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配慮のない朝

 次の日の朝。

 仰向けで寝ていた櫻真の顔を、横に寝ていた桜鬼が目を見開いて覗き込んできた。

「これは驚きじゃ! 櫻真が妾よりも先に起きておる!」

「まぁ、偶にはなぁ……」

 乾いた笑い声を漏らして答える。

 しかし、実際の所は祥を祭りに誘うというミッションの事を考えて、あんまり寝られなかったという方が正しい。

 しかも、徹夜したというのに一つも良い案が浮かんでいない。

 いや、むしろ昨日の儚のように「一緒に行かへん?」とシンプルに言うだけで良いような気がする。というか、絶対にその方が良い。

 残る問題はその言葉を、祥を前にして言い出せるか? という問題だ。

 学校では席が隣だったとはいえ、未だ祭りに誘える程、気さくな関係でもない。休み時間になれば、櫻真は雨宮や紅葉、坂口といった、何時ものメンバーと話してしまうし、祥も仲の良い男女と話してしまうのだ。

 正直、雨宮たちに背中を押された所で誘える気がしない。

「朝起き立てだというのに……櫻真は何をそんなに唸っておるのじゃ?」

 飼い慣らされた猫のように、櫻真に抱きつきながら顔をスリスリしてくる桜鬼。

 初めの内はかなり動揺していたが、今ではすっかり慣れてしまった。

「あっ、いや……ちょっとな」

「むっ! 何か嫌な事でもあるのかえ? 妾に出来る事があれば何でもするぞ?」

「おおきに。でも、何もしなくてもええよ。桜鬼の気持ちは素直に有難いけど……」

「そうか……。少しでも櫻真の役に立ちたいと思ったのじゃが……」

 むくりと起き上がり、しょんぼりとする桜鬼に櫻真が柔らかく笑みを浮かべる。

 自分の為にここまで尽力してくれる桜鬼には、感謝の気持ちで一杯だ。

 しかし、千咲を祭りに誘う事まで桜鬼の助けを得るわけには行かない。

「桜鬼が俺の為に、何かをしようと思ってくれただけで十分や。せっかく早めに起きれたんやし、朝ご飯を用意してもろう」

 気分を変えるように櫻真はベッドから起き上がった。

 桜鬼もそんな櫻真に答えるように、頷いてきてくれている。

 そんな桜鬼と共に、櫻真がダイニングに行くと……

「櫻真にしては早いやん? なんか予定でもあったん?」

「櫻真ん家の朝ご飯、めっちゃ美味しいなぁ」

 もう先に食べていた様子の蓮条と儚が横並びに座っており、前には鬼兎火と魁の姿がある。

 結構、早く起きられたと思うたんやけどなぁ……。

 上には上がいるという事だろう。

「予定はあるにはあるけど……二人とも早いなぁ」

「そんな事ないで? 何時もの櫻真が遅すぎるだけや」

「まぁ、ウチの場合は、たまたま早く目が覚めたってだけやけど……」

 蓮条の言い分は、何となく予想できた。儚の言い分は、予想はしてなかったが、何となく理解できた。

 よく見れば、儚の表情が少しだけ疲れている様にも見える。

 もしかしたら、儚も自分と似た理由で眠れなかったのかもしれない。

 勿論、櫻真と儚の気持ちには微妙に違うものだ。儚はウキウキ、ドキドキと感情が昂ぶって眠れなかったのだろう。

「蓮条たちは、今日は何か予定入ってはるん?」

「今日は儚が神社とかを見たいらしいから、それに付き合うねん」

「ああ、そうなんやなぁ」

 櫻真の中でさっきの予想が確信に変わる。

 つまり、儚は昨日の内に蓮条とのデートを漕ぎ着けていたらしい。

 儚、どうやって蓮条を誘ったんやろ?

