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弁慶からの伝言

 武蔵坊弁慶役である菖蒲が富樫に向けて、勧進帳を読み上げている。

 会場内の空気を張り詰めさせるような緊張感。


 関所を何とか潜り抜けようとする弁慶と、山伏に扮している義経たちの下向を阻む富樫の気持ちが大きくぶつかる一幕だ。

 そして、その後に弁慶が怪しまれた義経を、わざと金剛杖で打つシーンへと入る。


 けれど、櫻真の中で安宅の見所は、この後にある男舞だろう。

 富樫と酒宴する事になった弁慶は、そこで『延年の舞』を舞う事になるのだ。


 力強い弁慶の舞を踊る菖蒲の姿に、櫻真は圧倒されていた。

 舞を舞う菖蒲の瞳は、まさに弁慶を思わせるような力強さがある。

 確固たる決意があり、その信念の元踏まれる舞台は観客や同じ舞台の配役たちをも物語に引き込んでいく。


 凄い。


 櫻真は内心で強い感嘆を漏らしていた。


 そして、演目が拍手喝采と共に幕を下ろす。

 無事に演目を終え、舞台裏で安堵する櫻真の元に、笑顔の桜鬼が小走りしてきた。


「櫻真ーー! 見事であったぞ! うむ。実に良い舞台じゃった!」


「ホンマに? ありがとう、桜鬼」


 笑顔で抱きついてきた桜鬼に少し照れながら、櫻真がお礼を言う。


 するとそこへ、

「お疲れさん」

 労いの言葉と共に、舞台の方からやってきた菖蒲が声を掛けてきた。


「……お疲れ様です」


 櫻真も反射的に言葉を返す。

 けれど、その言葉の調子に警戒と緊張が混じってしまった。

 そしてそれに菖蒲が気づかないはずもない。


 目を合わせ難くなった櫻真が視線を下へと下げる。

 しばしの沈黙。

 そして……ふと、菖蒲が口を開いてきた。


「心許すな関守の人々。いとま申してさらばよしとして、(おい)をおつ取り、肩に打ちかけ、虎の尾を踏み毒蛇の口を(のが)れたる心地して……」


「へっ?」


「さっきの演目に出てくる謡の一節。分かりはるやろ?」


「分かりますけど。それって、どういう……」


「弁慶やった僕が義経である君に送るメッセージやな。正直、今回の配役……ベストやったと思うわ」


 首を傾げさせた櫻真に、菖蒲が薄く笑って去っていく。


 俺へのメッセージ……。


 最後の菖蒲が言った一節は、富樫との緊迫したやり取りに対しての弁慶の気持ちを表している。


 それが、自分に宛てた物だとするなら、今回の事は菖蒲にとって凄く切羽詰っていたと言う事だろうか?


「でも、何でわざわざそれを言わはったんやろ?」


「むぅ。毎度の事ながら……魄月花の主になるものは妙に癖があるのう」


「そうなん? どんな風に?」


「何と言えば良いかのう……んーー、こう鬼絵巻の争いを遠見しているような、そんな感じじゃな」


「遠くから見てはるって事やな?」


「そうじゃ。ただ何故、そうしているのかは分からぬ。策略である事は確かじゃろうが……考えがまるで見えぬのじゃ。特に今回の場合は」


 桜鬼がそう言って、表情を曇らせる。

 昔からこの戦いに身を投じていた桜鬼にも、菖蒲たちの行動は理解不能のようだ。


「しゃーないよ。俺も菖蒲さんが何をしようとしてるのか分からへんし、俺たちは俺たちが出来る事をするしかないんやから」


 桜鬼を慰めるように、櫻真がそう答える。

 桔梗もあの日の夜に言っていた。果報は寝て待て、と。


 きっと今の櫻真たちが菖蒲に対して出来る事は、それくらいしかできないのだろう。


 まだまだ鬼絵巻を巡る戦いは続く。

 その戦いの中で、菖蒲の考えが見えてくるかもしれない。

 そしてその時まで、自分たちは自分たちらしく立ち回るしかないのだろう。

 櫻真はそう思いながら、桜鬼と共にその場を立ち去った。


 この争いに新たな驟雨が降り出すことも知らずに。


 



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