疑問への答え
「君が学校から家に戻るあたりくらいからかな。それで理由は……何でやと思う?」
「えっ、それは……」
「妾たちを監視することで、其方達に何かしらの旨味があるのではないのかえ?」
やや口籠もった櫻真に代わり、桜鬼が視線を厳しくさせて桔梗に訊ねる。するとそんな桜鬼を椿鬼が睨み返す。
「旨味って言われると、正直……僕にはないかなぁ」
桜鬼の言葉に桔梗があっさりとした声音で答える。そのさっぱりとした声音に嘘をついている様子は感じられない。
しかし、これもそう見せているだけ……と考えてしまうと、櫻真は本心から安堵はできない。
「僕が櫻真君たちを見てはったのは、菖蒲の動きを見張るため……とでも言うておこうか?」
「えっ、菖蒲さんを? それってどういう事ですか?」
櫻真が驚いた瞬間に、赤信号にぶつかり車にブレーキがかかる。そして、桔梗が驚く櫻真の方へと向いて来た。
「菖蒲は、瑠璃嬢に鬼絵巻を手に入れさせようとしてたかもしれん。これは僕の憶測やけど」
「えっ、どうしてですか?」
「僕もそこまでは知らへんよ。菖蒲がペラペラ自分の事を話しはるタイプでもないし。けど、瑠璃嬢が暴走したはる話を菖蒲にしたら、『丁度ええわ』って呟きはったんよ。それから、少し経って鬼絵巻の気配がしたからね……」
桔梗の言葉が途切れた瞬間に、信号が青になり再び車が動き出す。
「……もし、それがホンマの事なら、菖蒲さんの意図が分かりません。菖蒲さんも従鬼と契約しはっとるのに、どうして自分で取りに行かれへんのやろ? それに、今日瑠璃嬢に結界の護符を渡したのは、姉さんからやって聞きました」
「そうじゃ。それとも葵と魄月花の主は結託しておるのか?」
「二人の気持ちは分かりはるけど……僕にそこまでの事訊かれても困るね。菖蒲が瑠璃嬢に肩入れしとるっていうのも僕の憶測に過ぎんから」
動揺する櫻真たちの質問攻めを、桔梗が苦笑を零して制してきた。
勢いで桔梗に疑問を投げていた櫻真が、しまったといわんばかりに顔を俯かせる。
「そう顔を下に向けんで。僕は別に気にしてへんから」
「ありがとうございます。けど、俺……まだ全然分からない事だらけで」
何となく、自分が情けなく感じた。
自分も初めは成り行きだったとはいえ、この鬼絵巻の事件に関係している。
それなのに、自分は何も見えていない、知らないのだ。
真っ暗い中をずっと手探りで歩き続けている。そんな心許ない足取りで、この先も歩いて行けるのだろうか?
櫻真がそんな不安に駆られていると、桔梗が口を開く。
「安心して。きっとそれは櫻真君だけやないよ。むしろ、僕も櫻真君とあんまり変わらへんから。もし、先が見えないって思うてしまうなら、今は目の前の敵に集中すればええんよ」
「目の前の敵?」
「そう。今でいうと、瑠璃嬢やね。櫻真君は、瑠璃嬢がどういう子か知ってはる?」
「……いえ」
桔梗の言葉に櫻真は首を振った。
「じゃあ、僕が知っとる事を櫻真君に教えるわ。と言っても、あの子の考えまでは知らんけど」
最後にそう釘を刺して、桔梗が口を瑠璃嬢について話始めた。
櫻真と桜鬼が桔梗の言葉に耳を貸す。
「瑠璃嬢の家は、東京にある分家なのは知ってはるね?」
「分かります。分家の中でも大きい家っていうのも」
「そうそう。理由としては、前回の鬼絵巻を勝ち取った……つまり、桜鬼の前主、虎太郎の先祖だから」
「なっ、あの娘は虎太郎の縁者なのかえ?」
桔梗の言葉に大きく反応したのは桜鬼だ。
だが、その隣に座る椿鬼もやや複雑そうな表情で桔梗を見ている。
「まぁね。だから、瑠璃嬢の家からすると䰠宮家の家督は自分たちの元にあるのが正しく、京都にあるのが可笑しいって考えてはるみたいやわ。だから、そんな家からの期待を一身に受けて、瑠璃嬢はこっちに来はったみたいやね」
「でも、それを聞く限りやと、瑠璃嬢の家の言い分も分からなくないような……」
正しい、正しくないは分からない。けれど櫻真は思ったことを口にしていた。
鬼絵巻を手に入れた者が、䰠宮家の当主。
そのルールに沿えば、前回の勝者である虎太郎の家が家督を継いでいるはずだ。
けれど、今䰠宮の家督は櫻真の家……つまりは、京都に置いてある。
何故だろう?
