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寝返る女

 点門を通ると、櫻真たちは邪鬼が蔓延るグランドの真ん中へと出てきていた。しかし、その場には自分と桜鬼しかいない。点門を通るのにそんなに時間は要さない。なら、もう二人がこの場に来ていてもおかしくないはずだ。

「姉さんと桔梗さんは どこへ行かはったんやろ?」

 地面に足を付けた櫻真がそう呟くのと同時に、桜鬼が櫻真を守るように刀を取り出し前に出てきた。櫻真の意識が自分へと襲来する邪鬼へと向かう。

 結界内へと入ってきた櫻真たちを無数の邪鬼が、あっという間に囲んできたのだ。

 しかし、それは一瞬の出来事だ。

 邪鬼たちが櫻真を囲んだ瞬間に、刀を構えた桜鬼が一瞬で邪鬼たちを切り刻む。

「櫻真、妾たちが目指す気配は校舎の中じゃ! 参ろう! そこに瑠璃嬢の気配と蓮条たちの気配もしておる!」

「分かった。今度こそ決着をつけに行こう」

「うむ、当然じゃ!」

 櫻真は自身に強化の術式を掛け、桜鬼と共に校舎内へと急ぐ。だが、その足は、昇降口の前で止められた。

 櫻真たちが校舎の中に入ろうとした瞬間に、校舎二階の窓が勢いよく吹き飛び、そこからグランドの方へと飛び出してきた瑠璃嬢と、それを追う鬼兎火が現れたのだ。

 しかもそこには、木行の術で風を付与した瑠璃嬢に腕を掴まれて、混乱している光の姿がある。瑠璃嬢は鬼兎火たちとの戦いによってか、服が破け、そこから痛々しい傷が見えた。

 その一方で、鬼兎火の方にはまだ余裕があるように見える。だからこそ、瑠璃嬢は正面から衝突を止めて、光と共にこの結界から出ようとしているのだろう。

「そんなんさせん! 桜鬼!」

 桜鬼が櫻真の声を合図として、鬼兎火たちを引き離そうとする瑠璃嬢へと、風の斬撃を放つ。すると、それに気付いた瑠璃嬢が息を大きく吸い込み、音の波としてそれを上空から放ってきた。

 風の斬撃と音の衝撃波が衝突し、二つの攻撃が相殺される。

「声が衝撃波になるって……そんなん、あり?」

「相当、自身を強化している様じゃのう。とはいえ……妾は今度こそ櫻真に勝利を掴ますぞ」

 そうや。相手の戦い方に臆している場合じゃない。桜鬼と共に勝利を摑み取らなければ。

「木行の法の下、四緑の風よ、我が身が指し示すものを包み取れ」

 櫻真が術式を口ずさみ、一枚の護符を瑠璃嬢へと投げる。護符から放たれた風が瑠璃嬢の手に掴まれている光を包み込み、瑠璃嬢と光を引き剥がした。

「なっ、落ちる、落ちる、落ちるーーーー!」

 術式を見る事ができない光は、大パニックの声を上げている。光が想像する事態には絶対にならないと思っていても、不憫に感じてしまう。

 だが、これで瑠璃嬢と光を引き剥がす事が出来た。そしてその瞬間に、桜鬼が跳躍し、瑠璃嬢との距離が一気に近づく。そのまま瑠璃嬢の握っていた刀を振り払い、風に属する神通力で瑠璃嬢を地面へと吹き飛ばした。

