子供同士
「ははっ、はははー」
黙ったままでいた光から乾いた笑い声が溢れる。
「えっ? 何でいきなり笑い始めたん?」
いきなり笑い始めた光に櫻真や他の人たちが驚くなか、肩を揺らして笑っている光が口を開く。
「䰠宮先輩たちがこんな隠し技を持ってはったとは、さすがの僕も思いませんでしたよ! まさか、先輩! この隠し技を追々公に披露して、人気を我が物にしようとしてはるんですか!?」
信じられない事実を口にしていると言わんばかりに、口をわなわなとさせる光。
けれど、信じられない言葉を聞いたのは櫻真たちの方だ。
さすがに「僕たち、陰陽師なんです」とカミングアウトして、こんな反応を取られるとは思ってもいなかった。
信じられないか、気味悪がられるとは思っていたが、まさか「隠し技」に捉えられるとは……。
「四十万光……ホンマに大物になるかもしれん」
蓮条が心底驚いた声で、櫻真が思っていた事を口にする。
もう驚きや呆れを通り超して、感嘆してしまう。
けれど、そんな呑気な空気は櫻真たちの頭上から落ちてきた砂埃と共に崩れた。
「えっ、何か上から……」
呟きながら、櫻真が視線を上へと向ける。
その瞬間。
何かが爆発でもしたかのようなけたたましい音と共に、櫻真たちの視界が一瞬の内に土色へと染まる。
息を吸った瞬間に、口内へと砂埃が飛び込んで来て櫻真たちは激しく咳き込む。一体、何が起きたというのだろう?
さっき外にいたような邪鬼が入り込んで来たのだろうか? いや、それにしては、まるで邪鬼の気配が感じられない。
そしてその変わりに……
「櫻真っ!」
桜鬼の声が近くで響いたのと同時に、キンッという金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。
そしてその瞬間に、桜鬼が放った風が視界を覆っていた砂埃を霧散させる。はっきりとした櫻真の視界には、刀を構える桜鬼とそれと対峙して、刀で切られた鉄パイプを持った女子がこちらを睨んでいた。
そして、鋭い視線でこちらを睨む女子の真上の天井はぽっかりと穴が空いており、さっきの音は天井に穴を開けたものだというのが分かる。
つまりは上の階の床を突き破って、下に落ちて来たということだ。
「……やっぱ、鉄パイプじゃ駄目か」
切られた鉄パイプを見て、セーラー服姿の女子が忌々しげに舌打ちを打つ。間違いなく目の前にいる女子は、䰠宮瑠璃嬢だ。
けれど、やたらとここで瑠璃嬢に言葉を掛けることはできない。
ここには、この争いに関係ない光や佳がいる。蓮条もそれを思ってなのか、瑠璃嬢の方を睨んだまま、口は閉じている。
「貴方は誰ですか?」
瑠璃嬢に対して、そう訊ねたのは護符を取り出した佳だ。するとそんな佳を瑠璃嬢が捉え、次の瞬間に短くなった鉄パイプで佳の持っていた護符を払い落としてきた。
佳を捉えてから、護符を払い落とすまでの動作が人間のものとは思えない程の速さだ。天井に穴を開けたり、さっきの速さを見る限り……桔梗が言っていた通り、瑠璃嬢は自分の身体を従鬼並みに強化しているのだろう。
「次、下手な真似したら容赦しないから」
佳を睨む瑠璃嬢が冷たい声音でそう言い放つ。だがそんな瑠璃嬢の腕や足に紅い炎が巻き付いた。
「それは、こっちの台詞なんやけど?」
炎の縄で瑠璃嬢の動き止めた蓮条が、護符を構えながら瑠璃嬢へと近づく。けれどそんな蓮条の言葉にも瑠璃嬢は、鬱陶しそうな表情を浮かべるだけで焦る様子はない。