そう感じたのは、櫻真だけではないらしく、後部座席に座る桜鬼も同じように訝しげな唸り声を上げている。
そんな自分たちに、桔梗が軽く肩を竦めてきた。
「そこの疑問は僕にも分からん。もしかしたら、明治、大正、昭和、平成にかけて、そのルールがどこかで変わったのかもしれへんからね」
「変わった?」
「そう。例えば従鬼を呼び出せないならば、能楽師として有能な方を家督にさせる、とかね?」
「なるほど。確かにその線は考えられるのう」
頷いたのは、唸っていた桜鬼だ。
「でも、そしたら家督が二つに分かれてはるんじゃないですか?」
引っ掛かりのある所を櫻真が口にする。
すると、それまで答えていた桔梗が少し考えはじめた。
そして少し考えた後で桔梗が口を開く。
車は千本通を横切り、二条城辺りに差し掛かっていた。
しかし、大きい通りということもあり道は混み、思う様に車は進まない。
「もしかすると、䰠宮も祝部の様に声聞力が弱体化しとったのかもしれんね。占術は出来ても術式は使えない。そんな感じで。それこそ、僕らの世代で先祖帰りをした可能性もあるからね。現に僕らの親たち世代は声聞力が弱い人ばっかやったみたいやし」
そう言うものの、桔梗の言葉には信憑性というか整合性がある気がした。
これを踏まえて考えれば、瑠璃嬢の家ではなく、こちらに家督があるのも頷ける。
そして従鬼が目覚めた今、瑠璃嬢の家は家督を継ぐ事に躍起になっているという事だ。
何となくだが、少しだけ瑠璃嬢の事が見えてきた気がする。
櫻真がそんな事を考えていると、桜鬼が桔梗へと疑問を口にした。
「じゃが、魑衛の主の事とは別に妾には一つ疑問がある。何故、魑衛の主ではなく櫻真を監視していた? これまでの話を聞く限り、監視する対象は櫻真ではないはずじゃ」
桜鬼の質問に、桔梗が軽く肩をすくめる。
「理由は簡単。僕としては菖蒲が櫻真君に危害を加えんで欲しいから」
「な、に?」
「そんなに驚くことやったかな?」
「全くもって予想だにしていなかった。其方も従鬼と契約しておるなら、櫻真とは敵対のはず。それなのに、櫻真を養護するとは……もしや、其方は衆道か?」
驚いた様子で桔梗に訊ねる桜鬼。すると運転をしていた桔梗が今度は面を喰らったかのような表情を浮かべている。
「衆道って、何?」
聞き慣れない言葉に、櫻真が首を傾げる。
すると、今まで黙っていた椿鬼が深いため息を吐いてきた。
「衆道とは、男性を好きな男性のことです。……この際なので、私も疑問を呈させて頂きますが、主はそちらの気があるのですか?」
椿鬼の本気な表情を見てから、櫻真は恐る恐る車を運転する桔梗を見る。
確かに、桔梗は自分によくしてくれている。
しかし、それは兄弟子という立場で、昔は一緒に住んでいた兄のような立場だからだと櫻真は思っている。
まさか、桔梗さんがホモなんて、しかも自分に対してなんて……。
ありえへん、ありえへん。絶対に!
と内心で、櫻真は首を横に振るが……肝心な桔梗からの返答を聞くまでは、自分が否定することはできない。
だが、それこそどういうタイミングなのか、
「話が大分、暖まってきた所やけど……目的地に到着してもうたよ?」
という桔梗の言葉と共に、『祝部』と書かれた家の前に到着していた。