 あとは、地面に着いた光を櫻真が形成した守護の中に入れることが出来れば……。

 櫻真がそう考えていた矢先、結界内の地面が大きく揺れた。

「な、なに?」

 空中で瑠璃嬢と剣戟戦を繰り広げていた、桜鬼が櫻真の元へと跳び退いてきた。

 揺れは今もなお、続いている。

 けれど、ここは現実世界ではない。地震が起きるはずがないのだ。

「櫻真!」

 周囲を窺っていた櫻真の元に、蓮条と鬼兎火、そして佳が走ってやってきた。

「大変や。何でか分からんけど、結界の維持力が不安定になっとるみたいやで」

「じゃあ、さっきの揺れは……」

「きっと結界の維持力が弱まった関係やと思う」

 そう答えたのは、蓮条の横にいる佳だ。

「不味いな。このまま維持力が消滅したら……適当な次元に放り出されるかもしれん」

「それやったら、四十万を連れて、現界に戻るしかないな」

 蓮条の言葉に頷いて、櫻真が桜鬼と共に茫然としながら地面に座り込んでいた光の元へと向かった。

「䰠宮先輩……ちょっと、ここハード過ぎやしません?」

「えっ、あっ……確かに。ハードかもって言わはってる場合やないんよ。すぐに俺らとこの場所から離れよう」

 そう言って、櫻真が光の腕を掴む。しかし、そんな櫻真たちの元に……

「許さぬぞ、貴様等」

 ゆらりと幽鬼の如く姿を現したのは、目を朱に染めた魑衛だ。紅く染まった魑衛の目が光の腕を掴む櫻真を捉える。

「必要な物は、鬼絵巻一つ。他の土産に興味はない」

 魑衛が斬撃を放ったのは、言葉が言い終わる前だ。放たれた斬撃は、櫻真の腕と光の腕を切り払わんと迫る。

「くっ」

 櫻真たちを庇うように、桜鬼が刀で魑衛の斬撃を受け止める。その瞬間に刀を握っていた桜鬼の手から、血が滴り落ちた。

 そんな桜鬼を魑衛が忌々しげな表情で睨みつける。

「桜鬼っ! 貴様ぁあああ!」

 雄叫びのように魑衛が叫び、勢いよく桜鬼へと斬り掛かった。桜鬼が刀を切り返す間も与えぬ速さで、魑衛が桜鬼に斬り掛かる。

 怒りのままに刀を揮う魑衛の刃は、まさに鬼人の速さだ。ほんの数秒の間に桜鬼の身体が真っ赤に染め上げられ、桜鬼に掛けている守護、強化の術式がまるでその役割を果たしていない。

 どうしたんやろ? 何で、術式が効かへんの? おかしい。目の前で無慚に切り裂かれる桜鬼を前に、櫻真の気持ちが激しく動揺する。

「櫻真、しっかりしぃや!」

 焦る櫻真の叱咤の声を掛けたのは、蓮条だ。そして櫻真の横を、刀を構えた鬼兎火が走り去って行く。

「鬼兎火の話やと、目が赤なったときの彼奴の太刀は、殆どの術式を切りはってしまうらしいんよ」

「術式を切るって、そんなんアリなん?」

「アリなん? って俺に訊かれても困るわ。鬼兎火の話やと、あのモードになる前に倒すか、あのモードが解除されるまで耐えるしかないって」

 今の敵の状況を説明する蓮条の顔にも一抹の不安があるのが見てとれた。その横顔からも、戦況が芳しくないというのが伝わってくる。

 鬼兎火が助太刀に入ったことにより、魑衛の攻撃が桜鬼から鬼兎火へと切り替わる。櫻真から見て、横向きの立ち位置で剣激戦を始めた鬼兎火と魑衛。

 櫻真はそんな二人の衝突を見ながら、鬼兎火たちを挟んで対面にいる桜鬼の回復に掛かる。

 その間にも、魑衛の猛攻が止む事はない。助太刀に入った鬼兎火にも、魑衛が揮う無数の刃が容赦なく襲いかかる。鬼兎火も刀で魑衛の刀を受け止めるが、受け止めた瞬間に、魑衛の力に押し負かされてしまっている。

 そして鬼兎火の身体がよろけた隙に、魑衛による強烈な蹴りが鬼兎火の顔面を打ち、後方へと吹き飛ばす。

「鬼兎火っ!」

 蓮条が悲痛の声音で叫ぶ。

 その声に、圧倒的な力を見せつけた魑衛が大声で笑う。

「ふっ、はははは。無様だな。無様すぎる! 鬼兎火め、何故、弱者である貴様が助太刀などと大それた事をしようとした? 気でも狂ったか? ましてや、桜鬼は貴様にとっても敵であろう?」

 鬼兎火を卑下しながら、魑衛が意識を朦朧とさせている鬼兎火へ、ゆっくりとした足取りで近づていく。

「桜鬼、貴様もとくと見よ。これは貴様への腹癒せだ。貴様が私の逆鱗に触れたばかりに、貴様を助けた鬼兎火が虫の息となろう。私は恐れぬ。例え貴様が真の鬼人になろうとも、今の私のこの怒りを止められはしないだろう」

 鬼兎火へと血で汚れた刀を向ける魑衛が桜鬼へと語りかける。目で鬼兎火を捉え、意識で桜鬼を捉えている。

 そんな魑衛を桜鬼が速い呼吸を続けながら、睨む。回復術を掛けたとはいえ、それは万全なものではない。応急処置程度のものだ。

「真の鬼人? 己に酔いしれ、おかしな事を申すようになったのう。じゃが、その結果にはさせぬ……」

 桜鬼が魑衛へと語りかける。だが、それと同時に桜鬼が、

(櫻真、鬼兎火を助けるため、妾と息を会わせよう)

 と霊的交感で櫻真に話しかけてきた。

(分かった……。やろう。俺はどうすればええ?)

