二者の間に通ずる血
「あるにはある。けど、その前に訊くんやけど……自分らにこの護符を渡したのは誰?」
訊ねられた瑠璃嬢は、しばし考えるような仕草をしてきた。
やはり、この護符は瑠璃嬢たちが書いたものではなかったらしい。瑠璃嬢からの答えを待つ櫻真の脳裏には、あの結界内で感じたここには居ない術者の気配だ。
もし、護符に何か細工をしたのであれば、その者だろう。
そしてそれは、瑠璃嬢に護符を渡した人物かもしれない。
「……まぁ、いいか。言っても。䰠宮葵。アンタたちも知ってるでしょ?」
答えが纏まったらしい瑠璃嬢が、あっさりとした様子で護符を自分たちに渡した人物の名前を口にしてきた。
「光に一度接触していた事を考えると、その情報は信憑性が高いのう。それにしても、奴は最初からきな臭いと思っておったが……こんな厄介な物まで持っていたとは」
苦虫を噛んだような表情で、桜鬼が櫻真へ同意を求めるように顔を向けてきた。しかし、櫻真はどこか腑に落ちてなかった。
確かに瑠璃嬢に護符を渡したのは、葵のような気がする。
しかし、櫻真が結界内で感じた気配は葵ではない気がするのだ。
「じゃあ、俺らがあの空間から出されてしもうたのも、葵の仕業って事やな?」
櫻真が悶々と考えている間に、蓮条が話を纏めるように訊ねてきた。
鬼兎火や桜鬼が頷く。瑠璃嬢は頷きもしないが否定もしない。魑衛も瑠璃嬢と似たり酔ったりの態度だ。
蓮条の視線が、次に櫻真へと向いてきた。
「櫻真はどう思う?」
「……俺は、姉さんやないと思う」
櫻真の声はやや小さい。けれど否定の言葉を述べていた。
「理由は? そう言えば、櫻真は心当たりがある言うてたな?」
蓮条の言葉に、櫻真が頷く。
「実は、あの結界の中には姿の見えない気配を感じた。多分何らかの術式でバレへんようにしたはる感じやったけど……。でも、何となくその気配は姉さんやない気がするんよ」
気配の正体を突き止められていない以上、説得力はない。しかし、櫻真は蓮条にそう言い切る。
「櫻真にしては珍しく言い切りはるな……鬼兎火は、どう思う?」
「私としては、明確に正体を掴めない相手を追うより、尤も怪しい人物を追うべきだと思うわ。結界内に取り残されている人がいるなら、無駄な時間を裂くべきではないし」
鬼兎火の言葉は一理ある。
今、櫻真たちが掛けるべき時間は犯人探しに当てるのではなく、あの結界内に戻るための方法を模索する方に当てるべきだ。
そして、その結界の護符を持ち出して来たのは葵だ。
なら、葵の居場所を探し出して護符に込めた術式を訊いた方が早いのかもしれない。
「ならば……鬼兎火たちに葵を追うことを頼んでも良いかえ?」
そう提案したのは、真剣な表情を浮かべた桜鬼だ。
「それを頼むということは、桜鬼たちは正体不明の気配を追うということ?」
「そうじゃ」
怪訝な表情を浮かべる鬼兎火に、桜鬼があっさりと頷く。
「正直、妾は櫻真の直感を信じておる。故にそれを無視する事はできない」
信じておる。その言葉から櫻真を信じ切るという桜鬼の強い意志が伝わってくる。
一切の迷いのない桜鬼の言葉に、櫻真は何とも言えない嬉しさと共に自信のような物が胸に込み上げて来た。
「……俺も祝部君たちを助けたい。その気持ちはある。けど、自分自身の直感を信じたい。蓮条や鬼兎火には迷惑かけるかもしれへんけど、ええかな?」
桜鬼の言葉に背中を押してもらい、櫻真も自分の素直な気持ちを口にする。
すると蓮条と鬼兎火が、櫻真たちにやれやれと言わんばかりに、苦笑を浮かべて来た。
「ええよ。でも、それで俺たちが先に結界に入って、鬼絵巻を取っても恨みっこなしやからな?」
「うん、ええよ。でもそれは蓮条もやで?」
「せんわ。俺らが先に結界に入る事は決定やから。なっ、鬼兎火?」
