表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/355

最初に感じた気配

「紅葉から? 何やろ?」

「用件は聞いとらんけど、もしかたらお誘いの電話やないかな? 今日は葵祭りやし」

「んー、どうやろ?」

 小首を傾げながら、櫻真は桜子から電話を受け取って電話に出る。

「もしもし、紅葉?」

「あっ、櫻真? 今、平気?」

「平気やけど、どないしはったん?」

「いや、どうってことはないんやけど……その、今日って葵祭があるやん? だから、その……櫻真が稽古とかなかったら、一緒に行けへんかな? と思って」

 桜子の読み通り、電話の用件は祭りに行こうという誘いだったらしい。

 特に今日は稽古もないし、予定も入れていない。

「そやな。じゃあ、久しぶりに行こうかな」

「ホンマに? なら、今から下鴨神社の鳥居前で待ち合わせしよう」

「わかった。じゃあ、後で……」

 電話を切ろうとした櫻真の視界に、少しむくれた顔をした桜鬼が映る。

「あっ、紅葉」

「ん? どうしたん?」

「ちょっと、もう一人連れて行ってもええ?」

「ええよ。でも、もう一人って?」

 紅葉が電話越しに首を傾げているのが、想像つく。

「ちょっと、知り合いの人なんやけど……せっかくのお祭りやから」

「まぁ、櫻真がそう言いはるんやったら仕方ないわ。でもウチ、話せるかな?」

「大丈夫やと思うよ。その人、誰とでも話せる感じの人やから」

 不安そうな声を上げた紅葉に、櫻真が桜鬼の方を一瞥しながら答えた。確かに、桜鬼を初めて見たら、華やかな外見から気後れしてしまうかもしれない。

 でも、少し話せばきっと紅葉ともすぐに打ち解けるはずだ。

「……まっ、あたしより人見知りの櫻真がそう言うんやったら、大丈夫やな。少し残念やけど」

「残念?」

「あっ、あっ、いや何でもないよ。さっきのは忘れて。じゃあ、また後でな」

 何やら紅葉が焦った様子で、電話を切って来た。

「紅葉、どうしたんやろ?」

 櫻真が電話から耳を話しながら、首を傾げさせる。それに今思えば、家の電話にかけずに、個人の端末の方に掛けてくれば良いのに。

 けれど、そんな櫻真の疑問は顔を不服そうに膨らませて、顔を近づけて来た桜鬼によって払拭されてしまった。

「櫻真、さっき話していたのは女子(おなご)じゃの?」

「ああ、そうやね。これから葵祭に行こうって話になって……」

「ほう。つまり櫻真はこれからその女子と逢瀬を重ねようとしとるんじゃな?」

「お、逢瀬って! そんなんちゃうよ。全く、ちゃうよ。紅葉はただの幼馴染みで、学校の友達やし! それに桜鬼も来はるやろ?」

 桜鬼の言葉に顔を赤らめながら、櫻真が上半身を後ろに仰け反らせる。

 すると、顔を赤らめた櫻真に桜鬼が目を細めて、「うむ」と短く唸って来た。

「妾を連れて行くとな……」

「えっ、駄目やった?」

「いいや。駄目ではない。妾も賑やかなのは好きじゃ」

「……ホンマに? それなら良かったわ」

 何となく桜鬼の性格的に、祭り事は好きそうだなと感じていたから、紅葉に桜鬼を連れて行くと言ってしまったのだ。一瞬、それが有り難迷惑になったのかと思って焦ったが、それが取り越し苦労に終わってホッとした。

「まっ、櫻真が妾を誘わなくとも、妾は付いて行く気満々じゃったがのう」

 胸を撫で下ろした櫻真に、桜鬼が目を細めて笑って来た。その笑みに、櫻真はドキリとしてしまう。

「なんや、そうやったんや。なら、それこそ紅葉に話しといて良かったわ」

 ドキッとしてしまった事を隠すように、櫻真がそう言う。

 桜鬼は従鬼、桜鬼は従鬼……。

 胸中でそう自分に言い聞かせながら、櫻真はコップに入れてあった水をぐいっと飲み干した。



 櫻真は、桜鬼と共に紅葉との待ち合わせ場所へと向かっていた。

「うむ。この時代の服は動きやすいのじゃな」

「そうやな。着物に比べると動きやすいかもしれん」

 隣で歩く桜鬼は、来ていた着物を脱ぎ、櫻真の母親が持っていた服を来ている。七分丈の紺色のパンツに、半袖の白いブラウスという格好だ。

「桜鬼ちゃん、身長がモデルさんみたいに高いから、私の服だと小さいかな? とも思ったけど……ぴったりそうやね。ウエストも……」

 昔に着ていた自分の服を桜鬼に着せながら、母親が小さく溜息を吐いていた。

 そんな母親の姿を思い出しながら、櫻真はウキウキとした笑顔を浮かべる桜鬼を見る。

 桜鬼は櫻真の腕に手を組みながら、下鴨神社に出ている屋台を見たり、行き交う人を楽しそうに見ている。

 桜鬼からすると、やっぱり驚く事が一杯なんやろうな……。

 とは言っても、腕を組んで歩くのは止めて欲しい。

 別に桜鬼が嫌だとかではないが、きっとこの祭りには学校の生徒も多く来ているはずだ。そして桜鬼は目立つ。

 格好が今の時代のものとなったとしても、やはり綺麗な事に変わりはなく、人目を惹いているのは確かだ。

 もし、こんな所を学校の生徒に見られたら……明日の学校でネタにされるのは明白だ。それを回避するためにも、桜鬼に腕を組むのを止めて貰いたいのだが、桜鬼に腕を離す気はサラサラなさそうだ。

 ならば、自分が離せば良い。むしろ離すべきだ。

 何でやろう?

