自分が目指す正義の在り方
点門を抜けた隆盛たちは、京都市伏見区にある陰陽院へと戻ってきていた。
寮といっても、外見は大きく豪華な木造建ての一軒宿に離れと庭がある趣ある建物だ。
もしかしたら、元々旅館か昔貴族の迎賓館として使われていたのかもしれない。
「穂乃果が変に入って来なかったら、あのまま鬼降ろしで勝てたんだ」
「本当にぃ? 隆盛君って勢いだけの時あるよね? 百瀬ちゃんもそう思わない?」
「鳴海さんの言ってる事は、分かります。けど……隆盛も頼りになる時はなるんですよ?」
穂乃果に弁明してから、彩香が隆盛の顔を見てきた。
「おう! 彩香の言う通り。俺は言った事は必ずやる男なんだよ!」
腕を組んで隆盛が得意げな顔で胸を張る。
するとそんな隆盛に穂乃果が白けた視線を向けてきた。
「ふーん。じゃあ、あんまり期待せずに見守ってるね? ほら、穂乃果ちゃんは、百瀬ちゃんと違って隆盛君ラブってわけじゃないから」
「なっ! 私は別に隆盛の事をそんな風に見ていませんっ! 彼の事は昔から知っているし、ずっと一緒に鍛錬をしてたからっ!」
「うん、じゃあそう言う事にしておくね〜」
あはは、と無邪気な笑い声を上げてきた穂乃果が寮の中に入っていく。
「もうっ! 鳴海さんはすぐに……恋とかそう言うのに繋げるんですから。隆盛もか、勘違いしないで下さいね」
妙にムキになる彩香から睨まれ、隆盛は降参ポーズを取る。
「言われなくても、分かってるって。何でそんなに過剰反応してんだよ?」
「過剰反応なんて、してませんっ!」
彩香が隆盛の足を思いっきり、踏んできた。
その痛みに隆盛が悶絶する。足がジンジンと熱を持ち、かなり痛い。
「この、怪力女〜〜!」
涙目で隆盛が彩香を見るが、彼女はもう既に視線の先にはいなかった。
どうやら、彼女は既に寮の中へと入ってしまったらしい。
仕方なく、隆盛は怒りを溜息に変えて、寮の中へと入った。
隆盛がリビングの中に入ると、二つのソファに彩香と穂乃果が一人ずつ座っていた。
彩香はこちらを睨み、穂乃果は足を伸ばしてソファを占拠している。
つまり、隆盛の座る場所がないという事だ。
男は……辛い。
それに比べて、䰠宮櫻真は……周りの女子から扱いが良かった気がする。
昨日、初めて会ったため断言はできないが、きっと今の自分のような不遇は受けていないはずだ。むしろ、あの容姿から女子に騒がれているに違いない。
まっ、別に羨ましいとかじゃねぇーけど。
今の隆盛にとって、一番大事なのは陰陽師としての強さだ。
幼い頃から隆盛は、テレビなどで見た「正義のヒーロー」に憧れていた。
困っている人を助け、悪い奴を倒すヒーローに。
テレビの真似事で蹴りの練習をしたり、決めポーズの練習したりもした。
しかし、大きくなればなるほど、それが全く意味のない事だと理解もしてきた。世間を知れば、自分が憧れたヒーローの様な事をできる者たちが他にいる。
残念ながら、自分はその枠から溢れてしまっていた。
けれど、隆盛は自分の夢である「正義の味方になる」事を諦めたわけじゃなかった。
自分の中にあるこの熱を諦め切れるはずもない。
そして、そんな胸中の燻りを抱えている中、とある小さな事件が起きたのだ。
あれは、小学校に上がりたての頃。今みたいに暑い時だった。
夏休みに入り、家の近くにある雑木林に遊びに行った時の事だ。
家が目の前で、しかも真っ昼間という事もあり、子供達だけで雑木林を散策していた。
踏み倒されていない草木は、小学生である隆盛たちの首元辺りまで伸びていて、当初の隆盛達からすると、アドベンチャー気分だった。
木が生えて、薄暗い林の中を友達数人と歩く。
すると、そこで隆盛の友人をジッと見る浮遊霊がいたのだ。しかも一人や二人ではない。
雑木林に入った隆盛達を囲む様に、何人かの浮遊霊がいたのだ。
一気に辺りの空気が悪くなった。気持ちを害して蹲る子も出てきて、パニックが一気に広がる。
