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当主になる者は

 二手に別れた櫻真は、桜鬼と共に点門を使い、鞍馬寺の境内へと来ていた。そして鞍馬寺の本殿金堂前へと来ていた。そしてその中央にある『星曼荼羅(ほしまんだら)』付近に、木刀を持った瑠璃嬢がおり、その瑠璃嬢を守るように、前に立っている魑衛が櫻真たちを睨んできた。

 瑠璃嬢の声聞力が結界内にいた時よりも、強まっているのが分かる。やはり、ここの気場は瑠璃嬢と相性が良いのだろう。

「飽きもせず……我が主、瑠璃嬢の手を焼かせるつもりならば、貴様等をここで斬り捨ててやろう」

 鞘に収めた刀に手を伸ばし、魑衛がやや姿勢を低めにし、身構えてきた。

「なんと不躾な挨拶じゃのう? 実に不愉快じゃ」

 桜鬼も櫻真の前に立ち、魑衛へと殺気を放つ。

 すると、そんな一発触発の魑衛と桜鬼に割って入るように、瑠璃嬢が口を開いてきた。

「櫻真、アンタさ……䰠宮の当主になる気なんてないんでしょ? だったら、大人しく引いてよ。あたしも無駄な体力使いたくないし。あの変な結界の中にいる連中は、ちゃんと外に出せば良いんでしょ?」

