表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/356

現れた第二の鬼絵巻

「その薄汚い拘束術を解け。さもなくば、瑠璃嬢の縁者といえど容赦はせぬぞ」

「まぁー、怖い。斬り捨て御免ってやつ? 今の時代……そんなの古いわよ? そ・れ・に! こちらには第二従鬼の椿鬼がいて、貴方の愛する主を狙っているわ。いくら強化されてる貴方でも、完全に自分の気配を完全に消すことのできる椿鬼の居場所は、分からないんじゃなくて?」

 葵の言葉が図星であるのは、魑衛が浮かべた苦悶と怒りの表情から読み取れた。

 自分の主が人質に取られた魑衛は、これで下手に動くことはできなくった。

「……姉さんは、あたしの手伝いをしてくれるんじゃなかったけ?」

 拘束されている瑠璃嬢が、葵をキッと睨む。

 すると葵が、わざとらしく口元を隠し、

「やぁーね。女の子がそんな怖い顔をするんじゃありません。めっ。それに、私はちゃんと「結界を張りたい」っていう瑠璃ちゃんの願いは叶えたわ。そうじゃない? あの時、姉さんは、瑠璃ちゃんに「鬼絵巻を渡すわね」なんて言った覚えは……ございませんことよ」

「卑怯な言いわけやね」

 睨みを利かす瑠璃嬢を屁理屈で嗜める葵を、桔梗が小さく悪態をつく。

 しかし、葵はそんな桔梗の言葉を聞かなかった事にして、魑衛を見る。

「ほらほら、これでゲームセット。大人しく引きさがりなさいな」

「ふっざけんな! あたしが引き下がる? なに、言っての? 引き下がるわけないじゃん。むしろ、引き下がるべきなのは、櫻真たちの方でしょ!?」

 葵の言葉に激怒した瑠璃嬢が、櫻真達の方を視線で示してきた。

 勢いのある瑠璃嬢の剣幕に、櫻真たちは圧倒されそうになる。

 しかし、圧倒されてはいけない。

 ここで圧倒されていては、これから続く鬼絵巻の闘いを乗り越えてはいけない。桜鬼との約束を果たす事は出来ない。

「高校生にもなって、駄駄を捏ねるのはやめなさい。貴女の今の状況が変わるわけじゃないんだから」

 瑠璃嬢の剣幕を何処吹く風の葵が、軽々しく一蹴している。

 そして、その態度は拘束術から逃れようと足掻く瑠璃嬢を嘲笑しているようだ。

 瑠璃嬢の顔が、悔しげに歪められる。

「魑衛! あたしに構わないで、鬼絵巻を手に入れてよ!」

 自分が逃れられない事を悟った瑠璃嬢が叫ぶ。

 しかし、魑衛は動かない。

「瑠璃嬢……それは出来ない。例え主君であり、愛する君の頼みでも。私は君の従鬼として、失格だろう。しかし、私は君という存在を失いたくはない」

「安心しなよ。あたしの事を()るなんて、コイツらに出来やしないから」

「おほほ。甘い時代に生きる、甘い餓鬼の考えね。でも一つ。姉さんは自分が決めた事に、甘い妥協はしないのよ。つまり、自分は絶対に殺されないなんて、考えない事ね。かの有名な武将、織田信長も言っているでしょ? 絶対は絶対にないって」

「どうだか? あたしの命を狙ってるのは桔梗の従鬼でしょ? 姉さんに立派な覚悟があったとしても、桔梗がそれに乗るかなんて分からないじゃん」

 瑠璃嬢の言葉を聞いた葵が、少しだけ目を細めて桔梗の方を見る。

 すると桔梗が、肩を竦めさせた。

「まぁ……、瑠璃嬢の言うてる事は正しいね。僕も別に瑠璃嬢を本気で殺す気なんてない。けど、それくらい葵も重々、分かってはるよ。それでも、口を開くという事は、椿鬼に頼らずとも、君を殺す手段があるって事やろね」

