紅く染まる瞳
魑衛の黒かった瞳が朱に染まり、櫻真が強化した術を切り裂かんと刀を滑らせる。
「櫻真! 術を解くのじゃ! 魑衛の目が朱に染まった! 術を続行することは無意味であるぞ!」
刀を眼前に構えた桜鬼が櫻真の前に立つ。切羽詰まった桜鬼の言葉に櫻真が術を解こうとした瞬間、渦が奇妙に膨張しそのまま弾けた。
弾けた瞬間に大量の空気が室内で暴れ狂い窓が割れ、壁に亀裂が走る。櫻真と桜鬼に暴風の影響は及ぶことはないが、近くにいた蓮条たちはそうではない。
そのため、蓮条と佳はすかさず守護の護符を構え発動し、暴風から自身と両手で頭を抱えている光を守る。
暴風の脅威が過ぎて室内に残ったのは、不気味な静けさと魑衛の殺気、そして鬼絵巻の気配だ。
「どこから、この気配はしているのか? いや、探すよりも先に面倒な者を片付けてしまのが先決か?」
口の端を大きくつり上げ、朱に染まった瞳を怪しく光らせる魑衛。
そんな魑衛の脇に、魑衛と同じ刀を持った瑠璃嬢が立つ。
「いきなり、やる気を出したのは良いけど……どんな変わり様? アドレナリン出過ぎでしょ?」
「瑠璃嬢よ、按じずとも良い。我が君のため、邪魔者は全て排除しようぞ!」
人よりも鋭く尖る犬歯を除かせ、魑衛が櫻真と蓮条を獲物でも見る様な目で捉えている。
「あの状態になった魑衛は久しぶりじゃのう?」
「ええ、そうね。それに彼ってあんなに話す方だったかしら?」
「いや。妾も魑衛がここまで話す者だとは思っていなかったぞ。じゃがそんなことよりも、櫻真を下世話な目で捉えた事を、悔いて貰わねばのう」
「同感よ」
桜鬼と桜鬼の言葉に頷いた鬼兎火が、魑衛を睥睨する。いつ衝突しても可笑しくはない。そんな臨戦態勢の桜鬼たちに魑衛が先に仕掛けてきた。
刀を下段で構えた魑衛が駿足で、桜鬼たちに間合いをつめてきた。桜鬼たちも一瞬で間合いを詰めてきた魑衛に顔色一つ変えず迎え撃つ姿勢だ。
だが、そんな桜鬼たちを魑衛が静かに嘲笑したのが見えた。
「桜鬼っ! 狙いは俺たちやない!」
自分の中で思ったままに、櫻真は叫んでいた。
「よくぞ、気付いた。だが遅い!」
高笑い混じりの魑衛が、桜鬼や櫻真の横を擦り抜け……佳と光がいる方へと肉薄していた。
「ええ、ちょっと! 何で僕たちの所に!?」
「君は、はよ、俺の後ろに!」
魑衛が下段に構えていた刀を振り上げる。振り上げた刀が宙で見えない何かと衝突した。その証拠に、佳と魑衛の間で火花が散る。
「俺の友達に手は出させん!」
間一髪の所で、櫻真が投擲した守護の護符を発動できたのだ。
「小癪な……」
ギロッと後目で魑衛が櫻真を睨む。だがその瞬間に魑衛との間合いを詰めていた桜鬼が、強烈な蹴りを繰り出していた。桜鬼の蹴りは魑衛の横腹を直打し、右の方へと蹴り飛ばす。
「小癪なのは其方の方じゃ。無礼者」
桜鬼がむすっとした表情で、蹴り飛ばした魑衛を見ている。
「これで分かりはったやろ? 今の自分たちは分が悪いって」
そう言ったのは、瑠璃嬢を相手にしていた蓮条だ。驚くべきことに瑠璃嬢は、鬼兎火との剣戟戦を行っていた。
瑠璃嬢の太刀捌きは、桜鬼や鬼兎火のように洗礼されたものではない。もっと荒々しく無骨な捌きだ。
しかし、その太刀に宿る力や速度は従鬼に匹敵するものがあり、侮ることはできない。
「火行の法の下、汝、業火の炎を纏いし炎刀となれ。急急如律令」
蓮条の言葉と共に、鬼兎火の刀に炎が纏われた。
炎を纏った刀は、一振りすればその熱気が空気を伝い敵の皮膚を焼く。だが今の瑠璃嬢は、従鬼並みの強靭さを身に付けている。
刀の熱気で焼かれることはない。
「刀に炎を纏わせたからって、勝った気になるのやめてくれない? これだけで、あたしが負けるとでも思ってんの?」
鋭い視線で蓮条と鬼兎火を瑠璃嬢が睨みつける。そして、瑠璃嬢が鬼兎火へと刀を振り上げた。
「お腹ががら空きよ?」
真上に刀を構えた瑠璃嬢に、鬼兎火が炎刀を滑らせる。すると即座に瑠璃嬢が両手で持っていた刀を片手だけにし、もう片方の手で、横凪ぎに払われた刀を掴んできた。
「なっ!」
予想外な瑠璃嬢の動きに、鬼兎火が目を見開いた。
「鬼兎火! 上や!」
蓮条の言葉に、鬼兎火がはっとして後方へと跳び退く。おかげで真上から振り下ろされた瑠璃嬢の刀に脳天を突き刺される事態から逃れた。
「女性とは思えないほど、無茶なことするわね」
瑠璃嬢の行動に難色を示す鬼兎火が溜息を吐き出す。溜息を吐かれた瑠璃嬢は、炎刀を掴んだ時に傷を負った手をプラプラとさせている。
蓮条はそんな瑠璃嬢を見ながら、鬼兎火に強固の術式を掛ける。
このまま、相手が動かないでいるという事はないだろう。そしてそんな蓮条の読み通り、瑠璃嬢が刺突の構えで、鬼兎火へと突貫してきた。
鬼兎火が突貫してきた瑠璃嬢の刃を避け躱す。そして躱した際に瑠璃嬢を牽制するための斬撃を放つ。
炎を纏った斬撃は、一直線に瑠璃嬢へと向かって行く。瑠璃嬢はその斬撃から目を逸らすことなく、斬撃を刀で一刀両断するように斬る。
斬った瞬間に、瑠璃嬢が鬼兎火に向かって動いた。
「あたし、やられっぱなしって嫌いなんだよね?」
刀を握っていない方の手で拳を作った瑠璃嬢が、躊躇う様子なく鬼兎火の顔面を殴打してきた。
勢いよく顔面を殴打された鬼兎火が、軽い脳震盪を起したように後ろへと仰け反る。瑠璃嬢もその隙を見逃さない。
連続でダメージを与えるように、素早い刀捌きでよろけた鬼兎火を突き刺す。狙いは胸、心臓部分。
瑠璃嬢から俊敏な刺突。それを鬼兎火が間一髪の所で避ける。鬼兎火は瑠璃嬢の切っ先を避けながら、反撃へと出る。
鬼兎火が一歩、足を出した所で蓮条の術式が完了した。クナイを模した炎が鬼兎火の周囲に現れ、その穂先が瑠璃嬢へと向く。
瑠璃嬢は、その鬼兎火たちを見ながら身をやや低くとり、防御の姿勢を取った。




