少女の反旗
「最悪すぎ。変な邪魔が入った所為で、鬼絵巻が手に入んなかった」
瑠璃嬢は櫻真達の学校から去った後、京都市内で葵が居そうな場所を探すことにしていた。といっても、葵の趣味趣向なんて瑠璃嬢は知らない。
そのため、街を歩きながら葵らしき気配を探っているだけだ。
「瑠璃嬢。すまない。己の力が至らぬばかりに、この様な無様な結果になった」
「謝らなくていいから。まだ取られたわけじゃないし。勝手に終わった事にしないでくれる?」
瑠璃嬢が頭を下げてきた魑衛を横目で睨む。
すると、そんな瑠璃嬢の言葉にハッとしたように魑衛が表情を引き締めて来た。
「瑠璃嬢、君の言う通りだな。……それにしても、あの結界から我らを出したのは葵とやらの仕業だと思うか?」
「さぁね。姉さんの行動理由が分かんないし。ただ言えるのは、あの護符を渡して来たのは姉さん。だから、何か仕掛けをしてたとしても可笑しくない」
闇雲に気配を探しながら、街を歩く事に億劫さを感じている瑠璃嬢が溜息を漏らす。
溜息を漏らした瞬間に、体に蓄積された疲労がどっと押し寄せてきた。
「ったく、どうして、どいつもこいつも……」
自分の邪魔をしてくるのだろう?
大して、当主にもなりたがってない癖に……。
瑠璃嬢は、自分と対峙してきた櫻真と蓮条の顔を思い出しながら、憎々しげに唇を噛む。
いや、そもそも当主の権限が京都にある方がおかしい。
そう、自分の両親は恨めしげな表情で、よく愚痴を零していた。
東京にある実家の文献には、前回の勝者は䰠宮虎太郎だと記されている。虎太郎は京都から関東へと出された分家の当主、つまり瑠璃嬢の祖先にあたる人物だ。
なら陰陽師の当主としての権限は、こちらにあるのが普通ではないのか?
しかし、二分されるべき権力は二分される事はなく、京都の本家の方に置かれている。そのため、分家の不満は積もっていったのだ。
長く積もった不満は、溶け固まり、またその上に不満が蓄積されていく。
ある日を機に瑠璃嬢の意見など全く耳に入れない親たちは、瑠璃嬢に最低限の自由しか与えず、陰陽術を覚えさせることに躍起になっていた。
瑠璃嬢がそれに少しでも歯向かえば、親たちは容赦なく瑠璃嬢を思い切り殴ってきた。
『お前は䰠宮の家の当主になるのだから、これくらいは当然だ』
そう、言いながら瑠璃嬢を組み敷くのが親の常套句となっていた。
そしてそんな生活に、瑠璃嬢がうんざりとしていた時に、従鬼である魑衛と契約を結んだ。
瑠璃嬢は、その時の両親が発狂という言葉が似合いそうな程、喜んでいたのを鮮明に覚えている。
そしてすぐに本家に対する反旗として、瑠璃嬢は京都へと向かわされたのだ。
しかし、瑠璃嬢は両親たちの憂さ晴らしにいつまでも付き合っていようとは、考えていなかった。
むしろ、逆だ。これは自分から両親たちへの反旗、反逆だ。
力ではなく、アイツらが喉から手が出るほど欲していた『䰠宮の当主』の権力で、自分を駒にしようとしていた親たちを屈服させてやる。
そしてそれを成功させるためには、どうしても『当主』という地位が必要になってくる。
「瑠璃嬢、従鬼の気配がするぞ。これは魄月花の気配だ」
思考の中にいた瑠璃嬢を、魑衛が現実へと戻して来た。はっとして、瑠璃嬢は辺りを見回す。今、瑠璃嬢がいるのは三年坂の近くだ。
左右にお土産やなどの小店が並び、多くの人間で賑わっている。
その中に、ゆっくりとした足取りで自分に近づいてくる男がいた。その後ろに長身の女、従鬼の姿もある。
「……何の用?」
自分の前にやってきた着物姿の菖蒲と魄月花をキッと睨みつける。
「そんな気い張らんでもええよ。別に敵対しに来たわけやないから」
「じゃあ、何しに来たわけ?」
身構える瑠璃嬢に、菖蒲が短い溜息と共に肩を竦めてきた。
「東京からわざわざ来はって、鬼絵巻が一つも取れへんのは嫌やろ? 向こうさんの不満も背負ってはるみたいやし?」
「アンタに心配されなくても、鬼絵巻は取るから」
突如現れた菖蒲を突き放すように、敵意を向ける。いきなり現れた奴からの嫌味に付き合っているほど、暇じゃない。
そのまま菖蒲の横を魑衛と瑠璃嬢が通り抜けようとした時、菖蒲がゆっくりと開口し、言葉を紡いできた。
「君にもう一度、鬼絵巻を取るチャンスを上げようと思うんやけど、どう?」
歩き出した足が再び停まる。
瑠璃嬢の鋭い瞳が、再び菖蒲を見た。
「……信用できない。むしろ、菖蒲があたしにそれを提案すんの?」
葵と違い、菖蒲は気まぐれで自分に力を貸すの事は考えられない。そしてそんな瑠璃嬢の読みを肯定するかのように、菖蒲が肩を竦めてきた。
「君、他者の契約書を狙ってはったんやろ? けど、それを看過する事は出来へん。それなら君に鬼絵巻を献上すればええと思うたわけや」
「従鬼がいれば、後で巻き返せるとでも思ってんの?」
菖蒲の本意を確かめようと、瑠璃嬢が疑問を並べて行く。出来る限り、菖蒲の精微な表情の動きも見落とさないように凝視する。
瑠璃嬢の後ろに付いている魑衛は、菖蒲の後ろで白けたような顔を浮かべている魄月花を睨んでいる。
すると、菖蒲がフッと小さく笑って来た。
「分家さんは、いつでも臨戦態勢やな? そんな二〇〇年前の事を引きずってはるん? でも残念や。僕が契約書を守るのは、規則を逸脱して予想外な事態を引き起こさないため。それから、先に言うておくな。誰かの契約書を破棄したら……君が当主になる事は不可能になる」
断言する菖蒲の表情は至って真剣なものだ。瑠璃嬢の策戦を崩すための嘘にも見えない。
瑠璃嬢は、菖蒲から地面の方へと視線を向けて眉を顰めさせていた。
菖蒲の言う事を鵜呑みするのも癪に触る。自分の舵が他者に取られるのが気に入らない。
しかし……
先程のように、無碍に突っ撥ねることもできない。
「その言い方だと、契約書を破棄したらどうなるか分かってんだ」
「……せやな。色々と調べさせてもろうたわ」
含みのある言い方をしてきた菖蒲に瑠璃嬢は、より表情を険しくさせる。ここで詳細を聞いた所で、菖蒲が答えるかは分からない。答えてきたとしても真偽を確認する知識がなさすぎる。
瑠璃嬢が暫く黙り、選択に逡巡していると……菖蒲が口を開いてきた。
「君が今すぐしたはりたい事って、何?」
その問い掛けに、瑠璃嬢は微かに目を見開いて菖蒲を見た。再度凝視した菖蒲は、何の表情も浮かべていない。ただその瞳にあるのは、一つの信念のようなものだけだった。
そしてそんな菖蒲の口から、先程の結界の入り口となる点門の場所が告げられる。瑠璃嬢はその言葉を食い入るように聞いた。