「ふふ、そうね。どちらが先にゴールに辿り着くか……競争ね」
「まっ、妾たちに決まっておるがのう」
えっへんと言わんばかりに、蓮条と鬼兎火の言葉に桜鬼が胸を張る。するとそんな自分たちのやり取りに、辟易とした溜息を瑠璃嬢が零して来た。
「ちょっと、勝手に盛り上がらないでくれる? 萎える」
「萎えるって……自分らが黙っとったんやろ? むしろ、今の自分らが葵と同罪って意識持ってはる?」
蓮条が眉を寄せて、瑠璃嬢に反論する。
「はぁ? あたしだけじゃないでしょ? アンタだって置いて来たんだから」
「腹立つ。そんな言わはるんやったら、自分たちはちゃんと解決策を考えてはるんやろうな?」
「さぁ。アンタたちに教える義理ないから。それに鬼絵巻はアンタたちには渡さない」
蓮条に細い目を向けたまま、瑠璃嬢が踵を返してその場を立ち去って行く。それに続いて櫻真たちを鋭く睨んでいた魑衛がスッと姿を消してきた。
櫻真は桜鬼と急いで家へと戻り、占術を行う準備をしていた。
「占いで何か有力なヒントが得られたらええけど……」
「心配無用じゃ。それから櫻真、ちと訊ねたいのじゃが……以前よりも自身の声聞力が上がっていることに気付いておるかえ?」
床に置いた式盤をやや不安げな視線で見る櫻真に、桜鬼がそう訊ねてきた。桜鬼に問われ、櫻真はゆっくりと首を横に振った。
「分からん。えっ、強なっとるの?」
自分自身のことではあるが、まるで自身の声聞力が上がっているという感覚がない。しかし、何もないのに、桜鬼がこんな事を訊ねてくるはずもないだろう。
櫻真の疑問に桜鬼がゆっくりと頷いてきた。
「これは気の所為などではなく、確実に高まっておる。そうでなければ、力に特化した魑衛との剣戟をまともに受けることなどできん。あれは櫻真が妾に守護の術を掛けてくれたおかげじゃ」
「でも、何もしてへんのに強くなることってあるん?」
「正直な話、これまで何人かの主に仕えてきたが、櫻真のように声聞力が上がる事はなかった。しかし、前例がないからと言って、起こり得ないと決める付けることはできぬであろう?」
桜鬼からの問い掛けに、櫻真は静かに頷いた。
まだ自分では気付いていない変化だとしても、桜鬼がそう言うのであればそうなのだろう。そして、声聞力が上がるということは、今まで聞こえてなかった物が聞こえてくるかもしれない。
櫻真は、ゆっくりと呼吸を繰り返し式盤へと意識を集中させる。集中させながら、式盤へと声聞力を注ぎ込む。
普段は、自分の手で天盤を動かすように見せているが、本当は声聞力を受け式盤が動いているだけに過ぎない。
櫻真は、自分と佳の未来を占う。
得るべきものは結末も然ることながら、その途中の過程も重要だ。
六壬式の六つの順を踏んで行き、佳と自分の未来を占う。
「出た。二者の間に通ず血に答がある。その者、宵の時間より来たり。対峙は凶」
「これを聞く限りじゃと、夜にこの状況を打破できる者が現れるが、会うのは駄目だということじゃな?」
「うん、そう出とる」
しかし、この占い結果では自分たちを結界から放り出し、佳と光を閉じ込めた人物が分からない。
それに、『二者の間に通ず血』という箇所も気になる。二者というのは自分と佳のことだろう。
祝部が賀茂氏家の末裔ならば、櫻真たち䰠宮とも深い関わりがある。それこそ、ルーツを辿って行けば、二つの血を持つ人物がいてもおかしくはない。
親戚の中に、それもこの当主争いに参加しとる人物の中におるってことやな。
「桜鬼、この後、桔梗さん所に行こう」
「うむ。良いぞ。しかし何故じゃ? 何か引っかかることでもあるのかえ?」
「ちゃうよ。桔梗さんには頼みたい事があってな、その頼み事序でに、ちょっと訊ね事もしよう思うて」
「なるほどの。それで、どんな頼み事をするつもりじゃ?」