「自分の邪魔をする奴は敵。アンタだってあたしの事は言えないんじゃない?」
瑠璃嬢の言葉に蓮条の表情も鋭さを増す。
「だからって、捕縛は解かんからな? むしろ、解きたくない」
「子供」
「子供に子供って言われても、気にせんわ」
いつもの調子で蓮条が瑠璃嬢に言い返す。すると瑠璃嬢が辟易とした息を吐き出し、
「魑衛」
と自分の契約している従鬼の名を呼んだ。
すると、瑠璃嬢が現れた天井から長い髪を後ろで結い、左目に刀傷痕を残した男が現れた。
「我が主、瑠璃嬢に斯様な仕打ちをした報い、その身で受ける覚悟は出来ているだろうな?」
瑠璃嬢を捕縛している蓮条と鬼兎火を殺気立った魑衛が凄む。
「あら、報いを受けるのはそちらの方じゃないかしら? 今の状況的に不利なのはどう見ても貴方たちでしょう?」
「ふんっ。此の様な捕縛術など私の刀の前では……」
言葉を紡ぎながら、一瞬目を紅くした魑衛が腰に指していた刀を抜刀する。魑衛が抜刀した瞬間、瑠璃嬢の周囲に無数の斬線が描かれ、蓮条たちの炎が散り散りに切り裂かれた。
「ほう。見事な抜刀術じゃ。じゃが、妾たちがいる事を忘れてはおるまいな?」
抜刀術で主である瑠璃嬢を助けた魑衛へと、桜鬼が刀を揮う。桜鬼が滑らせる刃には、無数の風が纏われており、刃本体を受け止めた魑衛の身体を斬り掛かる。
「此の様な生傷を付けたところで、意味がないことは承知しているはずだが?」
「そうじゃのう。じゃが、ノーダメージというわけでもないであろう?」
風の刃で受けた傷を回復させる魑衛に、桜鬼が険しい表情のまま片目を眇めさせた。櫻真はそんな桜鬼たちを見ながら、蓮条に目配せをしていた。
このまま、瑠璃嬢との戦闘に入るのは良くはない。ここには無関係な光と佳がいる。何とかして、瑠璃嬢たちを退かせなければ。
「木行の法の下、神風よ、我が身に厄を齎す悪鬼を包み誘え。急急如律令!」
「火行の法の下、炎鳥の炎で我が身の前にある障壁を焦土せよ、急急如律令!」
術を唱えた櫻真と蓮条が指剣を、瑠璃嬢とその背後にある壁へと向ける。
すると、瑠璃嬢と魑衛の周りの空気が渦を巻き、あっという間に瑠璃嬢と魑衛を己の風の渦の中へと絡め、飲み込む。
そしてそんな風の渦を横切ったのは、蓮条が放った炎鳥だ。
炎鳥は迷うことなく、教室の壁へと突進し壁を突き破る。このまま壁の向こう側へと瑠璃嬢たちを吹き飛ばせれば、少しではあるが時間稼ぎになるはずだ。
だが、そう簡単に事が進むことはなかった。
瑠璃嬢と魑衛の二人を取り巻く渦から、鋭い刃が突き出して来た。魑衛が持っていた刃だろう。そしてその刃は二つある。
「二刀流?」
風の渦から逃れようと突き出された日本の刃を見ながら、意識を集中させる。
ここで、術を解かれるわけには行かない。
「蓮条! 祝部君と四十万君を別の所に!」
「わかった!」
蓮条と鬼兎火が櫻真の言葉に頷き、佳と光にこの場から離れるようにと促す。だがそこで、また別の動きの気配を感じた。
ぞわっと櫻真と蓮条そして佳の背中を粟立たせるような気配。
「この気配は……」
蓮条がはっとした顔で呟き、佳が視線を鋭くさせた。
何故、このタイミングで?
瑠璃嬢たちを捉えるために、集中する櫻真は思わず唇を噛む。
「棚からぼた餅とは、まさにこの事だ! この場所に鬼絵巻が現れるとはっ!」
渦の中から歓喜する声が聞こえ、刃によって生じた渦の切れ目から酷薄な笑みを浮かべる魑衛の姿が見えた。




