く一階にいる母親が紅葉の事を呼んできた。

 まさか、もう悪い事が?

 身体をビクッと震わせて、紅葉が恐る恐る下へと向かう。

 階段を降りると、玄関先に見た事ない女の子が立っていて紅葉へと愛想よく手を振ってきた。

 見た目からすると、小悪魔的な可愛さのある女の子だ。年齢も自分より上に見える。

「あの……どなたですか?」

 玄関に立つ少女に紅葉が訊ねる。

 すると首を傾げる紅葉に答えてきたのは……突然、訊ねてきた少女ではなく、母親の方だった。

「もう、紅葉ったら何言うてはるの? この子は親戚の穂乃果ちゃんやろ? 忘れたん?」

「えっ、親戚?」

「そうやで? もう、穂乃果ちゃん、ごめんね。この子、この暑さで呆けてしまったみたいやわぁ。まだ若いのにね……」

「いえ、お構いなく。会ったのも結構昔ですもんね」

「そうやったっけ? ほな、叔母さん、お店の方があるから、後は二人で仲良くね」

「はーい。お店、頑張ってくださいねーー」

 疑問符を浮かべる紅葉を他所に、母親が見知らぬ少女とそんなやり取りをして、お店の方へと戻っていく。

 そんな母親の後ろ姿を見ながら、紅葉は眉を寄せていた。

 どんなに記憶を探っても、「穂乃果」という名前の親戚に身に覚えがない。

 こんな目立つ外見なら、絶対に記憶にあるはずだ。

それにも関わらず、自分の母親はこの子を『親戚』だと言う。

 胸中でおかしいと思いながらも、さっきの母親に嘘を付いている様子もなかった。

 あかん。頭が混乱してきた。

「えーっと、本当に親戚の子なん?」

 口に出した自分でも、可笑しな質問だと思う。

 けれど、今の自分が口にすべきはこの言葉しかないとも思う。

 そして、困惑する紅葉を見て、穂乃果という少女が不敵な笑みを浮かべてきた。

「ううん、違うよ。でもね、今から少しの間だけ、紅葉ちゃんは、私のイ・ト・コね」

 少し甘ったるさのある口調でそう言われた。

 えっ……?

 一瞬の疑問の後、その言葉が紅葉の中に馴染んでいく。

 あれ? 今まで自分は何を言っていたのだろう? 目の前にいるのは東京に住んでいる親戚の鳴海穂乃果だ。

 自分たちより2歳年上で、凄く可愛い女の子。

「ふふっ。久しぶりに会ったばかりで悪いんだけど……紅葉ちゃんに頼み事をしてもいいかな?」

「頼み事? どんな?」

 宙に浮いているような、フワッとした感覚のまま紅葉が穂乃果に首を傾げさせる。

「安心して。凄く簡単な事だから……」

 そう言って、穂乃果が紅葉に頼み事を話し始める。

 紅葉は、それをただ黙々と聞いていた。

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