 今までの瑠璃嬢の事を考えると、酷く平和的な交渉だ。そして、その内容は正しくもあり、間違ってもいる。

「確かに俺は当主になるために、鬼絵巻を集めとるわけやないよ」

「じゃあ、何で集めてんの? 何? まさか十三個集めれば願いが叶うとでも、(そそのか)された?」

「そんなわけないやろ! 勝手に変な憶測立てへんで」

 鼻で笑ってきた瑠璃嬢に、櫻真が少しムキになって言い返す。

「やっぱり、アンタももう一人と同じで子供だね。ちょっと揶揄っただけなのに、すぐムキになって……あーあ、笑える」

 ……あかん。ここで瑠璃嬢のペースに飲まれたら、それこそ相手の思う壷や。櫻真が冷静になるために、一先ず深呼吸をする。

 だが、そんな気持ちを落ち着かせる櫻真の傍らで、桜鬼が怒りを燃え上がらせていた。

「なっ、なっ、何たる事か! あの小娘め、櫻真の事を鼻で笑いおってぇぇ……もう、許さぬ。絶対に、絶対に、許さぬぞ!」

「桜鬼、落ち着いて。俺は気にしてへんから。なっ?」

 闘志を燃え上がらせる桜鬼を櫻真が落ち着かせる。すると、桜鬼が「櫻真がそう言うのであれば……」と少しだけ冷静さを取り戻してくれた。

 櫻真ひとまずホッとしつつ、瑠璃嬢へと視線を戻した。

「瑠璃嬢の事、桔梗さんから少し聞いた。瑠璃嬢は、家の為に当主になろうとしてはるんやろ?」

「……家のため? まさか。あたしはあたしの為に当主になるの」

 瑠璃嬢からの返答は、櫻真にとって予期してない言葉だった。

 桔梗から話を聞いたとき、櫻真はてっきり瑠璃嬢は家の為に頑張ってると思ったからだ。

 䰠宮家の当主。

 そこにある力と意味が如何程のものなのか、櫻真は漠然としか分からない。

そしてそれは瑠璃嬢も同じなんじゃないか? そう櫻真は思っている。

 だから、櫻真は瑠璃嬢に一つの結論を投げた。

「俺は、瑠璃嬢は当主になれへんと思う」

「言うね。まさか、自分があたしを倒すから〜とか、そんな理由じゃないよね?」

「ちゃう。じゃあ、瑠璃嬢に訊くけど……瑠璃嬢は、当主って何をする者やと思う?」

「権力使って、自分のやりたい事をやる奴ら。それを周りに押し付ける奴ら」

「それって、ただの我儘な奴やん」

「強ち間違ってないと思うけど?」

 片目を眇める瑠璃嬢に、やや櫻真も返答に困る。

 一瞬だけ、体たらくな自分の父親が頭に過ぎってしまったからだ。

 浅葱も自由奔放な性格だとは思う。能の舞台でも稽古の時と全く違う動きをしてしまう事だってあるくらいだ。

 よく、そんな浅葱の行動に周りのスタッフが苦労している。

 けれど、それでも浅葱への講演オファーは後を絶たない。

 理由としては、絶対的な表現力のある舞い。型にハマらず、観客を飽きさせない演出力。これらが大きく買われているからだ。

 そして、それを浅葱も重々に分かっている。

 つまり、相手が求める物と浅葱が与える物が一致していることになる。

 思い返せば蓮条に対する稽古だって、一切手を抜いている素振りはない。

 そんな自分の父親の姿を想起して、櫻真は当主という存在がどういうものか、何となく、掴めたような気がした。

「俺、当主って考えた時、父さんが出てきた。確かに父さんは、不真面目な所もあって、腹立つこともある。けど、父さんは自分の為だけに動いてはるわけやないと思う。他の人の事もちゃんと考えて動いてはる」

 櫻真は自分が掴みかけている物を、必死に瑠璃嬢に伝えたつもりだ。

 しかし……

「ふーん。アンタがファザコンだって事は分かった」

 瑠璃嬢には、まるで伝わらなかったらしい。

 しかも、ファザコンって……櫻真からしたら心外だ。

「別にファザコンって訳やない。俺が言いたいのは当主っていうのは、自分の事しか考えてない人が当主になるのは良くないって事や」

「何、偉そうな事言ってんの? むしろ、アンタみたいに当主になる気ない奴がなってもダメでしょ?」

「確かに、俺は当主の座に興味はない。けど、俺が鬼絵巻を集めるのはもっと別の意味がある。せやから、瑠璃嬢に鬼絵巻を取られるわけにはいかん」

「ふーん。つまりは、あたしたちと戦うことを選ぶわけね。言っておくけど、前みたいに戦えるとか思わないでよ?」

 瑠璃嬢がやや目を細めて、自信に満ちた勝ち気な笑みを浮かべてきた。

「桜鬼、勝とうな」

「無論じゃ。櫻真の前であの者たちの傲りを散らせてみせようぞ。汝、呪禁の法の下、その身を晒せ」

 桜鬼が手の平から、刀を取り出し魑衛と対峙する。するとそんな魑衛の横に、木刀を右手に握った瑠璃嬢が立つ、視線で櫻真を射貫き、挑発してきている。

 瑠璃嬢は、従鬼並みに自身を強化しており自ら相手を叩きに行くというスタイルだ。そして、そんな瑠璃嬢と一対一で戦うことは、櫻真には不可能だ。

 しかし、瑠璃嬢の攻撃を躱し続けながら術を詠唱することができれば、状況は変わってくる。

「桜鬼!」

 櫻真が桜鬼の名前を呼び、桜鬼が頷く。そして、桜鬼が「風神、招来」と呟くと、櫻真の前に、桜鬼が召還した飛廉が姿を現した。

 現れた飛廉が静かな旋風で櫻真を自分の背中の上へと乗せてきた。飛廉の背中に乗った櫻真が護符を構える。

 瑠璃嬢は、自分たちとの距離感を掴もうとこちらを観察するような素振りを見せてから、一気に櫻真の方へと疾走してきた。

 来る!

 自分へと疾走してきた瑠璃嬢は、100m程の距離を一瞬で詰めてきた。しかし、そんな瑠璃嬢に向かって、飛廉が咆哮を上げる。

 咆哮が轟いた瞬間、無数の空気の渦が生まれ瑠璃嬢の足下を巻き取る。足下を取られ、そのまま風の渦の中に閉じ込められた瑠璃嬢の身体が宙に上がり、身体の上下が逆さになった。

 強い暴風に行く手を阻まれ、瑠璃嬢が苦い顔を浮かべてきた。

 櫻真は、その間に瑠璃嬢に向かって護符を投げる。

「水行の下、清流よ、雨師の矛となり敵人を打て。急急如律令」

 護符に籠った声聞力と、櫻真が追撃として用いた術式が発動する。護符から出現した瀑布と空に立ち込めた曇天から大粒の雨が降り注ぐ。

 そこに飛廉が起した風が加わり、台風の直撃を受けているような状態だ。とはいえ、飛廉の背中にいる櫻真には、何の影響もない。

 そして、それは桜鬼にもいえる。

 よもや、この場所は櫻真の声聞力で溢れ、桜鬼にとっても動きやすいフィールドとなった。力では魑衛に劣る桜鬼が、この場に溢れる櫻真の声聞力の影響を受け、その力をどんどん高めていっているのだ。

 桜鬼が剣戟で魑衛を押している。

 魑衛が繰り出す刃を弾いた桜鬼が、魑衛の追撃を許さず反撃を繰り出す。魑衛が一撃を繰り出せば、桜鬼は二撃、三撃と繰り出す。

 櫻真が強化の術式を唱え、桜鬼の一撃を重くさせる。

 瑠璃嬢が何故䰠宮の当主に固執するのかは分からない。まだ自分が当主というものの存在価値が分かっていないからなのだろうか?

