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鬼絵巻 〜少年陰陽師 、恋ぞつもりて 鬼巡る〜  作者: 星野アキト
第三章 縁日撃つ雲の峰

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強さの証明

 守と共に校門へと向かった櫻真は戸惑いの表情を浮かべていた。


 自分の目の前にいるのは、きかん気強そうな雰囲気を漂わす、同い年くらいの男子だ。

 身長の所為か、櫻真を下から睨みつける様に凝視している。


「お前が䰠宮櫻真か?」


「そやけど……俺に何か用?」


 見知らぬ少年にジロジロ見られ、何とも微妙な気分だ。


 一体この少年は何者なんだろう? どうして、こんなにも自分に敵愾心を燃やしているのだろう?


 何か……ホンマにこのパターンが常時化しとる気がする。


しかも、最近の流れで言うと、こういう出会いの後は碌な事がないのがお決まりになっている。


 そしてそんな櫻真の不安は、見事に的中してしまう。


「用? そんなもん決まってんだろ? 俺と勝負しろっ!」


 幼少期に見た少年誌の主人公の様なセリフを吐く少年に、思わず唖然となる櫻真。

 隣にいる守も小声で「勝負って、何の?」と呟いているし、周りの人からも無遠慮に見られて、凄く恥ずかしい。


「……勝負っていきなり言われても、困るわ。てか、君は誰? 何で、俺のこと知ってはるん?」


「俺の名前は、住吉隆盛(すみよしりゅうせい)。お前が鬼えま……ふみふんだーー?」


 ここでは言って欲しくない言葉を言おうとした隆盛と名乗ってきた少年の口を櫻真が手で押さえる。

 そしてその言葉のお陰で、この少年がどういう存在なのかも想像つく。


「えっ? 櫻真。何でそいつの口元を押さえてはるん?」


「あっ、いや、ちょっと……。というか、この子の事、何となく思い出したかもしれん! という事で、この子と家に帰るわ。ほな」


「はっ? 櫻真、さっき知らへんって言わはとったやん。どういう事?」


 強引に話を終わらせ、その場を去る櫻真の背に守の言葉が突き刺さる。

 しかし、振り返る訳には行かない。


 ここはどんなに無理があったとしても、聞こえないフリをして立ち去るしかない。

 これ以上、変な事を口走らせない為にも。


 櫻真は、学校から近い自宅の前にやってくると隆盛の方へと向き直る。


「あんな所で、変な事口走らんで欲しいやけど? そもそもどこで鬼絵巻の事を知りはったん?」


 鬼絵巻は、昔から䰠宮の当主争いに使われていた代物だ。

 例え、この少年が自分や佳の様に陰陽道に関わっていたとしても、出てくる言葉じゃない。

 表情をやや険しくさせて質問した櫻真に、隆盛がケロッとした顔で答えてきた。


「そんなの陰陽院の方から話を聞いたからに決まってんだろ? ちなみに俺は次の住吉家当主になる予定の男だ。よく、覚えとけっ!」


「陰陽院? 何それ? そんなのがあるん?」


「何だよ? 京都の陰陽師は陰陽院も知らねぇのかよ?」


 呆れた様に片目を眇めてきた隆盛に、櫻真が素直に頷き返す。

 そんな櫻真の様子を見て、隆盛が何故か勝ち誇った笑みを浮かべてきた。


「ったく、仕方ねぇな。特別に俺が教えてやる。陰陽院っていうのは、全国に散らばった陰陽師を束ねる組織だ。俺は関東支部に所属する陰陽師。まっ、エースポジションだな」


「そうなんや……でも、何で? 俺に勝負なんか持ちかけはったん?」


 この際、ズバリ訊いてみるべきだと思った櫻真が隆盛に訊ねる。

 すると隆盛が腕組みをしながら、目を細めてきた。


「そんなのお前と俺でどっちが強いのかを確かめる為に決まってんだろ! お前、鬼絵巻を持ってんだろう?」


「持っとるけど……それって、君に関係なくない? だって、鬼絵巻は、俺の家の当主争いに必要なもので、君やその陰陽院の人たちには関係ないと思うんやけど?」


「関係なくなんかねぇ! あの鬼絵巻っていう存在は、存在は……えーっと、何だったっけな? あーーいいや。とにかく! それを持ってると強いっていう証明になる! つまり、お前から鬼絵巻を戦って取れたら、俺が強いっていう証明になるんだ!」