こちらに近づいてくる浮遊霊へと、隆盛が棒を振るう。するとその霊たちがそれを嫌がる
様な素振りを見せてきた。
小学生だった隆盛も必死に応戦するが、彼らを祓える訳でもない。
得体の知れない存在に隆盛が、恐怖していると……
「子供の泣き声がすると思って来てみたら……まさか、子供が邪気に囲まれてるとはなぁ、これは驚いた」
一人の老人が現れた。
老人はシャツにズボンという格好で、公園とかによく居そうな老人だ。
外見からすると全く頼りない。
しかし、そんな隆盛の気持ちを他所に老人は、あっという間にそこにいた邪気と呼んだ浮遊霊を払い除けて来たのだ。
そして、その老人との出会いが隆盛に新たな道を開いて来たのだ。
そう、陰陽師という形で自分の夢を実現するという道を。
今思えば、あの時の出会いは必然だったのだろう。何せ、陰陽道の中で偶然なんてものは存在しないのだから。
全ては必然の中にある。
つまり、俺は正義の味方になるべく男って事だよな。
ちなみに隆盛が櫻真に名乗った『住吉』はその老人の名字で、陰陽師としての源氏名に使っている。
隆盛が昔の事を思い出しながら口元を綻ばせていると、
「良かった。無事に帰って来てたんだね」
ニッコリと笑みを浮かべる紫陽がリビングに入って来た。
「それで、相手の力量はどうだった?」
紫陽の問いかけに、隆盛を含む彩香たちの顔が険しくなる。それは、悔しさの現れだ。
「その顔を見る限り、相手の力量は高かったみたいだね。僕が言うのも何だけど、䰠宮の力は陰陽師の中じゃ、随一だからね。それは、力が今より劣っていた頃も変わりなかった事実だ」
「確かに私たちは、手も足も出ませんでした。話に聞いていた通り従鬼の力は強かったです。けれど、私たちが全く通用しなかった訳じゃないのも事実です」
真摯な視線で彩香が紫陽を見る。
黙ってはいたが、隆盛も彩香の言葉には同意だ。
勿論、十二神将である朱雀が押されてしまった事には驚いた。従鬼は䰠宮家の中でも選ばれた者だけが使役する式鬼神だと聞いていたが、朱雀が太刀打ち出来ない相手とも思っていな買ったからだ。
しかし、自分たちにはまだ奴らに見せていない奥の手がある。
「俺も彩香と同意見だ。それに、アイツらは俺たちの『鬼降ろし』を見たことがない。なら、俺たちが劣ってるとも言えないはずだ」
「本当に頼もしいね、君たちは。確かに隆盛君達の実力は高い。きっとこれまでの䰠宮家では太刀打ち出来ないほどにね。けれど、皮肉な事に䰠宮家の陰陽師の質も凄く高まってるんだよ。特に隆盛君があった櫻真君は……」
少し視線を下げてきた紫陽。
その意味が指す意図を隆盛は薄々だが、理解していた。
きっと、櫻真が自分たちと同じ成長の仕方をするのであれば……紫陽もこんな顔はしないはずだ。
「アイツ、何で術を使う度に声聞力が上がってるんだよ? チート過ぎるだろうが!」
「隆盛君も気がついてたんだね? そうあの子は……術を使えば使うほど声聞力が上がっていく。僕もその事実をあの子から聞いた時は、驚いたよ」
紫陽が指しているあの子とは、自分たちを招集した一人の少年の事だ。
まだ十にも満たない子供でありながら、声聞力が凄く高い。
隆盛もとりあえず今の所は、自分よりも上、だと認めている相手だ。
「チート過ぎるにも程があんだろ? 修行もせずに強くなるなんて……」
自分でも愚痴っぽくなった言い方だと思う。
しかし、櫻真の話を聞いた時の正直な気持ちはこうだった。
使えば使うほど強くなる力。
羨ましいと思う反面、小汚いとも思ってしまう。
櫻真本人がその事に対して、どう思っているのかは知らない。ただ、その事を恥じていれば良いのにとは思う。
もし、櫻真がそう思っていれば、汗だく、血みどろになって強くなろうとする自分が救われる。深層心理で隆盛はそう思ってしまう。
けれど、この気持ちは結局……自分の願望でしかない。
実際の所、相手がどう思っているのかなんて、訊かなければ分からない事だ。
