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厄介な夏の課題

 自分の家へと戻った櫻真たちは、リビングに集まっていた。

 桜鬼たち従鬼には、念のため辺りに隆盛たちの仲間が潜んでいないか見に行って貰っている。

 そして、リビングに入るとそこには……眉を顰めた瑠璃嬢と魑衛の姿があった。


 二人の前には、桜子か女中さんが用意したらしき飲み物が置かれている。

 どうやら、櫻真たちが来る少し前に家に訪ねて来ていたようだ。


「何で、アンタがここにおるの?」


「用があったからに決まってるでしょ? 分かり切ってる事を訊かないでくれる?」


「むかぁ。この偉そうな態度……めっちゃ腹立つ!」


 瑠璃嬢と相性が悪そうな儚が瑠璃嬢を睨む。しかし、そんな儚に対して瑠璃嬢も厳しい視線を送っている。隣にいる魑衛は真顔のまま視線を儚に向けているだけだ。


「アンタ、あたしから鬼絵巻を横取りした事……忘れた訳じゃないないでしょうね?」


「あたしからって、元々鬼絵巻はアンタの物やないやん。つまり、ウチは卑怯な事してへんもんっ!」


「じゃあ、あたしがアンタからぶん捕っても……文句はないって事で」


「奪えるもんやったら、奪ってみ? 魁とそちらさんの従鬼の相性が悪いのは知っとるんやで?」


「それって……遠距離にいた場合でしょ? 今ここで戦ったら、あたしの圧勝だから。アンタ見るからに弱そうだし」


 火に油を注ぐように、瑠璃嬢が儚を挑発する。

 だがそんな衝突を回避するように、櫻真が先手を打つ。


「ここで、喧嘩しはるのはやめてな? 正直、困るし。今は、東京から来た陰陽師の事を話すのが先やから」


「東京から? 多分、あたしの所にも来たよ。目つきの悪い男と女の二人組」


「目つきの悪い?」


 訝しげな表情を浮かべたのは、蓮条だ。


 櫻真も同じ気持ちだった。きっと、未だに少しムッとした表情をしている儚も同じだろう。

 男と女の二人組と聞いて、櫻真たちが思い浮かべるのは隆盛と彩香だろう。

 しかし、隆盛は瑠璃嬢が口にした目つきはしていない。


「そう。名前は確か……」


「男の名は朔月遠夜(さくげつとおや)。女の名は大貫明音(おおぬきあかね)。二名とも陰陽師ではなさそうだったが、特殊な能力を有しているのは確かだ。因みに男の方は、私の瑠璃嬢に不敬な態度を取って来た。そのため、次に顔を合わせたら切り捨てる」