 櫻真がそんな事を思っていると、櫻真の左頬を鋭い痛みが走った。それと同時に櫻真の頬から赤い血が流れ始める。

 どこから……?

「悪いけど、あたしだって強化以外の術式も使えるから」

 声が聞こえてきたのは、捕縛した風の渦の方からではない。自分たちの背後だ。櫻真を背中に乗せた飛廉が危機を察知したかのように、甲高い声を上げて、宙へと跳躍した。

 飛廉が宙に浮かんだまま制止する。

 しかし、そこで危険が去ったわけではなかった。

「はぁあっあ!」

 吹き荒れる風などに負けない、瑠璃嬢の雄叫びが辺りに響く。その瞬間に、本殿の屋根の上から自分たちへと跳躍する瑠璃嬢の姿が見えた。

 飛廉が尾を逆立て、向かってくる瑠璃嬢に風の刃を放つ。けれど、その刃を瑠璃嬢が手に持った日本刀で弾き落とし、そのまま突貫してくる。

 幻術を使(つこ)うてはったんや……。

 櫻真は手に強化、守護の護符をすぐさま発動させる。護符により発動させた結界と瑠璃嬢が衝突する。しかし衝突した瑠璃嬢は落下せず、櫻真の張った結界を突き破ろうとしている。

「土、金行の法の下、土中の鉱石よ、岩融(いわとおし)の矛となれ。急急如律令」

 瑠璃嬢の詠唱に答え地面が微震すると、勢いよく巨大な土柱が上がった。槍の形状となった土矛が瑠璃嬢の合図で、結界の壁へと矛先を向けてきた。

 櫻真たちを守る結界と瑠璃嬢が作り出した土矛が衝突し、空気を揺らす衝撃と火花が散る。結界を破かれるわけにはいかない。

 破られれば、強固な岩で出来た矛が一気に櫻真たちへと襲いかかり、只では済まないはずだ。桜鬼も有利とはいえ、魑衛を相手にしており、櫻真たちを助けに入ることは難しい状況だ。

 俺一人でもこの場を凌がへんと。

 むしろ、この場でちゃんと自分の力を見せなければ、これから起こる戦いで勝ち抜くことはできない。

 直感であっても、それだけははっきり分かる。

 そして護符で作った結界には限度がある。結界や攻撃等の術式を込めた護符は術の自動装置。その自動装置の動力源は、護符に元々込められた声聞力だ。

 つまり、護符に含有されている声聞力が尽きたり、破壊されればその術式は解けてしまうのだ。

 術式を詠唱する。例え結界が破られても良いようにと、櫻真は飛廉の強化を考えた。木行の属性と相生関係である水行の術式と金行の相剋である火行の術式を飛廉に付与する。

 これで、結界が破られようとも瑠璃嬢を迎え撃てるはずだ。

 術式が完了する。そしてそれと同時に瑠璃嬢が結界を破ってきた。櫻真の張っていた結界が音のないまま、硝子の破片のように砕け散る。

 飛廉が向かってきた土矛に対して、突貫した。

 突貫した飛廉が前足を大きく奮って、その土矛に爪を立てる。金行と木行は金剋木(ごんこくもく)の関係だ。けれど、術式により強化はしている。大丈夫だ。そう思った。

 しかし、飛廉が振り下ろした爪からは付与したはずの火行の術式がついていない。

 そのため、飛廉の爪は土矛の表面を削るだけだ。表面を削られた土矛は、その巨大な矛先で櫻真たちを強打してきた。その衝撃で櫻真の意識が明滅する。

 自分を守るための術式も詠唱できない。

「櫻真っ!」

 頭から落ちて行く櫻真の耳に桜鬼の叫び声が聞こえてきた。けれど、桜鬼の姿を見る前に櫻真の意識が途切れた。

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