隆盛が顔を伏せながら少しだけ物思いに耽っていると、ソファで足を伸ばしていた穂乃果が口を開いてきた。
「んーー、穂乃果は強くてカッコいい男の子が好きだけど……強いのに私に従順な男の子はもっと好き。だから……私が少し懲らしめて上げようかな? あの生意気な女と一緒に」
大抵、こういった話し合いに口出ししない穂乃果にしては珍しい。
けれど、その目が本気であることは、直ぐに分かった。
点門から出てきた時の穂乃果は、やや相手に押されているような雰囲気はあった。実際に、押されていたのかもしれない。
そして、それが悔しかったとすれば……
「あたしね、ずっと、ずーーっと考えてたの。どうやったら、あの子達を出し抜けるかな? って。そしたら閃いたんだ。良い考えが」
この発言にも納得できる。
そして、穂乃果が今のように目を細めて笑う時は何かしら自身がある時だ。
「頼もしい限りだね。さっきからネガティブな発言をしていた僕も……穂乃果たちの姿勢を見習わないといけないな」
自嘲気味ではあるが、柔らかさのある笑みを紫陽が浮かべてきた。
そんな紫陽とは対照的に、穂乃果が勝気な笑みを浮かべる。きっと自分が褒められた事に、満足しているのだろう。
穂乃果だけを褒めた訳じゃない……と反論したくなったが、隆盛はその言葉をグッと押し込めた。
自分が何か言ったところで、穂乃果が聞く耳を持つタイプではない。
そんな唯我独尊っ気のある穂乃果が得意気に口を開く。
一枚の護符を太腿につけた、フォルダーから取り出して。
「これは、元々……人に取り付いた邪気払いをするための術式なんだけどぉ……これを応用して、あの子たちから鬼絵巻を奪っちゃおう作戦」
「剥離の術式という事ですか?」
「ピンポーン。さっすが! 百瀬ちゃん、大正解っ!」
穂乃果がニッコリと笑って手を叩く。煽て上手の声音だ。
言葉的に大した事を言っているわけでもないのに、妙に気分が高揚する穂乃果の声音は、一種の能力と言っても過言じゃないだろう。
その為、褒められた彩香は妙に照れた様子で、
「確かに剥離の術式を試してみるのは、良いと思います。けど、あの子たちが私たちの接近を許すでしょうか? きっと遠夜さんや、明音さんの情報が共有されてしまうでしょうし」
と妥当な質問を穂乃果に投げる。
するとそんな心配をする彩香に穂乃果が指を振ってきた。
「心配する必要なんて、まーったく0。そこら辺の対策はちゃんと考えてあります。ふふっ、穂乃果ちゃんって、本当に有能すぎるぅ」
「……成功してから、自賛しろよ」
「あれ? 隆盛君、何か辺な事言った?」
「別に」
「ふーん。じゃあ、私の作戦が成功したら、隆盛君には私のお願い、何でも訊いて貰おうかな?」
「はぁ? 何で俺が穂乃果の言う事なんて聞かなくちゃいけねぇーんだよ? 勝手に決めんなっ!」
目を細め、不敵な笑みを浮かべてきた穂乃果に隆盛が牙を剥く。
「私に変な難癖を付けてくるからじゃない? それに、隆盛君ったら早計よね? 私のお願いが隆盛君にとって悪い事みたいじゃない?」
「どうせ、悪い事だろーが」
「あはは、それが早計だって言ってるの」
「笑うなっ! じゃあ、何だって言うんだよ!?」
自分を小馬鹿にするような態度の穂乃果に隆盛が怒鳴る。
すると、ソファに座っていた穂乃果が立ち上がり、隆盛の横にやってきた。
そして耳元で、囁くように告げる。
「隆盛君が体験した事ない様なすっごく、気持ちいい事かもよ?」
艶めかしい声音で囁かれ、隆盛の体温が一気に上がる。
「……スッゴク、キモチイイコト?」
テンパり過ぎて、言葉が妙にカタコトになる。
するとそんな隆盛の言葉を聞いて、顔を赤くした彩香が、
「鳴海さんっ、こんな時に不謹慎な事を隆盛に囁くのはやめて下さいっ! それからっ! 隆盛……」
「はい?」
「煩悩撲滅ですっ! 破っ!」
と言って、隆盛を術式で襖続きとなっていた隣の部屋まで吹っ飛ばしてきた。