「鬼絵巻を証明書の代わりにされてもなぁ……」


「お前らの家だって、そうだろうが!」


「あっ、確かに。そう言われてみれば、そうやな」


 隆盛に言われて、櫻真は妙に納得してしまった。

 そして呑気な顔で納得する櫻真を見て、隆盛が肩透かしを食らったかの様な表情を浮かべてきた。


「なぁ、お前の方だよな? 鬼絵巻を持ってるのって。聞いた話だとすげぇ似てる双子がいるらしいけど……」


「そやけど。蓮条の事も知ってはるん?」


「おうっ。勿論、知ってるぜ。何せ、俺は陰陽院、関東支部のエースだからな」


「ほう。陰陽院とな? それは昔で言う陰陽寮のことかえ?」


 得意げな顔の隆盛に訊ねたのは、門扉から出て来て櫻真に抱きつく桜鬼だ。


「まっ、言い換えるとそうだな……って、何なんだよ? この状況!?」


 櫻真に抱きつく桜鬼を見て、隆盛が顔を赤らめさせる。

 しかし桜鬼にきつく抱きつかれている櫻真に、弁明する余裕がない。


「櫻真を前にして、妾に抱擁しないという選択肢はないのじゃ。ちと童には刺激が強すぎた様じゃがのう」


 フフフ、という桜鬼の満足気な笑い声と、悔し気な隆盛の唸り声が聞こえる。


 この状態……どないしよう?


 櫻真がそう思っていると、

「あーーーー! ちょっと、桜鬼さんっ! 櫻真に公然猥褻せんといて!」

 先ほど別れた紅葉の声が聞こえて来た。


 きっと、部活前に家へと帰って来たのだろう。


「おおっ、見慣れぬ童だけでなく、小娘も来たか? それにしても、妾と櫻真の愛を公然猥褻という破廉恥な言葉を使うでない。まっ、小娘が羨ましく思う気持ちは分かるがのう」


「なっ! 何が愛やねんっ! 桜鬼さんはタダの親戚やろっ!?」


「むっ、(ただ)のとは何じゃ? (ただ)のとは? 気に入らぬ! 直ちに撤回せよっ!」


「しませーん。あたしは本当の事を言っただけやもん。櫻真もそう思うやろ?」


「思わぬ! 思うわけなかろう? そうであろう? 櫻真?」


 桜鬼が櫻真から少し離れ、首を傾げさせてきた。

 そしてそんな櫻真の顔を紅葉も真剣な顔で凝視している。


「えーっと……」


 この状況で二人から返答を求められても、正直……困る。どちらかを立てれば、どちらか立たずの状況だ。

 だが、そんな櫻真を救ったのは、意外にも隆盛だった。


「だぁああああ! そんなのどっちでも良いんだよっ! むしろ、そいつが困ってんだろ? てか、俺の邪魔をすんじゃねぇー!」


 すると、助け舟を出した隆盛の方へと桜鬼と紅葉が振り向いた。


「邪魔してるのは、アンタの方や! どこの誰かは知らへんけど……元々、櫻真と話そうとしてたのは、あ・た・し!」


「そうじゃ。妾と櫻真の大事な時間を邪魔するでない」


 目くじらを立てる紅葉と桜鬼の威圧に、少しだけ隆盛がたじろぐ。

 櫻真はそんな三人に何て声を掛ければ良いか、やはり思い浮かんでこない。


 うーん、こういう時は……下手に口を出さん方がええな。


 口を噤もうと決めた櫻真を他所に、三人はわきゃあ、わきゃあと声を上げている。


「だからっ! 俺は䰠宮櫻真と勝負しに来たんだ! 邪魔すんなっ!」


「勝負じゃと? 貴様の様な童が櫻真に勝てると思うのかえ?」


「むしろ、勝負って何? 漫画の見過ぎと違う? ええな? いつまでも夢を追えて!」


「なんだとぉーー? 俺の事を舐めやがってええ」


 右手で拳を作り、隆盛が歯を食い縛っている。桜鬼と紅葉に言い返されて腹を立てているらしい。


 あかん、このままヒートアップして……紅葉の前で変な事を口走られる前に止めんと。


 止めに入ろうと櫻真が動く。

 けれど、その前に隆盛が大きく口を開いた。


「俺は鬼絵巻を持ってる䰠宮櫻真をギッタギタに倒して、俺の方が強いって事を証明してやるんだ!!」


 言わはってしもうた……。


 櫻真はあちゃーと言わんばかりに、右手を顔に当てる。

 さすがの桜鬼も不味いと思ったのか、微妙な表情で隣にいる紅葉を見ている。


「鬼絵巻……?」


 聞きなれない言葉を繰り返しながら、紅葉がゆっくりと櫻真の方に顔を向けてきた。


「あっ、いや、鬼絵巻っていうのはな……その……」


 上手い逃げ言葉が見つからず、櫻真がしどろもどろになる。

 ダメや。上手い言葉が出てこうへん。どないしよう?