 腕を離すべきだと思うのに、それをしたら桜鬼が悲しむと考えた途端、腕を離す事ができなくなってしまう。

 あかん。こんなんただのヘタレや。それにどっちみち紅葉と会う前に、離さないといけない。

 つまり、今くらいのタイミングで腕組みを解くべきだ。

「なぁ、桜鬼……」

「櫻真! あれは何じゃ?」

 決死の覚悟で口を開いた櫻真に、桜鬼がクレープの屋台を指差して訊ねて来た。

「あっ、あれはクレープ言うて、甘味やな」

「なっ! 甘味とな!」

 甘味と聞いて、桜鬼が目をより一層輝かせて来た。屋台の前には、家族連れのお客さんがおり、プレートの上で焼かれる薄い生地を見ている。

「桜鬼も食べてみはる?」

「なんと、良いのかえ?」

「ええよ。やっぱり、祭りに屋台は付きものやし。祭りに誘ったのは俺やから」

 櫻真がにっこりと笑って頷くと、桜鬼が感極まった様子で櫻真に抱きついて来た。

「櫻真は男の(おのこ)様の鏡じゃ」

「そんな鏡なんて言われる事してへんよ? いや、それより桜鬼……その周りの人の視線もあるから、その……抱きつくのは……」

 周りからの視線に恥ずかしくなった櫻真が、口籠もりそうになりながら桜鬼を離れさせる。

「櫻真は、本当に照れ屋じゃのう。でも、そこまた櫻真の魅力の一つじゃな」

「魅力って……そんなものあらへんよ。まだ子供やし」

 櫻真が照れながらそう言うと、桜鬼が瞬きしながら櫻真を見て来た。

「何を言うておる? 櫻真は幼子ではない。むしろもう立派な大人に近いではないか」

 櫻真を気遣ってではなく、心の底からそう思っているという感じの桜鬼に、櫻真は一瞬だけ呆気に取られそうになる。

 けれど、櫻真ははっとして思い出した。

 桜鬼に江戸時代くらいの感覚で止まってはるんやった。

 それを考えれば、桜鬼が自分のことを大人だと思っていても可笑しくはない。それが普通なのだから。

 ってことは、桜鬼にとって自分は成人の男性ということになる。

「櫻真? さっきより顔を赤らめてどうしたんじゃ?」

「あっ、いや、その……なんでも、ない。気にせんといて」

 櫻真は恥ずかしさで頭を擡げたい気持ちを何とか抑えて、桜鬼と共にクレープの屋台へと向かった。

 桜鬼は櫻真の気恥ずかしさなど露知らず、短時間で出来上がって行くクレープに目を輝かせている。

 クレープ生地の上に乗っかる生クリームとチョコに赤い苺。

 桜鬼からすると、ヨーグルトに続き未知なる食べ物だ。

 店の人からクレープを受け取り、一口一口感動しながら食べる桜鬼。ここまで喜んで貰えると、櫻真からしても素直に嬉しい気持ちになる。

 クレープを食べながら歩く桜鬼と共に、櫻真が鳥居の前まで歩いた。

「紅葉、どこにおるんやろ?」

 そう呟きながら、櫻真が鳥居界隈を見渡す。鳥居の前には、自分たちと同じように待ち合わせをしていたり、これからここにやってくる行列を見るために、場所取りをする人で溢れている。

 電話した方が早そうやな。

 櫻真が腕に付いた端末で紅葉に通信を入れようとすると、丁度そのタイミングで紅葉から通信が入った。

「櫻真? 今どこらへんにおる?」

「丁度、鳥居の前におるよ。紅葉は?」

「あたしも鳥居の前に……あっ、おった!」

 櫻真よりも先に紅葉が見つけたという声を上げてきた。櫻真もそれに合わせて再び周りを見る。するとミディアムくらいの長さの髪を髪飾りのついたゴムで一つに結んだ紅葉が近づいて来た。