 きっと儚なりに勇気を振り絞って誘ったに違いない。

 俺も儚を見習わないといけんなぁ。

 そんな事を思いながら櫻真も用意された朝ご飯を食べ始める。用意された朝ご飯は、夏の朝にピッタリな冷やし茶粥だ。

 あとは桜子が漬けた浅漬けと、小さい焼き餅と練り物が入ったお吸い物だ。

「やっぱ、暑い時は冷やし茶粥やな。サラッと食べれてええわ」

「うむ。そうじゃな。やはり……桜子の料理は美味しいのう」

 桜子の料理を気に入っている桜鬼が満足気な笑みを浮かべている。

「桜鬼と主は、どんな時でも一緒なのか?」

 そう聞いてきたのは、先にご飯を食べ終えていた魁だ。

「当然じゃ。妾が櫻真と離れる訳なかろう? 魁、其方は違うのかえ?」

「四六時中って訳じゃないな。この時代は前と違って闇討ちもなさそうだしな。鬼兎火はどうなんだ?」

「そうね……きっと、今の桜鬼程じゃないわ。桜鬼は寝る時も櫻真君にべったりみたいだから……。櫻真君も大変ね」

 やや呆れた様子で溜息を吐く鬼兎火に、桜鬼が頰を膨らませる。

 そんな二人を見て、

「昔とは真逆だな……」

 魁が微かに含みのある様子で呟く。

 すると鬼兎火が表情を曇らせて、厳しい口調で口を開いた。

「魁にしては……親身に欠ける言動ね」

 鋭い語気を纏った鬼兎火の言葉に、魁が肩を軽く上下させている。滅多な事では怒らない印象の彼女にしては珍しい。

 櫻真が蓮条の方を見る。すると蓮条も驚いた様子で目を丸くさせていた。魁の主である儚は、鬼兎火と魁を交互に見て、戸惑っている。

 桜鬼は……自分たちの様に驚いてはいないものの、何やら微妙な表情を浮かべている。

「……なるほどな。つまり、お前からするとあの事は未だ生傷って訳だ」

 納得した上で、魁が鬼兎火を見る。そしてその視線の中に怒りはなく、別の物が含まれている。しかし、櫻真たちにそれが何なのかはまるで分からない。

 先に目を逸らしたのは、鬼兎火の方だった。

「蓮条、ごめんなさい。私……少し席を外すわね」

 鬼兎火がそう言って、足早に席を離れて行ってしまった。

「鬼兎火……?」

 部屋を出て行った鬼兎火を見て、蓮条が心配そうに眉を寄せる。

 そして、すぐさま魁の方へと向き直った。

「何で、鬼兎火が傷つく様な事を言わはったん?」

「別に、傷つけるつもりはない。ただ……生傷をそのままにしとくと、腐っちまうだろ?」

「傷つけるつもりなくても、鬼兎火が傷ついたのは確かやろ? 俺からしたら、さっきの答えで納得できへんわ」

 怒る蓮条に魁は表情を崩さない。

「……魁も何か考えあって何やろ?」

 困惑した様子でそう訊ねたのは主である儚だ。

「鬼兎火の主を不快な気分にさせた事は謝る。けど、鬼兎火に対して俺が謝る事はない」

 きっぱりと言い切る魁に、物言いたげな表情で蓮条が唇を噛む。

 そんな蓮条に口を挟んだのは、様子を黙って見ていた桜鬼だ。

「蓮条の気持ちも分かるが……ここは落ち着くべきではないのかえ? 正直、先に意識を尖らせたのは鬼兎火でもある。無論、鬼兎火がこうなる事も予想の範疇にあったとは思うが……。そうであろう?」

 桜鬼の最後の言葉は魁に向けられていた。

「予想はしてたが、内心では五分五分と甘い見立てにはなってたな」

「希望を入れてそうなったという事か?」

「その通りだ」

 思案顔のまま魁が頷くと、「外の空気でも吸ってくる」と言って、席を立ち上がってしまった。

 鬼兎火に続き魁も席を外したことで、ダイニングに張り詰めていた空気が少しだけ緩和する。

「桜鬼、どういう事なん?」

 櫻真が桜鬼に顔を向けて訊ねると、桜鬼が困り顔を浮かべてきた。

「うむ。櫻真たちの疑問にすぐに答えたいが……これは感情の混み入りでのう。妾が手前勝手に口にする事は出来ぬのじゃ。すまぬのう」

「桜鬼がそんな顔をせんでもええよ。俺も言い難いこと訊いてごめんな」

 申し訳なさそうにする桜鬼に、櫻真が首を横へと振る。

 桜鬼が答え難いというのなら、それを無理に聞き出すわけにもいかない。

「昔、何かあったんやな。鬼兎火にとって凄く重要な事が」

 確かめるように訊ねたのは、蓮条だ。

「あった。でも、鬼兎火にとってそれが『昔』にあたるかは……今の様子を見ると微妙じゃがのう」

「……そっか。何か俺に出来る事あればええけど」

「大丈夫じゃ。蓮条のその気持ちは鬼兎火にきっと伝わっておるぞ」

「俺も、そう思うわ。きっと今は普通にしてるのが一番や」

桜鬼に続いて櫻真がそう声を掛ける。

「そやな。そうするわ」

 すると、顔が少し強張っていた蓮条の顔が少しだけ緩む。

 ようやく胸を撫で下ろした櫻真たちの一方で、儚が顔を下に向けて小さく溜息を吐いていた。

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