「小娘、それについては……下手に詮索するでない。良い女というのは、時に何も訊かぬのじゃ……。良いか?」


 前に光に使った手で、この状況を乗り切ろうとする桜鬼。

 だが、光に通じたからといって紅葉にまで通じるとは思えない。


 因みに光は、あの後無事に家に送って貰い、桔梗の幻術にかかっていた母親の元へと帰ったらしい。

 何事もなく、本当に良かったと思う。


 ただ気になるのは、一度ならず二度までも鬼絵巻の事件に巻き込まれた佳が何もいってこない事だ。

 変に訊ねられても困るが、無音というのも逆に気になってしまう。

 と言っても、櫻真から訊ねる訳にもいかない為、佳については有耶無耶になったままだ。


「あたしは、そんな言葉で誤魔化されへんで?」


 やはりさっきの言い訳では、紅葉には通用しなかったらしい。


 本格的に頭が痛くなってきたかも……。


 頭を抱えたくなるのをグッと堪え、櫻真が紅葉への言い訳を考え始めようとした。

 けれど、その前に紅葉が再び口を開く。


「鬼絵巻って、端末アプリの何かやろ? それで、そのゲームでこの子が負けて、勝負、勝負言うてはるんや!」


「ばっ、アプリと一緒に……」


 余計な事を口にしようとした隆盛の口を櫻真が勢いよく塞ぐ。

 せっかく紅葉が鬼絵巻の事を何かのアプリだと思ってくれたのに、台無しにされたら困る。


「そうそう。実はそのアプリの通信バトルでこの子に勝ってしもうて……それの再戦を申し込まれてたんよ。でも、そのアプリ……能楽の子達の間で流行っとるマイナーなゲームやから、雨宮とか守とかには言わへんでな?」


 紅葉の考えをフルに活用し、櫻真が畳み掛けに入る。


「やっぱりな。でも、この子も能楽をやっとるん? こう言ったらアレやけど、意外やわ」


「まぁな。人は見かけに寄らないって言うやん?」


 苦笑を浮かべる櫻真を隆盛がジロリと睨んできた。

櫻真はそれを敢えて見て見ぬフリをして、紅葉の反応を待つ。


「まぁ、そうやな。人を見かけで判断するのはあかんしね。あっ、それでちょっと話を変えてもええ?」


「ええよ。何?」


 紅葉の言葉にホッと胸を撫で下ろし、櫻真が紅葉に訊ね返す。

 すると、紅葉が両手を後ろで組んで妙にソワソワとし始めた。そんな紅葉の様子に桜鬼が何やら感じ取った様に目を細めている。


 しかし、櫻真には紅葉が何を話そうとしているのかが分からない。


 それは、先ほど口を塞いだ隆盛も同じらしく、訝しげに眉を寄せている。


「あのな、さっき下駄箱の所で話した続きなんやけど……」


「あれ? 紅葉? 帰ってきとったん? あっ、櫻真君もおかえりなさい」


 紅葉の話を切ってきたのは、和菓子屋の入り口からヒョコッと顔を出した、紅葉の母親だ。


「お母さん……何で、このタイミングで出てきはるん?」


「えっ、どういう事? 意味分からんこと言うてへんで、早くお昼食べはって。アンタ、午後から部活やろ?」


 何故かショック顔の紅葉に、母親が首を傾げさせている。

 そして、その声を聞きつけてなのか……門扉から日傘を差した櫻真の母親である桜子も出てきた。

 それを見て紅葉ががっくり肩を落とす。


「あかん。完全にタイミングを失ってしもうた」


「タイミングって、何の?」


 ボヤく紅葉に櫻真が目をパチクリと瞬かせる。


「あっ、ううん。何でもない! それじゃあ、お母さんも呼んではるから……あたし、行くわ。ほなね」

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