(まず、妾が鬼兎火へと術を放つ。それと同時に櫻真は……)

 桜鬼からの提案に櫻真はゆっくりと頷いた。

 失敗は許されない。上手く行く保証もない。そんな緊迫感が櫻真を圧迫してきた。隣にいる蓮条も必死に鬼兎火へ回復の術を掛け、さらに術が効かないと分かっていても魑衛へと攻撃を続けている。

 ……弱音なんて、吐いてられへん。

 櫻真は佳に、座り込んでいる光の安全を確保してもらい、鬼兎火を助けるための準備に入る。

 桜鬼が術式の詠唱を始める。桜鬼が術式を口にすると、辺りの空気が勢いよく桜鬼の周りに収集されていく。

「滑稽だな。今の私に断ち切れぬ術はない。貴様がどんな術を仕掛けてこようと、無意味である事を思い知らせてやる」

 術を放とうとする桜鬼に対し、魑衛が余裕綽々な顔で刀を構えてきた。そんな魑衛の挑発に桜鬼は表情を変えず、詠唱を続ける。

 桜鬼の元へ収集される風の轟音が櫻真の唱える術式の声を掻き消す。桜鬼が勢いよく風を集めているのは、そのためだ。

「取り越し苦労であったな、魑衛。妾が術を放つのは貴様にではないぞ?」

「なに? どういうことだ?」

 予期してなかった桜鬼の言葉に、魑衛が怪訝な表情を浮かべる。すると、桜鬼はそんな魑衛に苦笑を零し、

「こういうことじゃ」

 辛うじて立ち上がった鬼兎火へと術を放つ。蓮条が一瞬だけ驚いた顔を浮かべてきた。櫻真はそれを横目にタイミングを逃すまいと、意識を一点に集中させる。

 桜鬼の術が鬼兎火へと直撃する寸前に、櫻真も術を発動させた。

 放たれた強烈な風の矛は、鬼兎火を飲み込み……背後にあった校舎をも貫通し、巨大な風穴を開ける。辺りに轟音が響き渡り、大気の波紋が広がった。波紋の豪風が櫻真たちを吹き曝す。

 櫻真は風に飛ばされないようにぐっと耐え、結果を求めるように視線を魑衛へと向ける。すると、そこには桜鬼に対し当惑している魑衛の姿があった。

「……どういうつもりだ?」

「妾は申したはずじゃ。貴様が理想とする結果にはさせぬ、と」

「これが貴様の答えというわけか?」

「不満かえ?」

「不満ではない。不快だ。この程度の目眩しで私を欺けると思ったか!」

「……ふむ。完璧にして十分じゃ! 其方の足を止められたのだからの!」

 侮られたと憤る魑衛へと、桜鬼が素早く肉薄し間合いを詰める。今の魑衛に大きなダメージを与えられるとしたら、この一寸の隙。

 桜鬼がその隙、一点を突く。

「こっ、癪なぁ……」

 桜鬼の刃が魑衛の首元を刀で一突きにしたのだ。そして間髪入れずに魑衛を風の竜巻で上空、彼方まで吹き飛ばす。

「櫻真、彼奴に何しはったん?」

 小さく安息を漏らしていた櫻真に隣にいた蓮条が訊ねてきた。事の成り行きが分かっていない蓮条が疑問を口にするのは当然だ。

「俺が瑠璃嬢の従鬼に幻術を掛けたんよ。桜鬼の術で鬼兎火が吹き飛ばされたように見えるタイミングで」

 櫻真がしたのは、魑衛の視覚に対しての幻術だ。

 桜鬼の攻撃範囲上にいる鬼兎火が消えたように、魑衛に見せたのだ。従鬼の攻撃は、対象物を決められる。そのため、幾ら攻撃範囲にいようと鬼兎火に桜鬼の攻撃が直撃する事はないのだ。

 そのため幻術をかけられていない蓮条には、桜鬼が意味もなく校舎を破壊したようにしか見えなかったはずだ。

「でも、幻術やと鬼兎火の気配まで消すことできへんやろ?」

「できへん。だから瑠璃嬢の従鬼も怒りはったんやろ? 自分が馬鹿にされたと思って。けど、俺らの狙いは相手に隙を作ることやったから」

「相手が感情的になるタイプっていうのを見越してって事やな?」

「そや。でも、本当に上手く行くかホンマに分からへんかったわ」

 蓮条へと頷き返して、櫻真は桜鬼が吹き飛ばした魑衛の方へ視線を向ける。

 視線の先には、地面に片膝を着き、頭や首元から血を流す魑衛が櫻真の前にいる桜鬼を睨んでいる。

 戦意は衰えていない。それは魑衛から放たれるビリビリと空気を振るわす殺気から伝わってきた。

 もう一度、魑衛の隙を作るのは容易ではないだろう。しかし、それでも魑衛を倒す為にはやるしかない。

 櫻真が固唾を飲みながら、そう考えていると……

「殺気ビンビンの瑠璃ちゃんの騎士さん、こちらをお向き。一度戦闘を止めにしないと、貴方の大切な姫君が大変よ」

 点門を抜けた後、別行動になっていた葵と桔梗が、憤怒の表情を浮かべる瑠璃嬢を術式で拘束していた。

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