首を傾げさせた桜鬼に櫻真は桔梗に頼みたい事、訊ねたい事について話した。そして桔梗に「これから会えるか?」という主旨の連絡を入れた。
する桔梗からの返事で自宅に居ると返信されたため、櫻真は桜鬼と共に桔梗の自宅へと向かう。
「櫻真の頼まれ事を奴は、引き受けてくれるかのう?」
「多分、桔梗さんやったら引き受けてくれると思うけど……むしろ、引き受けてもらえへんと、割と大変というか、大事になるなぁ」
櫻真が今から桔梗に頼みにいくのは、佳と光の家族への偽造工作だ。
すでに、午後の七時近いということもあり、佳の親や光の親が二人を心配しているはず。此の状況を放置しておくわけにはいかない。
そのため、幻術に長けている桔梗に頼んで、二人の家族に幻術を掛けて貰うことにしたのだ。
桔梗の自宅は、太秦天神川駅近くのマンションだ。
教えてもらった住所を頼りに、櫻真たちはマンションへと出向いた。エントランスの所に行くと、すでに桔梗が立っており櫻真たちへと手を振ってきた。
「桔梗さん、わざわざ呼び出したりしてすみません」
「ええよ。何かありはったのは分かっとるし。さっ、行こうか?」
「えっ、でもまだ何も……」
「そうじゃ。妾たちはまだ何も言うてはおらぬぞ!」
「大丈夫。櫻真君たちの用件は既に知っとるから。それに、時間も惜しいやろ?」
戸惑う櫻真たちに、桔梗はにっこりと笑う。
桔梗の言葉と表情は、確かに自分たちの用件を知っている顔だ。だからこそ、櫻真の中に疑問と戸惑いが深くなる。
そんな櫻真たちを見て、桔梗がどこか楽しそうな顔で笑っている。そして、櫻真たちを自分の車へと乗せて来た。
車がマンションの駐車場から、ゆっくりと動き出す。
桔梗が運転するレヴォーグは、以前乗った菖蒲の車と比べるとコンパクトだ。しかし、実用的ですっきりとした印象がある。
そして櫻真が助手席に座ると、どこかで嗅いだことのある匂いが櫻真の鼻をついた。
この匂い……どこで嗅いだんやっけ?
もう少しで出そうなのに、出てこない。
「櫻真君、どうかした?」
「あっ、いえ……特に重要なことってわけやないんですけど、何かこの車に乗った時に、嗅いだ事ある匂いがして、何やろうなぁって……」
「嗅いだ事のある匂い? ……ああ、そうやね。あるかもね」
一瞬だけ疑問を浮かべて桔梗が、すぐに何かを理解したように笑って頷いてきた。しかし、その続きがない。
何やろ?
隣で妙に愉快そうに笑われていると、その理由が気になってしまうものだ。
しかし、櫻真が桔梗に理由を訊ねる前に、後部座席に座っていた桜鬼が「ああっ!」と何かに気付いた様に声を上げてきた。
「櫻真! 分かったぞ!」
「えっ、何が?」
「椿鬼じゃ! 椿鬼の奴が妾たちの話を盗み聞きしていたに違いない! そうであろう?」
答え合わせを待つ学生のように、桜鬼が得意気な表情で桔梗を見る。運転する桔梗は、肩を竦ませて、「椿鬼」と短く自身の従鬼の名を呼んだ。
すると桜鬼の隣の後部座席に姿勢よく座る椿鬼が現れる。
「得意気な顔をされているのは構いませんが、ようやく気付いたのですね?」
「色々考えておったが故に、其方にまで頭が回らなかっただけじゃ。それにしても、其方の皮肉が消える日はくるのかえ? それに、其方の主の話じゃと、姿を現さなくなっていたのではなかったかのう?」
「……貴方には関係ありません。それに貴方への皮肉も消える日はないでしょうね」
会心の一撃まで、椿鬼にばっさりと斬り捨てられ桜鬼が頬を膨らませる。しかし椿鬼は素知らぬ顔だ。
そこで、櫻真は思った疑問を口にする。
「桔梗さんの従鬼が見えへんかった事も驚きなんですけど……それよりも、どうして俺らに従鬼を付けてはったんですか? それにいつから?」
疑問を口にしながら、櫻真の表情が曇る。そしてそんな櫻真の言葉に、桔梗が櫻真を横目で見てきた。




