協力して
何故なら、椿鬼が手にした鬼絵巻が強烈な熱を帯びた閃光を放ち、椿鬼の手元から弾き溢れたのだ。
「なっ!」
自分の手元から去った鬼絵巻に、椿鬼が驚愕の声を上げる。
そして、地面に着地した椿鬼の横を魑衛と桜鬼が掛けた。二人を追って椿鬼も走る。
椿鬼の手元から離れた鬼絵巻が一目散に向かった場所は、佳と一緒にグランド角へと移動していた光の方だ。
「何で、あの白い球体、僕たちの方に飛んで来るんですかっ!?」
「俺にも分からん。けどあの球体がある場所が戦いの中心になる。つまり、纏わりつかれたら大変や! 逃げるで!」
佳の言葉に光が頷き、自分たちの方へと向かってくる鬼絵巻から逃げ始めた。
そして、その鬼絵巻を桜鬼、魑衛、椿鬼の三従鬼が追跡し、その後を、
「魄月花、君は魑衛の補助」
「あいよっ!」
「鬼兎火、俺らは櫻真たちの手助けや!」
「ええ。借りたものは返さないとね」
主の言葉で魄月花と鬼兎火が追う。
鼬ごっこの様な状態だ。
駆け出す魄月花と鬼兎火を見ながら、菖蒲が小さくため息を吐き出した。
鬼絵巻が光たちに追いつく前に、何とか鬼絵巻を手に入れたい櫻真が、術式を唱える。
「木行の法の下、追風よ、宝玉を掴みし蔦となれ」
術式を唱え、護符を鬼絵巻がいる方へと投擲する。
投擲した護符が空中で、姿を変え、深緑の太い蔦となった。太い蔦が鬼絵巻へと伸びる。けれど、空中を彷徨う様に飛行する鬼絵巻を確保できない。
なんか、意思があるみたいやな。
軽々しく自分の術式を避ける鬼絵巻に、そんな感想を抱いてしまう。
けれど、捕まえ難いからと言って捕まえるのを諦める訳にはいかない。
櫻真が二枚目の護符を投擲しようとした瞬間。
先ほどと同じ様に、地面が大きく揺れた。
「なっ、なに?」
強い揺れに、思わず全員の動きが止まる。櫻真は両足に力を込め、よろけそうになるのを何とか堪えた。
「そうやった……」
呟きが思わず溢れた。
魑衛との戦闘で頭の片隅に追いやられてしまったが、この結界は不安定な状態にあるのだ。
「結界が無くなる前に、点門を開かんと」
すぐさま、櫻真が点門を開こうと、術式を唱える。
しかし……
術式で点門を開こうとしても、開けられたのは小さなゴルフボールサイズの穴しか開かない。
「今の状態で点門を開こうとしても無理や」
点門を開こうとしていた櫻真に、淡白な表情の菖蒲がそう言ってきた。
するとそこへ、
「どういうことですか?」
眉間に皺を寄せ、複雑そうな顔を浮かべる蓮条がやってきた。
「今、この結界は歪んでる。つまり、歪みの所為で結界の輪郭みたいなものが曲げられて、点門の出入り口が狭まっとるんよ」
「歪み?」
「そうや。結界の維持力が不安定になって、歪んどる。つまり、この結界の維持力になってはる瑠璃嬢の声聞力が底に近くなっとるってことや」
櫻真は、菖蒲の言葉を聞きながら瑠璃嬢の方へと視線を向けた。
視線の先にいる瑠璃嬢は、地面に座り込んでいた。
座り込む瑠璃嬢の呼吸は荒い。顔には脂汗を掻き、表情も歪んでいた。そんな様子の瑠璃嬢からは、先ほどの覇気が消えている。
そんな瑠璃嬢を案じてか鬼絵巻を追っていた魑衛が、血相を変えて瑠璃嬢の元に駆け寄っていた。
どうやら、菖蒲の言っていた事は本当のようだ。
つまり、このまま鬼絵巻にばかり気を取られている場合ではないという事だ。
「ホンマに、番狂わせばっかりやわ。嫌になる」
櫻真と同じ事を思ったのか、菖蒲が溜息混じりの言葉を吐いてきた。
そして、愚痴を漏らした菖蒲が、葵と桔梗へと視線を向けた。
「君らも、今の状況がヤバイのは分かっとるやろ?」
「まぁ、それはね」
「イエス、オフコース。喧嘩してる場合じゃねぇーってばよ」
「つまり、下手な説明はいらんな? 僕らでこの結界を保たせるで。櫻真、君は瑠璃嬢と結界の繋がりを切って、新しい繋がりを作りはるんや」
「新しい繋がりですか? でもどうやって?」
結界を保つ方向で動き始めた菖蒲に、櫻真が疑問を投げる。