「いや、顔合わせて切り捨てたらアカンよ。江戸時代やないんやから」


「しかも、ナチュラルに『私の』とか付けないでくれる? キモいから」


 櫻真と瑠璃嬢が魑衛にそんなツッコミを入れる。

 しかし、魑衛は二人の言葉をまるで気にしていない。


「はぁ。本当に頭痛くなるわ……」


 愚痴を零す瑠璃嬢に櫻真は苦笑するしかない。


「それにしても、その二人が持ってる特殊の力って何やろ?」


 櫻真が話を戻すように、首を傾げさせる。

 すると魑衛が少しだけ眉を潜めて、口を開いて来た。


「さすがに奴らも自分の手を明かす事はしなかったが、雰囲気的には邪気……に近い感じがしていた」


「邪気に近いって事は、妖力的な方面なんかな? むしろ、その人たちもあの子たちと関係があるのかも謎やなぁ」


 タイミング的に考えれば、関係があるのだと思う。

 しかし、陰陽院という組織が陰陽師以外の力を使うのだろうか? 櫻真の中で謎が深まっていく。


「とりあえず、一緒くたに考えたとく? 瑠璃嬢の所に現れたって事は、そいつらの狙いも鬼絵巻やろ?」


 悩む櫻真に蓮条がそう答えながら、瑠璃嬢の方へと視線を向ける。


「多分ね。鬼絵巻を集めるのは止せ、とか何とか言ってきたから。まぁ、聞き流してたから、よく覚えてないけど」


「それじゃあ、全く意味ないやんっ! 普通に考えてそこは注意して訊く所やろ」


 儚が呆れ返った顔で瑠璃嬢を見る。


「普通ってアンタの常識でしょ? 訊くか訊かないかはあたしが決めるから。むしろ、アンタだって、何も知らないでしょ?」


「残念。アンタよりは知っとるわ。元はと言えば、それを話にここに来たんやもん。まぁ、他の理由もあるって言えばあるけど……」


「他の理由?」


「べ、別にアンタには関係ないやろ! とりあず、ウチの所にやってきた陰陽師の女の話を始めるから」


 瑠璃嬢の言及から逃げ、儚がわざとらしい咳払いをしてから話し始めた。


「あの子たちが所属する陰陽院は、どうやら芦屋家の息が強いらしいわ。ウチの所に来た奴もそこの血筋みたいで……狡い術式を組んどったよ」


「狡い術式って、呪縛術系とか?」


 瑠璃嬢が前に置かれた飲み物を飲みながら儚を見ている。

 すると、儚はゆっくりと頷いた。


「まぁ、簡単に言うとそっち系やな。他者を洗脳する術式が得意みたい。勿論、誰でも操れるわけでもないみたいやけどな」


「他者をあえて使うって事は、自身の力はそうでもないのかもね」


「さっき戦った時はそんな感じに見えたけど、ホンマの強さは分からん」


 儚が軽く肩を竦めていると、そこへ家界隈の見回りをしてくれていた桜鬼たちがリビングへと戻ってきた。


「やはり、魑衛たちが来ておったのじゃのう」


 気配で魑衛たちの在宅を分かっていた様子の桜鬼が声を掛ける。

 だが、そんな桜鬼には目もくれず、桜鬼の横に来た魁を睨みつける。


「結構、根に持たれてんだな?」


「当然だ。貴様が持っている鬼絵巻は本来……我々が手にしていたものだからな」


「それは間違いじゃ。あれは、妾と櫻真の手元にあったものじゃ」


「はぁ……魑衛と桜鬼のその自信には感服させられそうだな。だが、気をつけろよ? その慢心さが周りを見えなくするからな。この前みたいに」


 魑衛と桜鬼が魁の言葉に眉を寄せる。

 痛い所を突かれた様子だ。

 そんな空気を変えようと、櫻真が話を東京から来た隆盛たちへと戻そうとした。

 そんな時……。


 ピィーーーー、ヒュルル。


 北の天満宮で聞いた祭囃子の音が櫻真の耳に届く。


「笛の音……?」


 思わず櫻真が呟く。


「笛の音? あーー、そういえば、もうすぐ祭りやったっけ?」


 櫻真の呟きに蓮条が首を傾げさせる。すると、そんな蓮条の言葉に儚が逸早く反応を示してきた。


「そうや! もうすぐ京都ででっかい祭りがあるやんっ! なぁ、蓮条は誰かと行く約束とかしとるん?」


「いいや。最初、クラスの奴と一緒に行くって話も出たんやけど……彼女と行くとかいう奴もおって、そのまま流れてしもうたんよ」


 蓮条がそう答えると、儚の表情がパァッと明るくなる。


「なら、一緒に行かへん? ウチ、小さい頃に行ったきりで、行きたいと思うとったんよ?」


「俺は別にええよ。そしたら……櫻真と瑠璃嬢はどうする?」


 蓮条が自分の方へ向いてきた時、まさか、と思った。けれど、ありえなくはない話だ。

 儚は親戚で、いわば身内の人間だ。

 そして身内で行くならば、同じ身内の櫻真と瑠璃嬢に声は掛かるだろう。


 しかし…………


 儚の気持ちを何となく分かってしまっている櫻真からすると、非常に頷き難い。きっと儚も望んでいないはずだ。


 勿論、櫻真の中で蓮条と夏祭りに行きたい気持ちは少しある。

 兄弟で色んな物を折半しながら買ったり、遊んだり、そういうふうに遊びたい。

 きっと、自分がもう少し幼かったら、この気持ちをぶつけていたかもしれない。


 でも、今の櫻真からすると儚の気持ちも分かる。理解できる。

 だから、

「いや、俺はその……桜鬼と紅葉も誘うかと思って……」

 櫻真が蓮条に断りを入れる。


 せっかく誘ってくれた蓮条には、申し訳ない気持ちにはなるが仕方ない。

 だが、視線の先にいた蓮条の顔は納得した顔を浮かべている。


 何故だろう?


「蓮条……?」


 双子の片割れの真意を確かめようと、櫻真が首を傾げさせる。

 しかし、その言葉は自身の通信端末の音で掻き消された。


 櫻真が反射的に端末の画面を見る。

 するとそこに、【雨宮直樹】の文字とメッセージの文字が表示されていた。


 メッセージ? 何やろ?


雨宮から届いた連絡を開くと、『明日、一緒に祥の事を祭りに誘いに行くで』という内容が届いていた。

 櫻真が思わず我が目を疑う。


「えっ、えっ、えっ?」


 他の人たちがいるのにも関わらず、櫻真の口からそんな言葉が溢れ出る。

 一瞬で全ての事が吹き飛んだ。


「櫻真、どうかしたん?」


 蓮条が首を傾げて訪ねてくる。

 けれど、今の櫻真にそんな余裕はない。話がいきなり過ぎる。何がどんな風になったら、こういう事になるのだろう?


 櫻真がすぐさま、雨宮に返事を返す。


『何で? いきなり過ぎやろ!』


 友人へと返信している間に、

「さっきの返答だけど、気が向いたら連絡する」

「分かった。なら昼ぐらいまでに連絡して」

「えっ、ホンマに? 別に無理して来なくてもええよ?」

 瑠璃嬢、蓮条、儚の会話が続けられている。


 しかし、そんな会話にまで櫻真の頭は回らない。まさか雨宮がこんな事を言いだしてくるとは思いも寄らなかった。

 櫻真が返信した後、雨宮からすぐに返信が来た。


『今、行かんでいつ行きはるん?』


「……」


 ダメや。正論すぎて反論が出来へん。


 静かな敗北宣言を心の内でしていると……再び端末が鳴った。


『明日、昼前に櫻真の家に行くから、ちゃんとした誘い文句を考えとくんやで?』


 もはやこれは……誘いなどという生温いものではなく強制に近い。


 きっと、これは奥手な自分を見越しての行動なのだろう。

 幾ら人の気持ちに疎いと言われている櫻真にだって、このくらいの事は分かる。


これは、流石に断れへんな……。


『分かった。その時、連絡して』


 観念した櫻真が雨宮にそう返して、小さく溜息を吐いた。

 学校から出された夏休みの宿題よりも、厄介な課題を出された気分で。


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