 桔梗の言葉に葵が酷薄な笑みを浮かべ「ピンポーン」と声を上げてきた。

 さっきまで強気だった瑠璃嬢の表情が、ようやく崩れた。

 いや、ようやく自分の置かれている危機的状況に気づいたというべきか。

 瑠璃嬢は、下唇を噛み……二の句が継げないでいる。

「よし、今がチャンスよ、櫻真。さっさとそこにいる坊やから、鬼絵巻を回収しなさいな」

 話の流れとして、こうなるのは当然だ。

 葵は櫻真をサポートすると言っていて、そのためにこんな強硬手段を取っているのだから。

 でも、櫻真も瑠璃嬢の身を按じる魑衛のように、動けなくなっていた。

 動けない理由は、魑衛のものとは大きく違う。

 櫻真は、瑠璃嬢の身を按じている訳ではない。

 けれど、櫻真の中で無視する事のできない、不愉快感があるのも確かだ。

「桜鬼、俺……」

 桜鬼の背中に櫻真が声を掛ける。

 すると、桜鬼が少し体を櫻真の方へと向けて、複雑そうな表情を浮かべてきた。

「この戦いは、奪い奪われの戦いじゃ。そのため高潔な考えなど捨て去った方が良い。この手に欲する物が手に入るのであれば、この話に乗るべきじゃ。然すれば、あの娘にも危害は及ばぬ」