 近づいて来た紅葉に櫻真が、軽く手を上げる。

「良かった。すぐに合流出来て……人が多いから見つけられへんかったら、どうしようかと思ったわ」

「今年は日曜日やからな。人が平日のときより多いんやろうな。あっ、紅葉に紹介しとくわ。この人が俺の知り合いの桜鬼や」

 櫻真がさっそく紅葉に桜鬼を紹介する。

 すると、紅葉がクレープを食べる桜鬼を見て、少し気後れしたような表情を浮かべて来た。

「櫻真の知り合いの人って、年上でこんな綺麗な人……やったんやな。あっ、えっと初めまして。千高紅葉(ちたかもみじ)です」

 唖然と緊張混じりの紅葉が桜鬼に自己紹介をする。

 するとクレープを食べ終わった桜鬼が、そんな紅葉に顔を近づけてマジマジと紅葉を見て来た。

「えっ、何ですか?」

 顔をマジマジと見られた紅葉が動揺した様子で桜鬼に訊ねる。すると桜鬼が紅葉から顔を離し、妙に納得した様子で頷いて来た。

「紅葉とやら、櫻真を狙っておるな?」

 真剣な表情で発して来た桜鬼の言葉に、紅葉と櫻真の目が点になる。そして後から驚きの声が二人から漏れた。

「なっ、ちょっと、桜鬼! いきなり変なこと言ったらあかん!」

「そ、そうや。あたしの準備が出来てへんのに、そんな事言わんといて!」

「えっ、準備?」

「あーあーあー、櫻真、そんな細かい所は気にせんで良いから。桜鬼さんもこれ以上、変な事言わんといて下さい! はい、この話はここで終了!」

 紅葉がかなりテンパった様子で、半ば強制的に話を終わらせてきた。

 自分よりも遥かにテンパっている紅葉のおかげで、櫻真は逆に冷静になることができた。ただ、櫻真の隣に居る桜鬼は不満そうな表情のままだ。

 うーん、この二人を会わせたのは失敗やったかも……

 櫻真が内心でそんな事を考えながら、神社内にある屋台を見たりして行列が来るまでの時間を潰す。

 その間は、思っていたよりも平和的で桜鬼と紅葉も普通に会話をしている。

「あっ、行列が来たみたいや」

 紅葉がそう言って、道路の方を指差してきた。それと同時に周りの見物人も首から下げたカメラや端末機などを下鴨神社へと向かってくる行列に向けられている。

 行列で歩く人々は平安時代後期の王朝風俗の格好をしている。その行列の中心に居るのは、腰輿(およよ)に乗る斎王代がいた。

 この時期は、天気が不安定で曇が多かったり、雨がぱらついたりするのだが……今日は快晴という事もあってか、祭りの華やかさが一層際立って見える。

 久しぶりに見たけど、やっぱりええもんやな。

 過ぎ去る行列を目で追いながら、そんな感想を抱いていると……道路を挟んで向こう側の舗道に、自分とそっくりな人影を見た。

「えっ……?」

 思わず驚きの声を漏らす。

 櫻真が自分とそっくりな人物を見た瞬間に、向こうもこちらに気づいた様子で、不快感と怒りを帯びたような視線で睨み返して来たのだ。

「どうしたのじゃ?」

 櫻真の声に気づいた桜鬼が首を傾げて訊ねて来た。

「いや、その向こうに……」

 桜鬼にそう答えながら、逸らした視線を再び反対側の歩道へと戻す。しかし視線を戻した先に、自分とそっくりな人の姿はいない。……気の所為?

「向こうに、何かいたのかえ?」

「あっ、いや……何も。俺の気の所為やったみたい」

 首を傾げさせる桜鬼に櫻真はそう言って、苦笑を零した。

 けれど、櫻真の内心はひどくざわついていた。

 一体、さっきのは何だったのだろう? ドッペルゲンガー? いや、そんな事はない。もしそういう類いの物なら、遠くにいても人とは違う気配で分かる。

 しかし、さっき見た人物からは自分と同じ人間の気配があった。他人の空似というには、あまりにも似過ぎていて、そんな言葉では片付けられない。

 けれど、さっき見た自分とそっくりの人物を考えれば考えるほど、頭が混乱する。

 それに……

 自分と目が合った時、向こうには強い感情があった。つまり、向こうは自分を知っているということだろうか?

 訳が分からない。ただ、向こうと目が合ってから空気に生暖かいような、変な気配が混ざっていることに気付いてしまった。気配は凄く小さい。

「なぁ、桜鬼……」

「ん? 何じゃ?」

「ここら辺で、怪しい気配とかする?」

「……ちょっと待つんじゃ。少し、気配を窺ってみる」

 櫻真の言葉に表情を引き締めた桜鬼が少しの間、瞑目する。

 そして、静かに目を開いて来た。

「する。しかしこれは何者かが術式を使用した残滓みたいなものじゃ。よく凝らして感受しなければ分からぬよう術式が組まれておる。それゆえ、どんな術式がここで使用されていたのかまで追えぬ。すまぬ、櫻真」

「桜鬼が気にせんでええよ。俺も追えへんかったし……ここには、人もぎょうさんおるし、邪鬼も集まり易いのかもしれん」

 悔しそうな表情を浮かべる桜鬼を慰めながら、櫻真は先程の少年の姿を想起する。

 あの子は、一体、何者やったんやろ?

 櫻真の胸中に中々晴れない、靄のような物が広がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポイントを頂けると、とても嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