この結界を構成している術式が分からない以上、櫻真にはどうすることもできない。
櫻真がそう戸惑っていると、隣にいる蓮条が思い掛け無い言葉で助け舟を出してきた。
「俺が知っとる」
「そうなん? 何で?」
蓮条の言葉に、櫻真が目を丸くさせる。
すると蓮条が、小さく肩を竦めさせてきた。
「祝部の蔵で探しとる時に、葵の知り合いが俺に術式の書かれた本を渡してきたんよ」
「姉さんの知り合い……」
思わず櫻真が気になった所を口にする。
すると、捕縛術を解かれた葵が「いやん」と言って、わざとらしく片目を瞑ってきた。
見なかった事にしよう……。
葵のウィンクに櫻真が蓮条と共に視線を逸らす。
けれど、そんな櫻真たちの横では菖蒲が険しい表情を浮かべていた。
「まっ、このアホな人は放っておいて……瑠璃嬢の体力も限界に近いし、早速行動に移そうか? 椿鬼に話すから、君らも自分の従鬼に伝言、よろしゅうね」
桔梗がそう言って、椿鬼に霊的交感を始めた。
櫻真たちも桔梗に続いて、桜鬼に霊的交感を繋げた。
『桜鬼、一旦、鬼絵巻を追うのは中止して』
鬼絵巻を追っていた桜鬼に、櫻真がそう切り出す。
『何か問題かえ?』
『うん、実はな……』
他の従鬼と共に鬼絵巻を追っていた桜鬼に、現状を説明する。
『なるほど。これで納得したぞ。魑衛が鬼絵巻を追わず、主の元に行った訳が』
説明を聞き終えて、桜鬼が納得したように頷いてきた。
桜鬼の近くにいる椿鬼や、魄月花、鬼兎火も足を止めていた。
櫻真が蓮条と共に座り込む瑠璃嬢へと駆け寄る。
地面は今もなお、まるで生き物の様に微震し、天には歪な亀裂が走っている。
「瑠璃嬢」
櫻真が瑠璃嬢の名前を呼ぶと、瑠璃嬢がゆっくりと頭を上げてきた。
その顔は櫻真たちを訝しんでいた。
しかし、敵対心は先ほどより幾分、薄らいでいる様に見える。
ちゃんと話すなら、今やな。
そう思った櫻真は瑠璃嬢へと口を開く。
「瑠璃嬢、今の状況がどうなってはるのか分かる?」
「……ヤバい状況っていうのは、分かってる」
「なら、とりあえず今は一時休戦しよ。この状況をどうにかせんと」
真剣な表情のまま、櫻真が瑠璃嬢を説得に入る。瑠璃嬢は頑固だ。
そして、どんな事よりも鬼絵巻を手に入れる事に躍起になっている。
そんな瑠璃嬢からすると、今の状況は好都合とも言える。なにせ、今は鬼絵巻を取りに行こうとしている者がいないのだから。
桜鬼も鬼兎火と共に櫻真たちの元に向かっていて、桜鬼と並んで鬼絵巻を狙っていた椿鬼や、魑衛の補助に入っていた魄月花も、各々の主の元に向かっている。
鬼絵巻を是が非でも欲している瑠璃嬢からすると、またとない絶好の機会だ。
だから、櫻真の提案した『一時休戦』という言葉を、瑠璃嬢が飲んでくれるかは、一種の賭けだった。
そして、提案された瑠璃嬢もしばし沈黙している。
疲れとは別のものが、瑠璃嬢の表情を固くさせていた。
けれど、櫻真は瑠璃嬢の言葉を待つしかできない。無理強いする事に意味はないと思うからだ。
櫻真が沈黙を保っていると、そこに桜鬼たちが合流してきた。
すると、そこで瑠璃嬢の近くにいた魑衛が重い口を開いてきた。
「瑠璃嬢、私はどんな時でも君の味方で居たい。その気持ちは変わらない。だが……苦しんでいる君をもう見ていたくない。これが私の素直な気持ちだ」
切羽詰まった魑衛の声は、素直な気持ちを口にしている感じだ。
瑠璃嬢がそんな魑衛の言葉に、顔を俯かせる。
魑衛はずっと瑠璃嬢に付き添い、一緒にいた従鬼だ。そんな従鬼からの真摯な言葉を瑠璃嬢も無視は出来ないようだ。
「俺は……瑠璃嬢がどんな気持ちで鬼絵巻を手に入れたいのかは分からん。けど、今は俺らに協力して欲しい」
櫻真も魑衛に続いて、今思っている事を口にする。
「俺からも頼むわ。正直、今の状況を何とかするには瑠璃嬢の従鬼の力が必要なんよ」
そう言って、櫻真に続き蓮条も瑠璃嬢に語りかける。
すると瑠璃嬢が細い息を吐き出し、言葉を発してきた。
「分かった。あんた達に協力する。あたしはどうすれば良いわけ?」