 確かに桜鬼が言っている事は、正しい。

 どんな形であれ、今のこの状況を終わらせるには櫻真が鬼絵巻を取るべきだ。

 分かっとるけど……。

 櫻真は桜鬼の言葉に頷けず、頭を俯かせた。今の櫻真が抱いている気持ちは、大人から見れば、青臭いものだ。

返事ができない櫻真に桜鬼がスッと目を細め、櫻真の答えを待っている。そんな桜鬼と櫻真に対して、それぞれの思いが様相となって現れていた。

 魑衛は怒りと忸怩(じくじ)たる思いで刀を強く握りしめている。

 葵は口元に微笑を浮かべているが、目は笑っていない。

 葵の近くにいる桔梗は、表情を変えず諦観者の姿勢を崩さない。

 そんな主の行動に、椿鬼はそっと諦めの溜息を零す。

 瑠璃嬢は、葵の拘束術に何とか逃れようと、無造作に体を動かして足掻いている。

 蓮条と鬼兎火は、ただただ見守る様に静観していた。

 さっきまでの動きがまるで嘘かの様に、ゆっくりと流れている。

「櫻真、妾は櫻真の意思を一番に尊重する。それが妾の意思じゃ」

 桜鬼が静かに、けれど芯のある声でそう言ってきた。

 自分に気遣いは無用だと、桜鬼が暗に櫻真へと伝えてきたのだ。

 櫻真は、そんな桜鬼の言葉に押され頷く。

「桜鬼、俺は……こんな形で鬼絵巻を手に入れたくない。青臭くても、綺麗事でもええ。それが俺の意思や」

 迷いを捨てて、真っ直ぐに桜鬼を見る。

 すると、桜鬼が満足そうな笑みを浮かべてきた。

「畏まったぞ、櫻真」

 櫻真へと浮かべられた笑みに曇りなどなく、それが櫻真にとって嬉しい。

 自分の行動は決まった。

 ならば、やることは一つだ。

 櫻真は目をそっと閉じ、意識を集中させる。

「木行の法の下、旋風よ、かの者の枷を剪断せよ」

 術式を櫻真が読み上げると、周知の空気が暴れ出した。暴れる空気は、まるで引力でも働いているかのように、桜鬼が持つ刀へと収束されていく。

 桜鬼が右足を後ろに一歩引き、刀を上段に構える。振り下ろす。

 振り下ろされた刀から放たれた奔流する風は、あらゆるものを切り裂く斬撃だ。その斬撃が向けられたのは、葵の拘束術に囚われた瑠璃嬢へと向かっている。

「まさか、本当に?」

 信じられないと言う声を上げたのは、落胆していた魑衛だ。敵である櫻真たちが瑠璃嬢を助けるはずないと思っていたのだろう。

 目を見開いて、桜鬼の斬撃が葵の拘束術を断ち切った様を見ている。

 だが、そこで一つの笑みが消えた。

 そして一つの笑みが生まれる。

「櫻ちゃんは、どうしてこうもおバカさんなのかしら?」

 瑠璃嬢を拘束から解いた櫻真に対して、葵が失笑を浮かべてきた。失笑を浮かべる葵の体には、別の誰かの拘束術が施されている。

「君より、性格がええってことやろうね。でも、何で僕まで拘束されるんやろ? 理由を聞かせてもらえる? 菖蒲ちゃん」

 葵と同じく拘束術を掛けられている、桔梗が顔を横に向け、丁度、部活棟のある方を見た。

 桔梗が視線を向けた先に、変化が現れる。一部の空間が歪み、そこから腕を組んだ菖蒲が魄月花と共に現れたのだ。

どこかに居るとは思っていたが、いざその姿を見ると櫻真の中に動揺が生まれる。

 櫻真たちの邪魔をしていた菖蒲が平然した顔で口を開く。

「説明なんていらんやろ? 僕にとって君は敵や。しかもそこの狸と一緒で厄介な」

「菖蒲ちゃんに厄介と思われてしまうことなんて、一つもしたことないんやけどね。気のせいかな?」

「葵も、葵も! 菖蒲ちゃんにウゼーなコイツ、なんて思われる様なことした身に覚え、一切ございませんことよ」

「さっきのさっきで、よう言わはるな? 櫻真もご苦労さん。おかげで面倒な二人の動きを止められたわ」

 桔梗と葵の方から、自分の方へと視線を移してきた菖蒲。そんな菖蒲に、櫻真と桜鬼が身構える。

 すると、菖蒲が小さく肩を竦めさせてきた。

「そんな身構えへんでも、今の僕は君を拘束しようとなんて考えてへんよ。まっ、さっきの状態がもう少し続いとったら、考えとったけど」

 淡々と話す菖蒲に、櫻真は固唾を飲む。

 自分の中にある疑問をぶつけるべきか? 否か?

 いや、この際だからこそ訊くべきだ。そうでなければ、ずっとこの疑問は解消されない。

 櫻真は覚悟を決めて、菖蒲に対して己の疑問を口にした。

「菖蒲さん……何で、俺の邪魔をしはるんですか? いや、ちゃいますね。何で俺だけを邪魔しはるんですか?」

「核心……」

 櫻真の疑問にすんなりと、そして呟くように答えた菖蒲に面食らう。

 しかし、その言葉は抽象的で櫻真の疑問を払拭してはくれない。

「菖蒲ちゃん、意味深発言で櫻真君に動揺を与えてはるのはええけど、僕もこのままやられっぱなしは、嫌やね。僕が負けず嫌いなのは知ってはるやろ?」

 戸惑う櫻真と変わって口を開いたのは、勝気な笑みを浮かべる桔梗だ。そして、そんな桔梗の笑みに菖蒲が眉を寄せた。

 それとほぼ同時に銃声が響き、一発の銃弾が光へと放たれる。

 放たれた銃弾が、パァアンと大きな衝突音を撒き散らせ着弾したのは、光の右手に付く数珠の玉。その一つを撃ち抜いたのだ。

「うわぁああ!」

「四十万っ!」

 銃撃された反動で、座っていた光が地面に仰向けで倒れこむ。

 それを佳がすぐに、抱き起こして怪我などをしていないか確認している。

「もう僕、ここに居たくありません。はよ、帰りたいんですけど!」

 先ほどの、銃撃で心底参った光が半泣き状態で不満を漏らす。

「気持ちはよう分かるけど、まだ無理や。とりあえず、ここから離れるで」

 半泣きの光を佳が必死に窘め、その場から光と共に鬼絵巻のある場所から移動を始めた。

 そして佳たちを他所に、姿を現した椿鬼が、先ほど光がいた場所の上空にに現れた鬼絵巻へと跳躍しながら手を伸ばし、掴んでいた。

「櫻真、よく覚えておきなさい。大人の醜さは時に、子供の考える範疇を大きく凌駕するものよ」

 拘束されたままの葵が肩を落とし、桔梗をジト目で見る。

「僕も自分の従鬼に活躍させんとね」

 鬼絵巻を持ち、「やっと、やっと……」と歓喜する椿鬼の姿に、桔梗が笑みを零す。

 だが、それも長くは続かなかった。

 何故なら、椿鬼が手にした鬼絵巻が強烈な熱を帯びた閃光を放ち、椿鬼の手元から弾き溢れたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポイントを頂けると、とても嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